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ズレている川下り船への責任追求

17日に浜松市で起きた天竜川川下り船転覆事故を巡って、運営会社に対する様々な疑問が上がっている。救命胴衣の着用の不徹底、船頭の操船経験の短さ、マニュアルの不備など。しかし安全性を追求するそれらの批判は、危険性と裏腹のスリルが売りの川下り船の性格を無視した空論ではないか。

■粗末な船だからこそスリルが楽しめる
おそらく安全性を追求した船では水面の様子も身近に感じられず、急流にも全く動じない航行なら川下りの魅力を大きく損なうに違いない。また水遊びに興じる時、「浮き」を使うかどうかは当事者の自由である。その点を国土交通省が新たに規制したり、地元警察が調べて罰するというのは余計なお節介だと思う。

■誰もが経験豊かな人を求めるけれど…
今回の転覆事故では、船頭の経験の浅さについても報道されている。船の運航に限らず、一般的に我々は自分の手に負えない仕事をなるべく経験を積んだ人に依頼したいと願うものだ。

しかし全員がその希望を叶えられるはずがない。経験とは未経験の人が仕事を重ねて獲得するに他ならないのだから、誰かしらが経験の少ないプロの相手になるのは必然である。多くの職業分野がそうだろう。それとも責任の重い仕事とされる職業は、経験を補う為にまるで宇宙飛行士の養成に匹敵するような長期間の訓練を先にすべきなのか。

■マニュアルの編集が瞬時に起こる混乱に役立つか
川下り船の運営会社には、転覆に対応する為のマニュアルを用意していなかったという。仮に転覆時の対処法を記した手引書を編集しておいても、瞬時にして二十数人もの乗客(しかもその殆どは初めての乗船だろう)を救う為の判断に有用になったかは大いに疑問だ。

マニュアルを踏み台にし実際の試行錯誤を重ねた上、体が覚えるまで練習しなければ、事前の想定は生かされまい。

■二歳児が溺死した責任の所在
この転覆によって、二歳の子供が命を落とした。もしかしたらこの子へ救命胴衣の着用で命は救えたかも知れない。あるいは川下り船の方針として幼児の乗船を始めから断っていれば確実だった。川下り船側には過失がある。

ただし個人の意思や命の保障を尊重するなら、急流下りという娯楽に二歳児を連れて行った家族も責められるべきではないだろうか。思うままにならない自然を相手にする観光業者に計画通りを求めても空しいだけだ。

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