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特集:米国経済の誤算と処方箋

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●貿易自由化という成長戦略を

 遠慮なく言わせてもらえば、今日の財政政策論議とは「他策なかりし」がために、仕方なく検討されているDefensiveな選択肢なのではないだろうか。  それというのも、米国経済は1990年代から「金融政策万能の時代」が続いてきた。端的に言えば「グリーンスパン議長にお任せ」で良かったのである。1998年にLTCM社の経営破綻に端を発する金融不安が発生した際も、金融調節のよろしきを得てソフトランディングすることができた。米連銀の「ファインチューニング」さえあれば、経済成長は永遠に続くかのようにさえ思われた。

 ところが米国における住宅バブルの発生と、リーマンショック以降の国際金融危機ですべては変わった。米連銀はゼロ金利政策に加えて3度にわたる量的緩和(QE)を実施した。そこからの出口たるやまことに遼遠で、利上げの回数は2015年に1度、2016年も1度、2017年度はせいぜい2回か3回か…といった歩みである。金融政策の自由度は著しく低下したと言わざるを得ない。

 その点、米国の財政赤字は昨年から対GDP比3%台にまで改善しているし、金利低下による借り入れコストの低下という追い風もある。そして交通手段など国内のインフラは务化が目立っている。さらに米国内の民意はかつてないほどに内向きになっている。大統領候補者にとっては、「財政出動=大きな政府」はお手軽なうえに、リスクの少ない政策手段と見えるのかもしれない。

 ただし冒頭のWEOの観点に戻ると、世界経済が抱える大問題は、年間の伸びがわずか2%台になるという「スロートレード」の方にあるはずだ。本来は貿易自由化による成長戦略を目指すべきなのだが、米国における今の政策論議は全く逆の方向を向いている。 今週号のThe Economist誌は、カバーストーリー”Why they’re wrong”でグローバル化批判を真っ向から否定している2。が、それもいささかむなしく響く。「グローバル化で得をするのはエリートだけ」と思っている貧困層は、そんな高級誌の論調を受け入れるはずがない。ちなみに同じ号の経済記事”Hard bargain”では、TPP批准やTTIP交渉もかなり困難になった、という見方を示している(本号のP7-8に抄訳を掲載)。

 これとは対照的に、安倍内閣は今臨時国会でTPPの早期批准を目指す構えである。TPPの発効には日米両国の批准が欠かせないので3、場合によっては「骨折り損」に終わってしまう恐れもある。とはいえ、仮にトランプ政権が誕生してTPPがご破算になってしまうにせよ、日本の早期批准には以下のような政治的なメッセージが込められることになる。

1. 米国内のTPP支持派やアジア外交重視派への支援材料になる。
2. 他のTPP参加国を勇気づけることになる。特にベトナムやマレーシアは、国内の反対を押し切って合意を受け入れている。
3. 米新政権によるTPP「再交渉」要求を受け入れない、という態度表明になる(どうしても必要ならば、米側に不満が残る点を補足協定としてまとめるという手段がある)。
さらに言えば、現在進行中の日EU間のFTA交渉にもプラス効果が期待できる。
自由貿易を止めないためにも、日本のTPP早期批准は意義のある試みであると筆者は受け止めている。

●レイムダック議会の展望

 米側には、「レイムダック議会でTPPを批准する」というかすかな期待も残されている。ただしレイムダック議会は、下記の通り11月14日から12月16日までの4週間であり、さらに11月末には感謝祭休暇があるから実質は3週間に過ぎない。

 この間に与野党が片づけなければならないのは、まずは新年度(2016年10月~2017年9月)の歳出法案である。9月末に通った暫定予算は12月9日に失効するので、それまでに通す必要がある(さすがに政権引き継ぎ期間の「政府閉鎖」はあり得ないだろう)。

 また、アントニン・スカリア判事死去によって空席になっている最高裁判事の承認も「やり残し」となっている4。なおかつ、この間には次期政権の人事も同時進行することになる。

 この多忙な日程を縫って、国民に評判の悪いTPP審議ができるかどうか。おそらくはオバマ大統領の意欲次第、ということになるだろう。このところ支持率が上がっている様子だが、果たして「最後のご奉公」となるかどうか。

○投票日以降の米国政治日程
9/30  議会が閉会。本格的な選挙戦に突入。
11/8  投票日→次期大統領と上下両院の議席が決定。
     政権引き継ぎ期間へ
     次期大統領による閣僚人事(首席補佐官、国務長官、国防長官、財務長官etc.)
11/14 上下両院が開会=レイムダック議会が始まる
12/9  暫定予算が失効
12/16  議会がクリスマス休暇入り

<2017年>
1/3  第115議会(2017-19)が発足
1/20  大統領就任式
     第45代大統領が誕生。正午に就任演説(Inauguration)

1 http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2016/02/
2 日経新聞10月4日付紙面に全訳が載っている。最近はこういうことが多いので、本誌の抄訳ではなるべくカバーストーリーを避けるようにしている。
3 域内GDP合計額の85%以上を占める6か国以上の承認が必要。ゆえに日米抜きでは条件を満たせない。
4クリントン大統領誕生の場合は、議会共和党は急いで穏健派のメリック・ガーランド判事を承認しなければならない。逆にトランプ大統領誕生の場合は、次期政権で保守派判事を指名しようとするだろう。

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