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AI機能に頼らざるを得ない為替取引 - 中西 享 (経済ジャーナリスト)

 超低金利で神経質な相場が続いている為替市場で、ビッグデータを活用したAI(人工知能)機能に頼る取引が増えている。その一方で、AIは過去事例がないニュースに遭遇すると判断できないケースもあり、AIだけに依存すると「暴走」する恐れもある。リスクを取り合う為替取引の現場でどのようにAIが使われているのかを検証してみた。

膨大なデータ処理

 この数年、金融市場では「クオンツ・トレーディング」という言葉が多く聞かれる。「クオンツ」とは数学的に高度なモデルを駆使して高い収益を生み出す手法で、為替など金融取引で多く用いられている。「クオンツ・トレーディング」には、理論駆動型とデータ駆動型の2種類ある。理論駆動型は文字通り経済・ファイナンス理論に基づくトレーディングモデルで、データ駆動型は特定の理論モデルに基づくことなく、データ解析によりパターンを発見するやり方で、過去3年ほどの間にAIを使ったモデルの開発が急速に進んでいる。

 このトレーディングに詳しい野村証券金融市場調査部の高田将成・クオンツ・ストラテジストは「最近は相場に影響を与える項目が膨大になっているため、人間では到底処理できない量になっている。取引の現場ではこれを瞬時に判断するにはAIの能力を借りるしかない」という。重要なのが、人間の場合は、ある時点で「買い」と判断すると、「売り」に判断を変更しなければならない状況になっても、以前の決定に引きずられて客観的な判断ができにくいという。いわゆる「宗旨替え」に対する抵抗感がある。AIの場合は、過去のパターンに合致すれば、以前の判断と関係なくドラスティックにデータだけに基づいた判断ができる。

 一方で、AIの判断は理論に基づいていないため、顧客に対する納得ある説明がしにくい面があるという。AIの応用は、製造業や医療関係では急速に進んでいるが、トレーディングの世界ではこの数年始まったばかりで、応用できる人材がまだ育っていない。最近は理系出身者が金融の世界に入り、金融工学やフィンテックが流行になりつつあるが、まだ開発ができる人材はごく少数でしかない。長期的に見てAIを使った取引とそうでない取引と比較して、AIを活用した取引が勝っているという証明ができるまでには、多くの人材を育成してトレーディングモデルを改良していかなければならない。

「相模原事件」で早とちり

 AIといえども万能ではなく、ミスをすることもある。この現象が直近で起きたのが、7月26日から27日にかけての為替市場だった。まず26日の英国BBCラジオ放送で、黒田東彦日銀総裁が「ヘリコプターマネーは必要ないし、可能性もない」と語ったと伝えられたことから、円はこの瞬間に1円も急騰した。この時点で金融緩和を期待して、ドル買い円売りのポジションを持っていた市場参加者は、この発言で一斉に円買いに走ったと想像できる。

 黒田総裁がヘリコプターマネーは法律上日本ではできないため否定する発言をしたが、AIの中には「ヘリマネ」を「金融緩和」と紐づけていたため、法的根拠よりもこの関連が優先された形となり、市場は「金融緩和」が否定されたと思い込んで円高に振れた。日銀が立場上、ヘリマネは実施できないことは無視された結果となった。

 その数時間後、神奈川県相模原市の障害者施設で殺傷事件が起きた。第一報の段階で「日本でテロ19人死亡」と速報が流れ、世界を駆け巡った。

 国際金融市場では、戦争、大規模紛争、大企業の倒産など資産価値が大きく下がるようなことが起きた場合、リスクオフ(リスクを回避)に動くのが常道だ。つまりリスクのある資産・通貨を売り、安全な資産・通貨を買うように動く。いまの金融市場で安全な通貨の一番手は日本円で、次が米国ドル、スイスフランの順。今回の事件の場合、テロ発生→市場が混乱する→リスクオフの連想が働いた。本来はテロが発生した国からは資産撤退となり、日本で大きなテロが発生したら円は売られると考えられるが、コンピュータはヘッドライン(ニュースの一報)の単語(テロ)に真っ先に反応し、瞬間的に円買いプログラムが作動、26日の日本時間の午後4時頃には1ドル=104円台まで買い進まれて、2週間ぶりの円高水準となった。

 いまの為替取引は1秒間に数千回取引される超高速取引が行われている。このため、現場の為替トレーダーは大きな変動が起きると、その動きにある程度追随せざるを得ない傾向がある。結果として、間違っていてもその方向性が一時的に増幅される。今回は「日本でテロが起きた」と理解する以前に、「テロ」イコール「円高」の解釈が先行して、この流れに引きずられる形で相場が動いてしまった。AIは「日本で起きた」という事実を見逃してはいないが、過去の事例を優先して瞬間的に「テロ」イコール「円高」と判断してしまったようで、AIの判断にも限界があることを示している。

ニュースと相関性あれば売買指示

 野村証券の高田ストラテジストは「AIを使ったトレーディングモデルの場合、必ずしも1つのキーワードだけで全てを判断するわけではない。TwitterなどのSNSや主要ニュースサイトなどで、ある一定期間に高い頻度で現れた単語や表現をリアルタイムで抽出し、そこから過去の事例に基づき、それらの言語が使用された頻度と(その当時の)株や為替の値動きの相関性を抽出する。その関係から統計的なテストを経て、『偶然性』が排除できるとAIが認識すれば、売買シグナルを出すように設定する傾向があり、AIはこの辺りを一瞬で処理できる。人間のトレーダーが売買判断を下す上で、従来は『経験』と呼ばれていたものを、AIがデータと統計テストに置き換えて判断している格好だ。

 人間でも間違いを犯すため、AIも全く誤答がないとは言い切れない。ただ、人間とは異なり、通常は統計的な検定に基づく一定の基準を設ける。このため、でたらめな売買やリスクの高い売買(確度の高くない取引)は、AIが自らの判断で行わないようになっている。ニュースや情報は刻々と変化するので、追加的な情報(より出現頻度の高い単語などを優先する場合がある)の供給によって、最初の段階では上手くいくとAIが認識したトレードが、上手くいかなくなる場合なども起こり得る。

 その際も、新しいニュースやデータを解析して、もう一度再計算を行う。再計算の結果が当初の結果とズレたりするのであれば(ここでも厳密な統計的検定を行う)、そこで反対売買を行いトレードを終了するように設定する傾向がある」と説明する。またトレードを行う際には「ストップ・ロスなどの基準を必ず設ける。XX分の間にXX%ロスしたら自動でカット、などいくつものバリエーションが考えられるが、この辺りも事前に基準を設定し、それが果たして効率的かどうかをAIが自動で学習しながら設定を変更したりする」と指摘、AIは多様なトレーディングに対応できるという。 

ニュースの中身を吟味

 黒田日銀総裁の発言、障害者施設の殺傷事件を受けての円が急騰したのは、市場が勝手に判断した早とちりによるものだった。「ヘリコプターマネー」は、中央銀行が政府から直接に国債を買うことで、この手法は法律で禁止されており、黒田総裁としては否定するしかなかった。この後に総裁は「追加緩和の可能性」に言及しているが、こちらはニュースにはなってない。殺傷事件の方はその後、テロではなかったことが判明、27日には安倍晋三首相が20兆円を上回る大規模な経済対策を打ち出すのではないかという報道もあって、今度は円が売られて106円台まで円安となる荒々しい相場展開となった。

 一連の今回の事例は、相場を動かす材料をAIだけに依存していては、相場が一方向に過剰反応してしまうリスクがあることを示している。為替市場で使われるのはヘッドラインに出てくるキーワード単語とビッグデータを関連付けただけの単純なものだ。日々起きる事件は、必ずしも過去のパターン通りに起きるものではなく、マーケットは過去のパターンを必ずしも踏襲しなくなっている。それだけに、AIだけに頼って売買指令を出すのではなく、どこかで人間が一瞬立ち止まってニュースの中身を吟味する必要がある。

 元日本長期信用銀行出身の小池正一郎グローバルマーケット・アナリストは「ニュースで伝えられることに単純に追随して売買することには慎重になるべきだ。最近はニュースに対する認識ギャップによる判断ミスも多くなっている。AIだけに頼るのは危険だということが市場関係者にも分かってきて、ニュースの中身を分析してから判断しようという慎重な姿勢もみられるが、相模原の事件後の反応のように、市場がニュースに過剰反応して思わぬ方向に急変動する恐れがある」と注意喚起を求めている。

東洋の易に関心集まる

 ニューヨークやシカゴを拠点に市場の関心を集めているヘッジファンドがある。社員の多くが博士号を取得した優秀な物理学や数学の専門家で構成、日々、市場の動きをウォッチしている。それらの中には、量子力学の理論などを応用したAIモデルを作る向きも散見され、彼らが最近着想のヒントに得ていると見られるのが、東洋で昔から伝わる易の世界だという。易は陰と陽の2つに分かれた循環を説く理論であり、これが景気や資産価格の変動とも共通するものがあるようだ。

 高田ストラテジストによると「最近では欧米のファンドの専門家の間でも易への関心が徐々に高まっている」という。難解極まりない高等数学の世界を突き詰めれば、易の世界と共通点があるというのは面白い。

 日本にもローソク足というチャートを使った独自の相場予測の方法がある。これも陰と陽の2つを区分けして構成されている。AIの長所と短所を分かった上で易やローソク足の手法を加味すれば、世界に例のない金融取引の必勝モデルができるかもしれない。

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