記事

反対運動は“プロ市民”のものではない。高江は“おじい”“おばあ”の戦場だった。

2/3

「ウチナンチュは自主がある」というおばあの政治参加意識

土曜日。朝8時前に高江に着くと、正面ゲートの北1kmほどにある高江橋周辺に、軽く100人を超える人たちが集まっていた。県道70号線には何十台ものクルマが停車している。これでは大型ダンプの通行は困難だろう。

朝早くから、高江橋には大勢の人たちが集まった

すると、この日の資材搬入は北側からになるという話が聞こえてきた。資材を運ぶ大名行列は、通常は南から高江に向かうが、ときおり、ヤンバルの森をほぼ一周する北ルートでやってくるのだ。高江では、毎週水曜日と土曜日にさまざまなグループが集合するため、人が少なく遠い北ルートを選んだのだろう。

そのため抗議活動に参加していた人たちは、ヘリパッド予定地に資材を搬入するために使うN1ゲートの北に向かって移動していった。

ゲートに近づくと、見えてきたのは機動隊のバスが道路をふさぐように停車し、通行妨害をしている光景だった。警察車両が山の中の一本道の県道を、緊急でもないのに封鎖しているのは明らかに異常だった。

県道70号線を封鎖した機動隊のバス

ただ、この封鎖は長く続かなかった。ものの30分ほどで、集まった住民らの抗議を受ける形で機動隊側がバスを移動させ、道路脇の路側帯に戻したのだった。ゲート前にいたおばあちゃんが、「ここ、なおさしてたんだよ。みんなで抗議して動かしたんよ」と大きな声で教えてくれた。ここでも中心は、60代より上の人たちだった。

高江橋からN1ゲートに向かう道すがら、宜野座村から来たというおじいと並んで、話を聞くことができた。辺野古の南西に位置する宜野座村は、村の西側約半分を米軍の演習場が占めている。

おじいは65歳。毎日、朝4時半に起きてニワトリにエサをやっているが、この日はいつもより40分早い3時50分に起きて、同じく宜野座村に住む5人と一緒にバスでやってきたという。

おじいは、ときおり口を大きく開けて、「あー、はっはっはっ!」と大笑いした。今はおとなしくしているが、昔は米軍相手にムチャをしていたと言っては笑い、自分もヤマト(本土)に5年ほど住んだことがあるから言葉が通じるだろうと自慢げにいっては笑い、ブラジルに移住したが生活が苦しく、沖縄に戻ってきたもののやっぱり同じ暮らしだったと思い返しては笑った。

おじいは、高江の抗議に参加したのは初めてだという。とはいえ状況は新聞を読んで知っていて、「ほんとに腹立つね」と怒る。沖縄の日本返還前、おじいが高校の時には校庭に銃を構えた米兵が通ることがあったと話す。そうした状況に抗議し、隣村の青年が米軍基地にバイクで突っ込んで死んだこともあったという。

「私が二十歳くらいだったね。それも思い出すからよ、私も今は真似したいくらい。ぐちゃぐちゃになるくらい、ぶつかりたい気持ちあるよ(といって、また大笑いする)。ほんとですよ。同じ気持ち持ってる人、たくさんいる」

そんなふうに怒りながら、おじいは突然、明るい声で自衛隊員に声をかけた。

「はいさーい、おにいさん! やまとんちゅ? あーはっはっは、話していかんけ?」 (自衛隊員はイヤホンをしたまま表情を変えず、別の方向を見ている)

「あーはっはっ、耳、壊れてるわ~」

そういえば山城氏は、沖縄の60代以上の人は若い人に話しかけたり、お説教するのが大好きだといっていた。またそうした行動が、遠くから来ている機動隊員の戦闘心をそぐことにつながるとも。雨の中で機動隊に対峙していたうるま市のおばあたちは、話しかけることを武器にしていた。そしてこのおじいは、ごく自然に、それを実践しているようだった。

おじいの家は米軍演習場が誓いこともあり、「夜11時まで米軍のヘリコプターが飛ぶことがある」という。あまりにうるさいので、夜、真っ暗な空に向かって手持ちの懐中電灯を照らしてぐるぐる回したら、それきり上空を飛ぶことはなくなったといって、ケラケラと笑った。

だから辺野古の滑走路新設には、大きな不安がある。

「もし辺野古に作られたらね、私の住んでるところは5~6km離れてるけど、滑走路の延長線上にあるから、嘉手納の米軍基地の先にある部落みたいになるおそれがあるんですよ」

この日、おじいはその不安を共有する高江に来ていた。

N1ゲート北側では、大勢の人が集まって、交代で前に立つ人たちの演説を聞いていた。

そこから少し離れて道ばたに座っていた74歳のおばあは、那覇市からバスで来ていた。バスは市民団体が借りたもので、定期的に高江に来ているという。費用は往復で、ひとり1000円だ。

「今しかできないし、お金も、これに使うのは惜しいとは思わないから(笑)。みんな言いますよ、『年金がもう少しあれば(もっと来てる)』とか、『もう年金なくなるから、あと何回しか来れないよ』とかね。それだけ懸命。だから負けないって言ってるのよ」

「ウチナンチュは自主があるからね、あんまり(政府の)言うことをきかない。高江にはしばらく来続けますよ。決着がつくまで。裁判も最高裁までいくかもしれないけど。私たちが、自分の事を自分で決められないとおかしいし」

おばあの市民運動への参加経験は長い。初めてデモに参加したのは、1960年に米大統領のアイゼンハワーが沖縄に来たときだという。このときは、オープンカーに乗るアイゼンハワーを見て、「肌がピンク色できれいだった」ので、「つい、手を振ってしまった」らしい。

おばあによれば、沖縄で政治集会に参加するのはごく普通のことだ。沖縄復帰運動の中心だった瀬長亀治郎氏の演説があるときには、夕飯の時間を早めて聞きにいった。何千人も集まったという。「すごい演説が上手だった」と語る。

「沖縄はね、そういう点では政治的には鍛えられてます。友だちと会えば政治の話するの。何十年も続いてる同窓会でもしますよ。自分たちの生活に直結するから」

それが普通かどうかはわからない。なにしろ毎週のように高江まで来ているおばあの話である。一方で、瀬長亀治郎氏の演説に人が集まっていたのは事実であり、復帰運動が大衆運動と呼べる広がりを見せていたのも事実だ。そこに参加するのが「楽しみだった」というおばあの言葉に、沖縄の特殊事情を見た思いがした。

若者に共有されていない沖縄の“記憶”

おじいやおばあの活動ぶりに驚いた反面、気になったことがあった。沖縄の若者の姿をほとんど見かけなかったことだ。高江の山城氏も、県内の若者がいないことを不思議に感じていた。

「まず、歴史を知らないことが大きいのだと思います。沖縄戦については学校で教えますが、戦後史を知らないんです。復帰運動もぼんやりとしか理解していないと思います」

沖縄国際大学の佐藤学教授は、そう指摘した。佐藤教授は2002年に沖縄国際大学に赴任した。その頃の学生が今は30代になっているが、「なぜ沖縄に米軍基地が集中しているのか、疑問に思う対象にならない」という。

「その一方で、自分の友だち、親戚が、なんらかの形で米軍と関係があって、米軍が日常的に接するものになっている。だから、そもそも背景を考える根拠を持っていないんです。だからといって賛成しているわけではありませんが」

「辺野古や高江に行っている人は、復帰前の生活を覚えています。その過酷な状況が、今でも続いている。だから新しい基地は絶対に作らせちゃいけないと思っているんです」

そして佐藤教授は、沖縄ならではの経験が、今の抗議活動に影響しているのではと話す。

「1960年に、沖縄では首席公選運動が始まりました。それから8年の運動を経て米軍が要求をのまざるをえなくなり、68年に選挙が実施されて屋良朝苗(ちょうびょう)琉球首席を選んだ。米軍の占領下、言論の自由も主権もなにもない中で、完全公選を実現したんです。住民運動で知事の公選を実現したのは、日本では沖縄だけです」

「復帰後は、国頭村や恩納村では非暴力運動で海兵隊の拡大や、ハリヤーパッドの建設を止めています。基地の拡大を身体をはって止めてきた。今の高江や辺野古に集まる人たちには、そんな歴史に根ざした記憶がつながっているんだと思います」

同時に、そうした記憶が若者に共有できていない現状では、運動は先細りになってしまう」という危機感を感じているという。

情報の重要性を感じた佐藤教授は、米軍基地問題に関心を持つ大学教授やジャーナリストらと「沖縄米軍基地問題検証プロジェクト」を立ち上げ、昨年、「それってどうなの? 沖縄の基地の話。」という冊子を発行。様々な噂話の検証を行った。現在は1冊100円で配布しているほか、インターネットでも全文を公開している。

「それってどうなの? 沖縄の基地の話。」の表紙

沖縄米軍基地問題検証プロジェクト
それってどうなの? 沖縄の基地の話。

佐藤教授は、冊子発行の理由について、「いま、年長者がやっていることはおかしなことではない、正しいことだっていうことを知ってほしかった」と語る。加えて、スペインのバルセロナ市が、移民廃絶の動きと相対する際に、「移民が増えたから負担増になった」などというウワサ話にひとつひとつ自治体として反証していったのが奏功したことから、「沖縄でもやらないと」と考えたという。

「沖縄の基地の話」では、たとえば「何もないところに普天間基地が建設され、住民が後から周りに住み始めた」という項目を見ると、「現在普天間基地が占めている場所は、沖縄戦で破壊されるまで、8800人の住民がいる農村部でした。ここには、村役場、小学校、郵便局があり、砂糖キビ絞りの小屋や闘牛場、天然記念物の松並木もあり、当たり前の生活が営まれる場所でした」という記述とともに、基地建設前の写真が掲載されている。

また、沖縄県には米軍施設の74%が集中しているという数字に対して、ネットでは自衛隊共用施設を含めると24%でしかないという話が広まっていることについては、米軍が年に1度しか使わないような北海道の広大な演習場などが含まれているため割合が小さくなっていると、数字の根拠を示して反論している。

冊子の中では、この項でも取り上げてきた、日当をもらえるというデマについても検証している。結論は、これまで紹介してきた通りだ。

あわせて読みたい

「沖縄」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    雇用保険を否定? 厚労省の暴言

    田中龍作

  2. 2

    石破氏 コロナ報道に強い違和感

    石破茂

  3. 3

    ワクチン接種した日本人の感想は

    木村正人

  4. 4

    給付金2回目求める声殺到に衝撃

    BLOGOS しらべる部

  5. 5

    トヨタ Apple車参入で下請けに?

    大関暁夫

  6. 6

    京都市財政難 寺社の協力不可欠

    川北英隆

  7. 7

    マスク拒否の男 逮捕時は大暴れ

    文春オンライン

  8. 8

    立民の「首相答弁が短い」は難癖

    鈴木宗男

  9. 9

    「もう終わりだ」Qアノンの落胆

    Rolling Stone Japan

  10. 10

    菅政権が見落とした学者の二面性

    内田樹

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。