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破壊願望しか見えてこない米国を憂う

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だが、驚いたことに、著作『ゼロ・トゥ・ワン』*1で日本でも著名な、起業家にして有力な投資家であるピーター・ティールはトランプ支持を表明している。自らゲイであることをカミングアウトした彼にとっては、そもそもゲイマリッジに反対する共和党は居心地が良いようには思えない(もっとも、最近でトランプは自分は同性愛者の見方と言っているようだが・・)。しかも、シリコンバレーの起業家/投資家にとっては、ビジネス環境に悪影響を及ぼすことしか言わないトランプは、アンドリーセン同様、ティールにとってもありがたい存在とは考え難い。だが、過去の発言から、どうやらティールは現状の民主主義は資本主義と共存できないと本気で信じていて、トランプ大統領を誕生させて、腐った政治体制を壊して、民主主義より資本主義を優先するように変えてしまうことを期待しているのでは、という見方もあるようだ。

Donald Trump, Peter Thiel and the death of democracy | Technology | The Guardian

A Crazy Yet Plausible Theory About Why Peter Thiel Supports Donald Trump | Inc.com

確かに、この記事を精読すると、それもありうべきと思えてくる。とすれば、ティールのトランプ支持の理由は、プアー・ホワイトと同様、現状の政治の破壊者としてトランプに期待していることになる。あらためて、共和党支持者の89%と民主党支持者の72%が、政府について「たまにしか」もしくは「絶対に信用しない」と答えるというピュー研究所の調査が思い出される。おそらく、さすがにトランプは受け入れられないと感じている他のシリコンバレーの起業家/投資家にしたところで、ヒラリーを積極的に支持しているというよりは、トランプよりマシという程度の支持なのだろう。そこに彼らの積極的な政治意識はほとんど感じられない。

社会学者の宮台真司氏などは、シリコンバレーは今やリベラル政党支持ではなく、オルタナ右翼が支配しているとまで言い切る。私はそこまで言うだけの材料が今のところ手元にないが、言われてみれば昨今そのような兆候を随所に見出すことができることは確かだ。このオルタナ右翼=Alternative Rightについては、日本では駿河台大学の専任講師である八田真行氏の記事くらいしかまだまとまった記事がないが、今後、重要な研究対象として注目を浴びていく可能性は大きそうだ。

alt-right(オルタナ右翼)とはようするに何なのか | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

哲学者のジョセフ・ヒースは著書『啓蒙思想2.0』*2で、米国の保守派は、政治は結局のところ計画や政策ではなく『勘(gut feeling)』と『価値観』だという考えに魅了され、選挙戦は人々の頭ではなく、心に訴えることで決すると考えるようになったという。だから、共和党の候補者が『エネルギー省を閉鎖する』というとき、本気でそうするつもりなどなく、『私は、連邦政府が石油会社を嫌っていると非常に強く感じている。そこを変えたい』ということにすぎず、目的は、自分の考えではなく、感情を伝えることにあるのだという。今まさに我々はこれを体現したトランプと、それを受け入れる米国大衆、という悪夢を見せられている。しかも、米国のクレージーな一局面などではなく、今大きなうねりとなって、米国の政治の頂点、合衆国大統領を生み出そうとしている。

消える希望の火種

しかし、何と恐るべき状況だろう。本当にトランプが大統領になるかもしれない。その結果、破壊に次ぐ破壊が行われたとして、その後に何を創造するのだろうか。どう見ても、今のトランプに『創造』といえる整合性のあるビジョンがあるようには思えない。しかもヒラリーが大統領になったらなったで、これほど充満した怒りと不満のエネルギーは解消されずに溜め込まれるわけだから、それはまた違った意味で非常に恐ろしい。

シリコンバレーのIT起業家は、従来その活動の背景に社会改革の思想の香りがあり、彼らのビジネスの成功は、彼らが考える理想の実現のための手段にすぎないという意志が感じられたものだ。賛否は別として、やや大げさに言えば、米国が世界に誇る希望の光とさえ言えるものだったはずだ。最近で言えば、電気自動車のテスラモーターズ社のCEOである、イーロン・マスクあたりまでは、それが感じられた。だが、イーロン・マスクとともにPayPalの共同経営者を務めたピーター・ティールを筆頭に、そのような思想(カリフォルニアン・イデオロギー等)の影響は感じられなくなりつつある。

『カリフォルニアンイデオロギー』とはヒッピーの理想とコンピュータ技術者であるハッカーの理想が交じり合った混合物とされる。ハッカーの理想は、個人の実力の評価という反属性主義、フロンティア志向、資本主義の肯定に連なり、ヒッピーの人間の本来性の尊重という反属性主義に連なる反権威主義、自由の尊重という理想は重なり合っていた。スティーブ・ジョブズなど本人がかつてヒッピーのような放浪を経験したり、禅の修行をしたりしており、ヒッピーの精神性と響きあう個性の持ち主であったこともあり、カリフォルニアン・イデオロギーの体現者と目され、そういう意味でも熱狂的な信者や追随者を生んだ。

シリコンバレーの反権威主義、自由の尊重という理想は今でも変わらないのだろう。だが、かつてのようにヒッピーカルチャーとの混合によって醸成される人間の本来性の尊重というような方向に深まっていくのではなく、単なる個々の欲望の追求の自由、個々の感情の満足追求の自由に堕してきつつあるのかもしれない。 シリコンバレー的なIT起業家が増えれば世界は変わるかもしれない、というような淡い願いは、もはや妄想でしかないのだろか。本当にそうだとすると実に残念なことだし、世界は希望の火種の一つを失いつつあると言える。

このような現状をすべて受け入れた上で、それでもできること、やるべきことは何なのか。 あらためてゼロベースで考え直すべき時がきているのかもしれない。

*1
リンク先を見る ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

*2
リンク先を見る 啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

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