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馬鹿で、単細胞で、小説のことばかり考えてる。それが幸せ――村田沙耶香(2)|作家と90分|瀧井 朝世

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思春期の嫌な記憶がぎゅーっと詰まったニュータウン

――セックスを排泄行為のように思っている女性と、まあいわゆる一般的な人と、無性愛者、アセクシャルな人と、個性が分かれていますよね。

村田 大人の女性を書こうと思った時に、いろんなパターンで書いてみたかったんですよね。どの人にも感情移入できる状態で書いていました。女性の性を描く時には使ったことのない、「抜く」とか「勃起する」とかいう言葉を使って描いてみたくて。だから読んだ時にいやらしいというよりは、ヘンテコな感じがしますよね。そういう気持ちになってもらえる性愛小説にしたかった。女性の肉体にも、言語化されていないだけで、男の子っぽい感覚があるような気がしていました。自分の言語化されていない部分を言語化してみたかったのかもしれません。

――ここに出てきたアセクシャルな人が、『ハコブネ』(11年刊/集英社)の千佳子さんに繋がっていくんですね。

村田 そうです。『ハコブネ』では、主人公のフリーターの女の子は自分が異性愛者なのか同性愛者なのか分からなくて揺らいでいる。実際はどちらかでした、という話ではなくて、揺らいでいる話を書きたかったんです。性愛の本をいろいろ読んでいるなかで、揺らぎをテーマにした本があったんですね。例えばトランスジェンダーの人でも、胸は嫌だけれども性器は変えたくないとか、トランスジェンダー仲間から「お前は本当のトランスジェンダーじゃない」と言われたりとかしていると知り、性愛というものの曖昧さを描いてみたくなったのかもしれません。

――主人公が知り合うのは、異性愛者の女性ともう一人、千佳子さんという“星の欠片とセックスする”というようなものすごい宇宙的感覚を持った人ですが、最初はそこまでの設定を考えていなかったんですね。

村田 全然考えていませんでした。最初はフリーターの女の子だけが主人公の話を書き始めて、うまくいかなかったんです。それで、他の視点を入れたくなり、どうせならひとりが常識人で、もうひとり、その人一人を主人公にして小説を書くのは辛いという人物像の人を入れてみることにしました。それで宇宙感覚の中で暮らしている人を出したのですが、自分も宇宙の中で暮らしているんだと想像して、この光も太陽の光だなとか、星の光も浴びているんだな、などと思いながら書くのは楽しかったです。

――これで性愛というものが人類を超越した話を書かれたわけですが、次の『タダイマトビラ』ではなんというか、家族が地球を超越しますよね。親も子供もバラバラな家族の話かと思ったら、とんでもない展開になります。

村田 『ハコブネ』で性愛についていっぱい書いて、「村田さん、次は自由に書いていいですよ。何が書きたいですか」って言われた時に、やっぱり家族というテーマが出てきたんです。それまでもずっとあったテーマですが、メインだったことはなかったんですよね。殺人がくっついていたり、性愛がくっついていたりして、家族を真ん中にすえたものがなかったので書こうと思いました。これを書いている頃って、『授乳』の時からだんだん自分の中で既成概念にヒビが入っていって、壊れた頃だったのかもしれません。だからそれまでだったら行きつかないところに行きついてしまったな、と。

――そして読者も呆然としたという。うわあこの著者は次はどこまで行っちゃうんだろうと思ったら、次の『しろいろの街の、その骨の体温の』は、リアリスティックな話でしたね。開発中のニュータウンが舞台で、少女の小学生時代と中学生時代のふたつの時期が描かれます。

村田 実際に自分が育ったニュータウンの町を舞台にしました。『マウス』で小学校と大学生の頃を書きましたが、実は私は中学時代が人生でいちばん辛い時代で。性愛に対しての知識も少ないなかで自分の身体が変わっていくこととか、学校のヒエラルキーも小学生の頃よりもさらに残酷になっていることとか……。特に女子なのかな。男子は高校が辛かったと感想をくださった男性が仰っているのを聞いたことがあるので。ちょっと分からないのですが、私にとっては中学時代って残酷で辛いものとして憶えています。なので、その残酷さをとことん書いてみたかったんですよね。そういう気持ちがずっとあって、編集さんと打ち合わせをして、「ぜひ」という話になって、書き下ろしだったのでいくらでも時間をかけてよくって。今は住んでいないので、何度も自分が住んでいた家のほうに行って取材をしたり、写真を撮ったりしました。すごく時間をかけて書いていて、他社さんから「いつまで書き下ろしを書いているんだ」と言われたような気がします(笑)。でも、全然締め切りのない状態でいくらでも時間をかけてよい状態だったのはすごくよかったかもしれません。

――自分にとって知っている場所であるコンビニはなかなか書けなかったけれど、同じく知っている場所であるニュータウンはむしろ書きたかったのですか。

村田 そうですね。やっぱり思春期の嫌な記憶がそこにぎゅーっと詰まっていて、その嫌な記憶がすごく甦ってくるので、それこそコンビニとはまた違う意味で、冷静には書けないだろうと思っていました。それに、はっきりと舞台がある小説を書くことがあまり得意ではなくて、書いていなかった。小学校の時にそれこそ五つ子の小説で、自分のニュータウンを舞台にしたんですが、なんか恥ずかしかったんです。自分の書いている小説の中に、友達や家族がいて、見られているような気がして。でも、街が育っていく感じを入れながら、全部の記憶を使って書いてみたい気持ちはあったので、書きたかったんだと思います。

――主人公の精神的な成長と街の開発が重なるんですよね。小学生の時は街がどんどん開発されていて、中学生時代にバブルがはじけて開発も停滞して、やがて再開していく。小学生時代は仲良かった3人組が、中学生になると主人公は下から2番目のグループ、一人は一番上の華やかなグループ、もう一人はいちばん地味なグループに分かれているところも残酷で。

村田 主人公の性格やいろんな出来事は違うんですが、街の描写は結構事実ですね。小学校の頃はびっくりするくらい道があちこちにできたんです。4丁目が広がって5丁目ができて、6丁目までできて、という感じだったのが、中学校……実際には高校くらいかな、ピタッと止まったんですよね。そのことをすごくよく憶えています。生き生きとしていた街が、急に見捨てられて死んだようになっていて。途中までできていた道路が、土をかぶったまま止まっていたり、ブルドーザーもそのまま放置されていたりしました。その、街が育っている感じと止まっている感じを書いてみたかったですね。

 ただ、私よりも主人公のほうが真っ直ぐかもしれないですね。解決するのが早い。中学校であの結論に達するのって、大人じゃないかなって。

このシーンと出会いたくてデビューからずっと書いてきたんだ

――その解決に、どのようにしてたどり着いたのですか。

村田 書いている途中は、ひょっとしたらこれは不幸なまま終わるんじゃないかと思いました。結構、何度も書き直していたんです。そうしたら急に、主人公がいちばん下のグループにいた信子ちゃんを美しいと思えるあのシーンが急に書けたんですよね。信子ちゃんってそこまで登場するキャラクターではなかったんですが、あのシーンが書けたとき、デビューからずっと思春期の女の子を書いてきたのは、このシーンが書きたかったからなんだと思ったんです。このシーンと出会いたくて書いてきたんだって。それで、前に戻って信子ちゃんのシーンをもっと増やしたりしました。そこから急に、ラストも光のあるものになりました。

――信子ちゃんのほかに、伊吹くんという幼なじみの男の子の存在も印象に残ります。小学生の頃は目立たないのに中学生になると急に成長してモテるようになって。でも人の悪意を疑わない素直な子なので、主人公は密かに「幸せさん」と呼んで馬鹿にしている。

村田 最初はそういう伊吹も中学生になったら嫌な奴になったという話を書いていたんです。でもそれでは暗すぎて耐えられないと思って。ある意味いちばん変な人というか、思春期のゆがみがあまりない人ですよね。でも私の学校にも女子でああいう人がいたんですよね。ほがらかで、ヒエラルキーにも全然気づいていなさそうな、誰からも好かれる女の子。その男の子バージョンとして伊吹の中学時代を書いてみようと思いました。

――この作品ではじめて、一般的なセックスを書けたと言っていましたね(笑)。

村田 はい。しかも中学生同士で。セックスまで書くかどうかは迷ったんです。セックスまで書いたことで、ちょっとファンタジーになってしまった気がしているのですが。でも書きたかったんですよね。書きたかったし、自分にとっては必要なシーンだったので書いてしまいました。

――たぶん、この作品を書けたことはある意味ターニングポイントになったように思います。この小説を書いたことによって、ずっと書いてきた思春期の女の子というテーマがいったん落ち着いた感じがします。

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『殺人出産』 (村田沙耶香 著)

村田 はい。思春期の女の子を書きたい欲望が、やっと満たされたんですよね。美しいと思える信子ちゃんのシーンとか、セックスとか、本当にとことん書けました。それで次の『殺人出産』(14年刊/のち講談社文庫)で苦戦しました。本当はもっとリアリスティックな、殺意についての話を書いていたんです。でもそれがなかなかうまくいかなくて、書いては捨て、書いては捨ての繰り返しで。書き下ろしだったので締め切りがないんだからゆっくり書こうと思っていたら、編集長に「締め切りがない、ということはない」と叱られまして(笑)。それで、「一回全部捨てちゃえば」って言ってくださったんですよね。それにすごく救われました。思い切って捨てて、まったく設定を変えちゃえ、って思えたんです。それで、10人産んだら1人殺してもいいという法律が制定された近未来の話になりました。その前に短篇でヘンテコなものを書いていたから思いついたのかもしれません。

――そう、まだ単行本には収録されていませんが、13年1月号の「新潮」で「生命式」という、亡くなった人の人肉を食べる儀式が一般化した世界の話を書かれていましたよね。あれもすごく大きかったと思うんですよ。

村田 ああ、そうです。私が生きている世界ではタブーなことが、タブーじゃない世界を一回書いてみたかったんです。それで、「自由に書いてください」と言われたので本当に自由に書いて、でもきっとこれ怒られるよなと思って、ちょっと締め切りよりも早めに出して。怒られたら書き直すつもりだったんです。でも「いいじゃないですか」という感じで。人肉の料理についても「じゃあ料理の本を送るので、もっと美味しそうにしましょう」とか言われて。あ、小説って、こんなヘンテコなことをしてもいいんだって思いました。それで、もうちょっと長いものでも書いてみたいという気になって、10人産んだら1人殺してもいいという設定が浮かんで、突拍子もないけれど自分の中では変に説得力があったのですぐ書き始めて、このままでいいじゃん、いいじゃん、と思ってそのまま仕上げたすごく変な小説が『殺人出産』です。

――その法律が定められて100年ほどした世界が舞台で、主人公はわりと賛成でもなく反対でもなくニュートラルな状態。でお姉さんは“産み人”を志願しているんですよね。一方、職場では反対派の女性が新しく入ってくる。主人公がどちらかに傾くかは決めずに書いたのですか。

村田 決めなかったです。「生命式」もそうなんですけれど、主人公はニュートラルで、読者の気持ちも分かるような立場でこの世界を見つめていてほしくて、ああいう人物像になりました。ラストではああなってしまいましたが(笑)。

――殺人シーンもありますよね。

村田 『星が吸う水』の時の性描写もそうなんですが、殺人のシーンでは使わない言葉をいっぱい使ってその場面を書くというのが楽しかったんです(笑)。赤い水たまりでパシャパシャしている感じとかを無邪気にきれいに書きたかったんです。こういう殺人の書き方をするのは、開けちゃいけない扉を開けてしまった気がしましたが、もう作家として扉の先に進んでみよう、と思いました。

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