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原発批判派の「正しく怖がる」論 『家族で語る食卓の放射能汚染』

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安斎育郎『増補改訂版 家族で語る食卓の放射能汚染』

学習会でとまどう人びと



 福島原発の事故以来、左翼組織の中で、なぜかドシロウトのぼくが原発や放射線被害の問題の学習会のチューターをつとめることがある。もちろん専門家ではないので問題の骨格を知るための入門という位置づけだ。

 その学習会の場で、ICRP(国際放射線防護委員会)の見解を紹介し、低線量の放射線であってもガンになる確率はあるものとみなされる、としゃべる。安全基準というものは存在せず、「がまん量」なのだ、という話である。

 たとえば共産党の機関紙誌にも放射線問題の専門家としてしばしば登場する野口邦和(日本大学専任講師)の見解を紹介する。
暫定規制値はあくまでも事故時の緊急対応措置だということを理解する必要がある。メディアは安全基準などという言い方をしているが、安全基準ではない。被曝線量は低ければ低いほどよいというのが通説だ。暫定規制値は、いわば“がまん基準”であり、放射性核種が大規模に漏れ出る事故が起きたため、これ以上の被曝をしないようにと設定したものだ。(野口『放射能のはなし』p.198)
 暫定規制値以下のものを食べても「ただちに健康影響はおよぼさない」と枝野幸男官房長官が説明していたが、「ただちに」というのは急性障害のことをたぶん言っているのだと思う。それはあたりまえで、原子力安全委員会は一〇〇ミリシーベルトを超えるような線量になる設定をもともとしていないので、急性障害は絶対に起きない。(野口前掲書p.201)
リンク先を見る しかし、そう紹介すると、学習会参加者の中には我が意を得たりとばかり、厚労省の暫定規制値など信用ならない、というむねの発言をする人がいる。この種の人々は、実際にどれくらいの被曝が食品からあるのかという検証や知識を不要として、「だから政府の言うことはデタラメばかりでアテにならない」というふうに一足飛びに行ってしまうのである。

 こういう人たちに、いや、暫定規制値の範囲の食品の摂取はノイローゼになるほどの量ではない、と野口やこれから紹介する安斎育郎などが述べていますと話すとけげんな顔をされる。
 それでは消費者として、暫定規制値以下の食品を食べても大丈夫か。問題ないと私は思う。暫定規制値は安全基準ではないから、安心して飲食していいというものではないにしても、かなり安全側に立って作成しているので、神経質になることはない。大人と乳幼児のそれぞれの暫定規制値以下かどうかを知って、対処すれば大丈夫だ。(野口前掲書p.201)
 暫定規制値で問題になるのは、長期的には発がんの可能性の問題であり、それは確率の話だ。簡単に計算すると、暫定規制値の限度ギリギリのものを一日一キロ食べるとすると、二〇〇万人に一人くらいが将来、がんになる確率になる。このような非常に小さな確率は、個人では思い悩んでも仕方がないレベルではないかと私は思う。そういうことにあまりストレスを感じずに、暫定限度を超えたものは食べないようにし、超えていないものを食べてもそんなに心配しなくてもいいですよと言いたいと思う。(野口前掲書p.202)
 原発批判派ともいうべきこの種の人たちがなぜそんなことを言うのか、というわけである。

 同じ態度の別の側面であるが、放射線や放射能の少しでも専門的な(というか啓蒙書レベルの)話をしようとすると「難しい」と敬遠されることもある(ぼくの話が拙い、ということはかなりの割合であるだろうけど)。「政治問題」すなわち階級闘争の喫緊の問題として扱ってほしいというわけだ。

原発推進派から目の敵にされてきた「札付き」



リンク先を見る 福島原発の事故以来、放射線防護や原子力問題の専門家として、安斎育郎のコメントを一般の新聞や雑誌でも数多く目にするようになった。

 安斎は、現在の日本の原子力政策とそれに追随してきた学問にずっと批判的な人間で、原発推進派からは目の敵にされてきた存在である。いわば「札付き」の人物だ。
 ……安斎名誉教授は60年に創設された東大原子力工学科の第1期生。72年の日本学術会議のシンポジウムにおいて、国の原子力行政に批判的な基調講演を行うなど、東大にあって異端の言説を展開してきた。その結果、原子力工学科を追われ、助手として拾われた同大の医学部でも執拗な嫌がらせを受けた。

「研究室では『安斎と口を利くな』と通達が出され、他大学の共同研究者が『勝手に入るな』と追い払う。隣の席には東京電力の社員が張り付いていて、私がどんな活動をしているか、どんな電話がかかってきたかを、逐一会社に報告していた」(安斎氏)。 75年の原子力工学科設立15周年記念パーティでは、あいさつに登壇した教授が、「安斎育郎を輩出したことだけは汚点」とわざわざ触れたほど、目の敵にされた。異分子を排斥し、批判的な論理を封殺してきたのが、東大の原子力工学科だった。
(週刊東洋経済2011.6.11)
 ぼくは安斎を初めて知ったのは、大学に入学して学生自治会がおこなう新入生歓迎の講演会だった。当時「超能力のインチキを見破り科学的思考とは何かを考える」教員として人気を集めていた。当時はもちろん安斎の経歴など知らないので、風変わりな教員、せいぜい核兵器廃絶の平和運動に熱心な学者、程度の認識しかなかった。

 安斎は「超能力」や「占い」の批判的検討を通じて「だまされない主体性」についてずっと訴え続けてきた。その裏には、原子力問題をめぐりこれほど差別・冷遇されてきた体験があったとは思いもよらなかった。

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