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スピリチュアリズムの危険性――『反オカルト論』 - 高橋昌一郎

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いつから人間になるのか

助手 先生、私の親友が流産してしまいました。昨年の秋に結婚式を挙げて、「ハネムーン・ベイビー」だと大喜びしていたのに……。

新婚夫婦ともにガッカリしているところに、追い打ちをかけるように、流された「水子」を「供養」しなければ「祟り」があると言ってきたオバさんがいるそうで、世の中には本当に無神経な人がいるものですね。

教授 「水子」とは、『古事記』でイザナギとイザナミの最初の子「水蛭子」が海に流された故事から転じて、亡くなった胎児や新生児を指すようになった言葉だ。

最も辛い思いをしているのは当事者の女性だろうが、日本ではそこに付け込んで「水子供養」を売り物にする占い師や新興宗教が一九七〇年代から増えてきた。

助手 そもそも胎児は、どの時点から「人間」とみなされるのでしょうか?

教授 「母体保護法」では、母親の身体的あるいは経済的理由などにより、妊娠二十二週未満の胎児の人工中絶手術が認められている。つまり、二十二週未満の胎児は、法的に人間とはみなされていないことになるね。

しかし、たとえばキリスト教原理主義は、受精卵の時点ですでに神が人間の生命を与えているとみなし、人工中絶を殺人に相当する大きな罪と考える。そこで欧米では、女性の自己決定権を重視する「プロチョイス」派と、胎児の人権を重視する「プロライフ」派の二つの対極的立場が、大きな対立を続けている。

助手 受精卵から胎児になっていく過程は、どのようになっているんですか?

教授 精子が卵子と結合して「受精卵」になると、合体した細胞は、即座に細胞分裂を始める。細胞分裂を始めた受精卵は「胚」と呼ばれるが、受精後数時間で胚に「内胚葉・中胚葉・外胚葉」の三層構造が生まれ、それぞれが多種多様な器官に分化し始める。

二、三週目には、外胚葉に神経管が形成され、その底部にはニューロンのような細胞が発生して中枢神経系が形成され、上部には末梢神経系が形成される。四週目になると、この神経管の中央部に「前脳・中脳・後脳」の三つの領域が生まれ、脳の基礎が形成される。五、六週目には、脳内に電気的な活動が始まる。

助手 ということは、知覚が始まっているのかしら?

教授 いやいや、この時期の神経活動は、ニューロンが無秩序に電気信号を発するだけで、エビの神経系よりも未熟だ。この時点では、まだ人間の胚もブタの胚も区別できないくらいだからね。しかし、八週目を過ぎる頃から、人間の胚らしくなって「胎児」と呼ばれるようになる。ニューロンは急激に増加して脳内を移動し、全身で反射運動が生じる。

十二週目には、左右の脳半球が分かれ、十三週目にはそれらの脳半球をつなぐ「脳梁」と呼ばれる線維の束が作られる。この頃の胎児は、一種の「反射神経の塊」となって、刺激に対して身体を動かすようになるが、まだ何かを知覚しているとはいえない。

十六週目になると、「前頭葉・側頭葉・後頭葉・頭頂葉」が形成され、大脳皮質の表面にしわが寄り始める。十七週目には、ニューロンとニューロンを結合するシナプスが形成され、これによってニューロン間の情報交換が可能になる。

助手 その時点でも、人工中絶は可能なんですね……。

教授 二十二週目には、胎児が不快な刺激に対して明確に反応するようになり、現代医療のサポートさえあれば、母体の子宮から出て、保育器の中でも正常な脳を備えた人間として生存できるようになる。そこで先進諸国では、胎児を「人間としての尊厳を備えた存在」として法律で保護すべきなのは、「二十二週」以降が妥当だとみなしている。日本の「母体保護法」も、この見解と一致しているわけだ。

助手 いずれにしても、科学的事実に基づく「生命」の議論に、「祟り」のようなオカルトが入り込む余地はないですよね。

矢作直樹氏と「見えない光」

助手 昨夜、時間をかけて話し合った結果、母が父の霊を気にしている理由がわかりました。矢作直樹著『人は死なない』に、人間の肉体は滅びても霊は生き続ける、つまり「人は死なない」と書いてあって、それに影響を受けているんです!

この本の表紙には、出版当時の矢作氏の肩書が「東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授、医学部附属病院救急部・集中治療部部長」と大きく宣伝されていて、母は、この肩書で信用したらしくて……。

教授 矢作氏といえば、新聞記事のインタビューで、立派な意見を述べていたよ。「危険な宗教には近寄ってはいけません。見分けるのは簡単です。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」(『読売新聞』二〇一三年二月十五日付)とね。この「危険な宗教」の見分け方は核心を突いていて、一般読者にも有益なのではないかな。

助手 でも、最近の矢作氏は、まさに自分が批判している「金品を要求する」スピリチュアリズムに加担しているらしいんですよ。

「告発スクープ・大ベストセラー『人は死なない』著者・東大病院矢作直樹救急部長・大学内で無断霊感セミナー」(『週刊文春』二〇一五年四月十六日号)によると、矢作氏は、都内マンションの「ヒーリングサロン」に現れては「手かざし」を行っているそうです。

「矢作氏はひとりの女性に近づき、掌 をかざして頷きながら目を瞑る。約三分続けた後、こう語りかけた。『いま見えない光を送り込みました。うん、見えない光をね』」と……。

教授 「見えない光」だって? 一般に、電磁波の中で、視覚で認識できる波長を「可視光線」つまり「光」と呼び、それ以外の紫外線や赤外線のような「不可視光線」は「光」とは呼ばない。だから「見えない光」という言葉自体、矛盾しているんじゃないかな。

助手 ですよね。それで私も矢作氏の本を読んでみたら、その類の科学用語のオカルト的流用や飛躍が多くて、ビックリしたんです。

たとえば矢作氏は「人知を超えた大きな力の存在」を「摂理」と呼びながら、その存在の根拠には触れていません。それどころか「そもそも摂理や霊魂の概念は、自然科学の領域とは次元を異にする領域の概念であり、その科学的証明をする必要はないのではないでしょうか」と述べています。

この論法を認めると、自然科学と「次元を異にする」と開き直れば、どんな概念でも「科学的証明」なしで使えることになってしまいます。

評論家の立花隆氏は、矢作氏の著作について、次のように評価しています。「文章は低レベルで『この人ほんとに東大の教授なの?』と耳を疑うような非科学的な話(たとえば、百年以上前にヨーロッパで流行った霊媒がどうしたこうしたといった今では誰も信じない話)が随所に出てくる。これは東大の恥としかいいようがない本だ」(『文藝春秋』二〇一四年十月号)

教授 それで、「金品を要求する」スピリチュアリズムとは、どういうことなの?

助手 『週刊文春』の記事によると、矢作氏が「手かざし」を行っているサロンの経営者は、一度の「ヒーリング」で三万円、さらに「不健康を避けるためには先祖供養が必要」と十万円の追加料金を徴収することもあるそうです。

矢作氏は、その経営者と同じ部屋に居るわけですから、「患者」からすれば、東大教授がお墨付きを与えているように映るのではないでしょうか?

教授 もし現役の医師が治療と称して「手かざし」を行ったり、先祖供養に金品を要求する「霊感商法」に関わっていれば、「医師法」に抵触する可能性がある。

そもそも矢作氏は、自分の書いた書籍が一般読者に及ぼす影響力を、どのように認識しているのかな……。

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