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中国に接近する「ドゥテルテ比大統領」外交感覚の背景 - 竹田いさみ

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麻薬犯罪容疑者に対する容赦のない超法規的殺人を認めているフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領(71歳)をめぐっては、6月30日に大統領に就任して以来暗殺の噂が絶えない。

大統領暗殺の可能性

 アンダナール大統領補佐官(広報担当大臣)は2016年9月20日、大統領府が置かれているマラカニアン宮殿で記者会見を行い、フィリピン系米国人の一味によるドゥテルテ大統領を追放する企てが発覚したと述べた。暗殺を企てるグループとして浮上してくるのは、①麻薬密売組織②イスラム過激派③失脚した治安関係者④米国の特務機関など、いずれもドゥテルテ大統領が目の敵にしてきた相手であり、誰が大統領を暗殺しても不思議ではない構図が出来上がっている。この麻薬犯罪容疑者約3000人の超法規的措置のほかに、ミンダナオ島ではイスラム過激派への掃討作戦を展開し、麻薬密売に関与したとして警察幹部を名指し失職させた。米国オバマ大統領や国連事務総長がフィリピンには重大な人権問題があると批判すれば、オバマ大統領へ暴言を吐き、国連を脱退すると口走る有様だ。

 世論調査機関のパルスアジアが7月に行った調査では、実に91パーセントの国民がドゥテルテ大統領を支持するなど、全国的に圧倒的な支持率を誇る大統領だが、既得権益層や人権団体からは煙たがられる存在であることも事実だ。米英欧の海外メディアからは、連日のように人権問題で批判されるため、大統領は海外メディアが嫌いなことでも知られる。米国誌『タイム』(9月26日号)は、カバーストーリーに「夜の帳(とばり)がフィリピンに降りるとき」と題して、「麻薬戦争に立ち向かうドゥテルテ大統領の悲劇的な代償」を特集している。一方、人権問題で窮地に立たされているドゥテルテ大統領に、こっそりと歩み寄ったのが中国であった。

「中国に感謝したい」

「中国が我々を助けてくれる。中国の厚意に対して感謝を述べたい」――南シナ海の領有権問題で中国と闘っている筈のあのドゥテルテ・フィリピン大統領が、9月9日にインドネシアの首都ジャカルタで発した言葉だ。中国に抗議することはあっても、まさか感謝する理由はないと、誰もが耳を疑った発言である。ラオスで開かれていた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議から帰国する直前にジャカルタに立ち寄り、在外フィリピン人向けの集会に参加した際の演説であった。

 中国の「厚意」は何かと言えば、フィリピンに対する、麻薬中毒者を治療するためのリハビリ・センター建設資金供与のことだ。「来年(2017年)、フィリピンにリハビリ・センターを建設する。現在、我々はその準備をしている」と語った直後に出た発言が、中国に対する感謝の言葉であった。6月30日にアキノ前政権から政府を引き継いでも、麻薬対策予算がなくて困っていたドゥテルテ大統領に、救いの手を差し伸べたのが中国にほかならない。ラオスの首都ビエンチャンで開催されてきたASEAN関連の首脳会議で、中国はドゥテルテ大統領が全精力を傾けている麻薬撲滅作戦へ協力するとの立場から、リハビリ・センターの建設資金を提供すると約束した。

 米国のオバマ大統領は、フィリピン政府が強行する薬物犯罪容疑者に対する超法規的な殺人を人権問題として痛烈に批判するだけで、フィリピンに具体的な救いの手を差し伸べてくれない、との思いがドゥテルテ大統領にはある。人権問題には触れずに、薬物中毒者を治療するリハビリ・センターの建設費を提供することで、中国はフィリピンに秋波を送り、ドゥテルテ大統領はその厚意に感謝したのである。

手打ち式

 アキノ前大統領と異なり、ドゥテルテ大統領の中国に対する警戒感は極めて薄い。フィリピンと中国との手打ち式は9月7日、ビエンチャンで開かれた中国ASEAN首脳会議の場で、大勢のプレスを前に行われた。同会議の開幕に際しては、大型スクリーンに中国側が用意した中国とASEANとの友好の歴史を描いた動画が流され、ミャンマーのアウン・サン・スーチー国家顧問、シンガポールのリー・シェンロン首相らは唖然とした表情で見入っていた。動画のメッセージは、中国とASEANにとって南シナ海問題は存在しないというものであった。

 同首脳会議を閉会するに際して、カンボジアのフン・セン首相が、ドゥテルテ大統領の背中を軽く押すように演壇の中央へ案内し、さらにラオスのトンルン首相が同大統領を誘導して、演壇の中央で待ち構えていた中国の李克強首相と引き合わせた。南シナ海は一触即発という報道が躍る中、両国首脳は微笑みながら握手し、会場を驚きの渦に包んだ。親中派で知られるラオスとカンボジアの首脳が、中国とフィリピンの手打ち式を演出した光景であった。南シナ海問題でASEANの中で中国に対して厳しい外交姿勢をとってきたフィリピンが、対中外交の軸を公の場で変えた瞬間だった。

対決よりも経済協力

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 しかしフィリピン政府が対中関係を、ビエンチャンの首脳会議で突然変えたわけではない。その兆候はすでに見え隠れしていた。中比首脳の握手から9日前の8月29日、マニラで開催された国際会議「日本ASEANメディア・フォーラム」(国際交流基金主催)で、フィリピンが南シナ海問題で対中交渉に踏み切る可能性を、ヤサイ外相がすでに示唆していた。同フォーラムは筆者がプロデュースしている国際会議で、今回のマニラ会議ではドゥテルテ大統領の側近であるヤサイ外相に加えて、アンダナール大統領補佐官=写真=の参加を取り付けることができた。オンレコの会見を快諾して頂き、その際の発言がそのままニュースとなって配信された。こうした要人との会見によって、首脳陣の息遣いや空気感を肌で感じることができる。

 南シナ海問題の解決には、「中国の挑発停止が条件」(日本経済新聞8月31日朝刊)としつつも、「国益を最優先、南シナ海、対中妥協を示唆」(読売新聞8月31日朝刊)、「ASEAN首脳会議 南シナ海の問題は」(NHKテレビおはよう日本、9月7日)という見出しで記事が配信された。中国がスカボロー礁などで人工島建設などの挑発的な行為をしなければ、フィリピン政府は対中交渉にオープンだという、ヤサイ外相のメッセージであった。

 すでに8月上旬、ドゥテルテ大統領の特使としてラモス元大統領が香港を訪れ、11日には中国の外務次官などを歴任した全国人民代表大会(全人代=国会)外事委員会の傅瑩主任と会談しており、この段階で中比2国間交渉の可能性が囁かれ始めた。

 南シナ海問題をめぐるハーグの仲裁裁判決(7月12日)では、中国の南シナ海領有化を全面的に否定し、提訴したフィリピンが全面的な勝利を獲得したが、これはあくまで法的な勝利であって、外交・安全保障の分野における勝利にはつながらない、との認識が政権側にはある。そもそも中国に対抗できる海軍もコーストガードもなく、海上における中国との対決は不可能であるとの立場を取っている。日米がフィリピンを沿岸警備能力の強化などで支援してくれても、中国の海軍や海上警備機関の「海警」には歯が立たない。そうであるならば、中国から資金援助などを引き出し、フィリピンの経済発展に利用した方が得策だとの考えに辿り着く。

 マニラ首都圏は経済成長が著しいが、大統領自身の地盤であるダバオなどの地方都市も何とかして豊かにしたいとの思いが強い。そのためには中国マネーを活用するのが、一番手っ取り早い。各地を高速鉄道で結び、地方都市のインフラ整備を行い、中国系企業を誘致するという発想だ。中国による南シナ海進出に際して、「水上バイクで(中国の人工島建設現場へ)乗り込んでやる」と発言しつつも、中国が高速鉄道を建設してくれるなら中国と手を組んでも良いと述べるなど、中国に対しては硬軟のレトリックを採用するドゥテルテ大統領である。

 大統領選挙戦の最中に、「匿名の中国人から献金を受けていたことを認めた」(英誌『エコノミスト』9月17日号)ように、ドゥテルテ大統領はすでに中国マネーの洗礼を受けているのだ。そして、匿名の人物の背後に中国政府が控えていても何ら不思議ではない。

「パート・チャイニーズ」

「ドゥテルテ大統領が、中国に対してフレンドリーなのは、彼の体の中に中国人の血が流れていることが、影響しているのかもしれない」と、マニラの地元記者から耳打ちされたことがある。

 フィリピンでは、中国系の血が混じっている人のことを「パート・チャイニーズ」と呼ぶ。部分的(パート)に中国系の血が流れていることを示す言葉だ。長い歴史の中で、血の混ざり具合は千差万別となり、ハーフなどと呼べる状態ではなく、パートという言葉がごく自然に使われるようになった。先住民が住む島々へポルトガル人、スペイン人、アラブ人、中国人、米国人、日本人がわたり、ハイブリッドな民族を生み出していった。

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