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馬鹿で、単細胞で、小説のことばかり考えてる。それが幸せ――村田沙耶香(2)|作家と90分|瀧井 朝世

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村田沙耶香(むらたさやか)
画像を見る 2003年『授乳』で第46回群像新人文学賞優秀作に選ばれデビュー。09年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞を受賞。16年、『コンビニ人間』で第155回芥川賞を受賞し、ベストセラーに。主な作品に『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』など。

性に対して分裂している自分がいる

――学生時代の話に戻りますが、宮原先生との出会いがあって、また小説を書き始めたわけですよね。

村田 それで1作、「妖精の唇」という小説を書きました。大学生の、同性愛の短篇でした。その後で「授乳」を書いて、それを少し長くして群像新人文学賞に応募しました。

 応募したのが大学4年で、卒業して間もなくして優秀作に選ばれたと思っていたんですが、でも何度計算しても、大学を卒業して1年ブランクがあるんじゃないかということに最近気づきました。

 卒業してからはフリーターをしていました。就職活動は全部落ちてしまったので。でも、全部落ちればいいなと思いながら就職活動をしていたんです。その頃はフリーターが多い時代だったので、1年くらいはバイトしながら小説を書きたいと思っていました。目論見通り全部落ちて、親も就職氷河期だししょうがない、という感じで。

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『授乳』 (村田沙耶香 著)

――そしてその「授乳」(『授乳』所収 2005年刊/のち講談社文庫)で群像新人文学賞優秀作を受賞されます。母親に苛立ち、父親に時に怒りをおぼえる思春期の少女が、家庭教師の青年にあるゲームをしかける。これはどのように生み出されていった話なんでしょうか。

村田 ストーリーは平凡にして、文章は比喩を使いながら描写をいっぱいにして、濃厚なものにしたいなと思っていたんです。だからすごく比喩が多いです。でもそれが、先生と主人公だけの関係じゃなくて、なぜか母親という人が出てきたんですよね。あの母親って自分の自己投影の部分があります。ひょっとしたら自分が将来なるかもしれない人間像だったんですよね。

 その頃、恋人との関係にすごくストレスを感じながらも従っている自分がいたんです。大学生だったんですが家事とかをやらされて、「なぜこんなことをしなければいけないの」と闘うことはせず、むしろ嫌味っぽく完璧にやっていたんです。だから自分ももしこのまま結婚して娘ができたら、こういう嫌な母親になるんじゃないかと思っていました。だからものすごく嫌な人間に書けました。

――「授乳」のなかには、家族や母親というテーマ、少女の性への目覚め、自分なりの価値観で世界を築こうとする主人公などと、その後も村田さんのなかで大事なテーマになるものが詰まっていますよね。

村田 確かに短篇なのに、私の書きたいテーマが、あそこにギュッと詰まっている気が今でもしています。

――私は文庫の『授乳』に解説を寄せましたが、書いた時はまだ実際に村田さんにお会いする前だったんですよね。それで、女性性や母性への違和感や憎悪、自分の肉体というものの不自由さについてものすごく熱のこもった、暑苦しい解説を書いてしまいまして(笑)。きっと著者もそういう屈託を抱えている人なんだろうと思っていたら、実際にお会いしたらふんわりしてニコニコして、小さい頃から性に対して興味津々だったみたいな話をされる方だったので、もうびっくりして(笑)。

村田 自分の中で、分裂している部分があるのかもしれないです。性に対してすごく肯定的な自分がひとりいて、でも恋人との性愛の関係の中で、急にものすごく嫌悪感を抱く自分もいました。小さい頃から性というものに関しては苦しみを感じていたと思います。

 私は内気で人見知りで、そのせいで家族以外あまり友達にもちゃんと心を開けない、孤独な子どもだったので、性愛というものを通じて人に必要とされることができるんじゃないかみたいな気持ちがありました。アニメの「魔女っ子メグちゃん」が流行った世代なんですが、ああいう豊満な体で下着姿になったりパンツが見えたりするといろんな人が喜んでくれるんだ、ああいう存在になったら孤独じゃないんだ、という憧れがあったんですね。でもそれは同時にすごく苦しいものでもあったんです。男性の思い描く理想の女性像にならないといけないから。そうしなければ自分自身の性というものは認められないというのは、ものすごく苦しいものだったんですよね。

 それが山田詠美さんの小説と出合って、男の人に選ばれる形に自分を当てはめるのではなくて、こちらが誰を愛するかということを選び取って、性愛の喜びを感じていいんだと知って。大学時代に『親指Pの修業時代』など松浦理英子さんの本との出合いがあり、性器というものに必ずしもこだわらなくてもいいということも知り、どんどん自由になっていったんですよね。それもあって、私自身の経験としては、そこまで苦しくはなかったですね。でも山田さんや松浦さんの本と出合っていなかったら、自分を男性が喜ぶ性愛に当てはめようとしたまま、ずっと苦しいままだったかもしれないです。そういう経緯があるので、性愛の目覚めに対する感覚は、ちょっと分裂しているのかもしれないですね。

――ああ、今すごく納得しました。『授乳』の頃から『コンビニ人間』に至るまで、自分なりの価値観、世界観の中で生きていこうとする人たちが多く登場するのも作品の特徴ですよね。

村田 そうですね、それは自分の価値観というものは、何度も奇跡のようなことが起きて獲得してきたものだと思っているからかもしれません。だから自分の小説の主人公にも獲得してほしいと思っているのかもしれないです。そんな気がします。

家族から勘当されるかと思いきやほがらかに応援してくれた

――第2作の『マウス』(08年刊/のち講談社文庫)は、女の子ふたりが成長していく話ですよね。

村田 あれは思春期の苦しさをとことん書いてみようとしたものです。当時は小学校の苦しさというものを書いてみようというのがありました。女の子の友情とか、思春期のヒエラルキーとかコンプレックスとか、そういうことを書いてみたかったんです。でもあの主人公はちょっと『コンビニ人間』の主人公と似ていますよね。バイトにハマって、自分の価値を感じるという(笑)。だからあまり主人公の性愛というものを想像できなくて、『マウス』にはあまり性描写は出てきませんね。

――『授乳』から『マウス』が出るまでに3年ほどかかっていますね。

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村田 書き下ろしを書こうとして、ずっとボツ期間があったんです。本当の順番で言うと、ずっとボツが続いて、その時期に病気も重なって体調を崩して、ちょっとよくなった頃にたまたま編集者さんが依頼をくれて、それで書き下ろしをいったん保留にして「ひかりのあしおと」(『ギンイロノウタ』所収)を書きました。いいタイミングで依頼をもらって書けたので、これは再デビュー作のように思っています。

――「ひかりのあしおと」は小学生の頃、公衆トイレに閉じ込められた体験をしてから、光で出来た人影を見るようになった女性の話です。

村田 当時の自分が書きたいことを全部詰め込みましたね。枚数も内容も本当に自由に書いていいよと言われたので、母親との関係とか、男の子に対する発情とか、狂気と正常の境目をゆらゆらしている感じとか、幕の内弁当のように全部詰め込みました。それで体調が戻ったので『マウス』を書き、それから「ギンイロノウタ」を書いたんだったと思います。

――その「ギンイロノウタ」は冷たい父親とヒステリックな母親を持つ少女が、“女”を武器にすることに憧れて育ち、やがて中学生の時に無神経な教師に殺意を抱く……という。野間文芸新人賞受賞作です。

村田 「ひかりのあしおと」を書いて、こういう風に自由に書いていいんだ、と認めてもらえたことが嬉しくて、じゃあ今度もまた自由に書こうと思い、殺意に関して書くことにしました。すごく内気な女の子をとことん書いてみようとも思いました。自分が内気だったから、自分よりさらに内気な子を書いて、自分よりもさらに自分の核心に近づけるような子を書いてみたかったんです。だから自分よりももっとひどいというか、対人恐怖症に近い女の子になりました。でも、なんでああいうテーマになったのかは分からないです。

――銀色のステッキを持った魔法少女のパールちゃんに憧れたり、いろんな目の写真を切り取って集めたりと、印象に残る部分がたくさんあって。主人公が殺意をおぼえる先生が、ものすごく嫌な奴でしたね。

村田 あの人本当に嫌ですよね(笑)。「授乳」を書いた時と同じように、言葉に私なりにこだわってみたかったんですが、ストーリー自体もなんだか入り組んだものになりましたね、今考えると。確かに魔法少女に憧れたり、目がいっぱい自分を見ている感じは、自分が幼少期に多少抱いていた感情をもっとグロテスクにしたものですね。自分自身が思春期ではなくなって、冷静にそういうギリギリの感じを描けるようになっていたのかもしれない。だから女の子の自慰のようなシーンも含めて、全部詰め込んで書いてみたのかもしれません。

――家族問題も詰め込まれたこの作品で野間文芸新人賞を受賞し、家族でお祝いの食事会をしたんでしたよね(笑)。

村田 そうですね、ほのぼのとみんなで食事をして(笑)。うちの家族は私の小説を誰も読んでいなかったんです。だから応援してくれるんだと思うんです。村田家は家族に問題があるわけではないんです。父も職場の人に『タダイマトビラ』(12年刊/新潮社)にサインしてほしいと頼まれたと言ってきたりして。

――『タダイマトビラ』って家族に大問題がある話なのに(笑)。

村田 それで私がサインをしたら、「じゃあ俺も」といってそこに自分もサインをしていました。すごく謎の貴重さのサイン本ですよね(笑)。こういう小説ばかり書いていたらいつか勘当されるだろうなと思っていたんですけれど、そんなふうにほがらかに応援してくれていて、本当にいい人たちだなあって。あと、読んでないんだなって(笑)。芥川賞を受賞した時は、父から「対応に大変だろうが、冷静に対処するように 父」みたいなメールがきました(笑)。

――いいご家族ですよねえ。さて、『ギンイロノウタ』の次に刊行されたのは『星が吸う水』(10年刊/のち講談社文庫)ですね。これは複数の女性が出てきて、セックスがテーマになっています。

村田 それまで思春期の女の子ばかり書いてきましたが、担当さんに「一回友達がいる主人公を書いてみたらどうですか」と言われて、そういえばみんな誰も友達がいないなと気づきました。友達がいる人を書こうと考えた時、思春期ではなく大人の年齢にしてみようと思いました。わりと当時の自分に近い年齢の女性3人で、結局性愛の話になっているのは私の趣味なんですが。

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