記事

馬鹿で、単細胞で、小説のことばかり考えてる。それが幸せ――村田沙耶香(2)|作家と90分|瀧井 朝世

3/4

マッドサイエンティストみたいな気持ちになることがある

――単行本では、他にも結婚やカップル、死についてこれまでの既成概念を覆す価値観が生まれた世界を描く短篇が収録されていますね。

村田 すごく狂った本ですね(笑)。なんで人を殺しちゃいけないんだろうとか、なんでふたりきりで付き合うんだろうとか、小学生が思うような無邪気な疑問を、大人になってもう一回小説にしてみました。

――当たり前だと思っていることを疑ってみませんかという、強烈な一冊ですね。村田さんは既成概念を打ち破ろうとか、一般常識ではないところを出発点にしている姿勢が頼もしいんですよね。

村田 既成概念が壊れると、自分自身でも書いていて発見があるというか。やっぱり自分の中にも既成概念がたくさんあると思うんです。インド人の人はカレーが好きなんじゃないかとか。家族に対しても、性愛に対しても、何に対しても、そういうものをひとつひとつ壊していく喜びがあるかもしれないですね。書きながら壊してみたい、そういう実験をしてみたいという気持ちがあるんだと思います。

――「生命式」に、世の中に絶対的に正常・異常と分けられるものはなくて、いろんな発狂の状態があるなかで、今の状態というのはたまたま許される発狂の状態だ、というような言葉がありました。世の中の価値観はいつ何がひっくり返るか分からない、ということはずっと書かれていますね。

村田 その気持ちはずっとあるかもしれません。ずっと世界に対して違和感や苦しさを抱いている主人公を書いてきて、だんだん世界そのものがヘンテコなものに思えてきたのかもしれないですね。ひょっとしたら100年後には、100年前から見たら異常と思われることを平然とやっているかもしれない。そういう不思議さ、あっけなさを、カメラを引いて眺める面白さを憶えたのかもしれないですね。ぎゅーっと主人公によるのではなく、カメラを引いて、遠くから人間が変わっていく感じを見ていたいという。

画像を見る

――それで、『殺人出産』で殺すことを疑って、次に『消滅世界』(2015年河出書房新社刊)で産むことを疑ってみたわけでしょうか。

村田 そうですね、いろんなことを順に疑っていますね。これは『殺人出産』に収録された「清潔な結婚」という短篇を書いたことが大きいですね。あれは二人で納得して結婚して、セックスをしない夫婦の話でしたけれど、わりと主人公たちの気持ちが分かると言ってくれた人が多かったんです。あの話を書いた後に、セックスを一切しないで人工授精で子どもを産んだ若いカップルの話をニュースで見たりして、確かに処女の女の子が「人工授精で処女のまま子ども産もうかな」などと言ってもおかしくない世界に本当はいるんだなと思って。なのにそれをしている人がいない、いるかもしれないけれど大っぴらに言ったりできないのは、それが今の世の中ではヘンテコだとされてしまうから。だから、それがヘンテコではない世界を書いてみたくなって、『消滅世界』では夫婦ではセックスしないけれど外に恋人を作っていいというルールの世界を書きました。

――外で恋人を作ったり、二次元との恋が一般化していたりするけれども、家庭にセックスは持ち込まれない。みな人工授精で子どもを作りますが、男性も妊娠するなど世界の在り方が面白かったですね。

村田 そういう世界を想像するのが楽しくて仕方なかったんですよね。でも男性が本当に妊娠できるようになったら、全然違うようになるんだろうなとかも考えました。男女のカップルで男性が「俺産むね」というケースも出てくるだろうし、男性同士で「じゃあ俺稼ぐからお前産んで」とか言えるようになるし、自分で産むシングルファーザーも出てくるだろうし。男性も産めるという仕組みがポンとひとつあるだけで、今まではなかったいろんなパターンが想像できるということが、なんだか実験をしているみたいで楽しくてしょうがなかったんですよね。普通に生きていては知りえないことを知ることができている気がして。

――最後には共同で子どもを産み、共同で育てる実験都市が出てきます。画一化された無個性な人間たちのディストピアのような印象を抱きましたが、村田さんご自身は最初はユートピアのような場所をイメージされていたそうですね。

村田 最初、全然ディストピアと思っていなくて。今苦しい人にとってのユートピア小説を書くつもりでいたんです。書いてみたらすごく怖い世界になったのはなんでだか分かりません。でも怖くなってきたのでついつい膨らませて、子どもちゃんもみんな同じ表情にしてみたりとかしました。自分でも何が起こるか分からない実験をしているような感じで書いていたら、不気味になるという実験結果が出てしまったという感じです。

――毎回大胆な実験をして、ちゃんと結果を出しますよね(笑)。結果が測定不能、ということにはならない。

村田 なんか、マッドサイエンティストみたいな気持ちになることがあります(笑)。小説家というよりは、なんかよく分からない実験をずっとやっていて、「こういう結果が出ました」とグロテスクなものをどんどん出してくる。なんか変な感じです。

――それにしても、タイトルも秀逸ですよね。夫婦間のセックスが消滅したら、家族も親子も、いろんなものが消えていく……。

村田 本当に最初は夫婦間のセックスがないという、ただそれだけで書き始めた小説だったんです。そうしたらどんどん、じゃあなんでこの二人は夫婦なんだろうとか、恋愛ってそもそもなんだろうとか。いろんなものがどんどん消えていく感じだったので、このタイトルにしました。

小説を書くのは、人の顔色を窺わないでできる唯一の行為だった

――そして、次の『コンビニ人間』で芥川賞受賞となりました。今、作家生活13年目ですよね。振り返ってみて、どんな道を歩いてきたように感じますか。

村田 本当に自由に書いてきたんだなって思います。ボツの時も苦しかったけれど、でもあの時ボツになったものを出していたら、作家生命は終わっていたなと思います。駄目なものを書いていた時期だからボツになったことは全然悪いことじゃないんですよね。でも本当に、書きたくないものを書いたということがないんです。本当に自由でしたね。たぶん村田が馬鹿なことをやっているなと笑われているのかもしれないけれど、でも勇気がいちばん大事かなと思っています。恐れず13年間のびのびと書いてきて、それでちゃんとお仕事がもらえてきたことが奇跡ですよね。

 私はすごく人の顔色を窺う子どもだったんですが、小説を書くというのは、人の顔色を窺わないでできる唯一の行為だったんです。それこそ馬鹿にされたり笑われたりすることを恐れないで本当に自由にできる、本当に聖域のような、自由にいられてお祈りができる教会のようなものだったんです。でも中学の頃だったか、一度だけ新人賞に応募しようとして書いたことがあったんです。それは、自分にとっては小説を汚したような経験でした。応募するために小説を書くのは必ずしも悪いことではないのですが、その時の自分は未熟で、それが誰かの顔色を窺って書くような、小説を汚す行為になってしまって。高校時代と大学時代に書けない時期があったのは、もう小説を汚すようなことはしたくないし、自分にはできないと思ったからでしょうね。それが大人になっても忘れられないんです。

 だから今は、何を思われても、とにかく自由に小説の声みたいなものにだけ従って書くということを、本当に単純にやっていていいと思っているんです。大人になってからこんなに単細胞でいられるのは、中学校の時に複雑な失敗をしたからかもしれません。

――コンビニ人間であることがアイデンティティーの主人公のように、小説家であることが村田さんのアイデンティティーというところがありませんか。

画像を見る

村田 あると思います。宮原先生が教えてくださった言葉に、「作者は小説の奴隷である」というのがあって。だから私も、本当に単細胞の奴隷であればいいんだと思っています。小説がそうなりたがっている形があればその形にしてあげればいいし、自分が書きたいことはあったとしても小説がなりたがっている形が別にあるならば、自分の書きたいことは置いておいて、小説の形のほうに従えばいい。本当に単細胞で馬鹿ですよね(笑)。でもそれが喜びです。分かりやすく自分の人生を生きている感じがします。

――24時間小説家ですか。

村田 そうですね。なぜ寝るのかといえば明日小説を書くためだし、なぜコンビニでアルバイトをしているのかといえば、やっていたほうが小説が進むという。ただそれだけの理由です。奴隷の喜びみたいなものがあるんでしょうね。今37歳という年齢で、こうやって単細胞に小説を書けていることが幸せです。それは背負わなきゃいけないものを放棄しているからかもしれませんが、本当に、小説のことばかり考えて、単細胞のままコンビニでバイトしながら書いている、そういう馬鹿でいられる幸せみたいなものを感じています。

――今後はどんなものを書いていきたいですか。

村田 『しろいろの街の、その骨の体温の』や『コンビニ人間』で書いてきたような、自分ではリアルだと思っている描写と、『消滅世界』や「生命式」で書いたようなヘンテコな世界をどこかで融合させたいんですよね。そういう野望があるんでしょうね。今ふたつの小説を書いているんですが、ひとつはそのチャレンジをしているつもりです。

あわせて読みたい

「コンビニ人間」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    昭恵氏だって…外出する人の心情

    田中龍作

  2. 2

    現金給付の所得制限が生むリスク

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  3. 3

    NT誌東京支局長の日本非難に苦言

    木走正水(きばしりまさみず)

  4. 4

    知られざる「個人撮影AV」の実態

    文春オンライン

  5. 5

    小池知事は検査数少なさ説明せよ

    大串博志

  6. 6

    自粛要請も休業判断は店任せの謎

    内藤忍

  7. 7

    緊急事態宣言は拍子抜けする内容

    青山まさゆき

  8. 8

    岩田医師 東京都は血清検査せよ

    岩田健太郎

  9. 9

    コロナ対策 国会は現場止めるな

    千正康裕

  10. 10

    韓国がコロナ詳報を公開する背景

    WEDGE Infinity

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。