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ドゥテルテという劇薬――フィリピンを治すのか、壊すのか? - 日下渉

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改革のアジェンダと課題

ドゥテルテには、既存の行政機構や法制度を軽視する傾向が強い。2017年度予算案に着目しても、治安維持と犯罪対策を強化するためとして、大統領の裁量で執行できる臨時費に55億ペソ、会計監査委員会の監査を受けない機密諜報費に前年の300倍という20億ペソを請求している。他方で、行政が肥大化し権限が重複するなど非効率になっているとして、200ほどの部局を廃止しようとしている。また、麻薬や汚職に関する情報を、国民から市民サービス委員会に直接通報させることも試みている。

こうした改革のなかには、好ましいものもある。たとえば、地方政府に対して、投資家が必要な全てのビジネス許認可を2日以内で発行するように命じた。海外出稼ぎ労働者が一度で必要な書類を全て集められるようにする「ワンストップ・ショップ」化も進めている。複雑で腐敗した行政手続きをトップ・ダウンで簡素化する手法は、グローバル経済とも親和性がある。

それから、労働者に不安定な雇用を強いる短期契約労働をやめさせようとしている。これまで企業が労働者を6ヶ月間雇用すると正規にしなくてはならないという労働法第281条を逆手にとって、5ヶ月間で雇い止めにする慣行が横行していた。これに対して、従業員の8割を正規雇用にするよう企業に要請し、それを守らない企業は業務を停止させると脅している。正規の従業員になれば、社会保障、有給休暇、健康保健、一か月分のボーナスなどを享受できる。これによって国内企業の競争力低下や海外投資の減少も懸念されているが、国民からは好評だ。

しかし、これらは大統領の行政命令や閣議決定で対応できるものであって、より根本的な改革には議会の承認を得た法律の制定が必要である。ドゥテルテ政権は、今年度の優先法案として、劣悪な交通渋滞を改善するためのインフラ整備に関する非常事態大権、税制改革による所得税と法人税の減税、前政権から引き継いだ情報公開法、そして憲法改正による連邦制の導入などを掲げる。では、議会との関係はどうか。

上院に対しては、ドゥテルテによる超法規的殺人を追及したデ・リマ上院議員を司法・人権委員長から引き摺り下ろさせるなど、重要な局面では多数派工作に成功している。ただし、野心ある上院議員はイシューによっては大統領と対立することで世論の支持を集めようとするので、ドゥテルテの支持率が下がれば上院のコントロールは難しくなるだろう。

下院に対しては、議員が裁量で執行できる「ポークバレル予算」(下院議員は一人あたり8000万ペソ)を別の形で復活させて、その配分で支持を取り付け、多数派工作に成功している。ポークバレル予算は、2013年に最高裁判所によって違憲判決が下された。予算案が決定した後に、国会議員が裁量で予算を執行できるのが違憲という判断だった。

だが、ドゥテルテ政権は、予算決定前に各議員が関係省庁を通じて実施したいプロジェクトを予算管理省に請求できるようにして、これを復活させたのだ。それゆえ、下院で通った法案が上院で激しく争われるというパターンが繰り返されるものと考えられる。

制度を弱体化させる危険

ドゥテルテ政権の最大の懸念は、公式の制度が機能する「強い国家」を実現しようとするにあたって、トップ・ダウンで非公式な手段を用いたり既存の制度を軽視することで、いっそう国家の諸制度を弱体化させてしまう矛盾である。手段が目的を喰ってしまう危険は大きい。

ドゥテルテは政敵を威嚇する際に、しばしば戒厳令の可能性に言及してきた。ただ、これまでのところ、議会の多数派工作には成功しており、最高裁判決に有利な判決を下させるなど司法にも影響力を行使している。そのため、現時点であえて議会や司法を停止する戒厳令を発する必要性は少ない。

むしろ現実的なのは、令状なしに容疑者を逮捕できるようにする人身保護令状の停止である。実際、デ・リマに変って、上院の司法・人権委員長についたリチャード・ゴードン上院議員が、より効率的な犯罪対策のために人身保護令状の停止を訴えるなどしており、注視が必要だ。

身内を守り、政敵を攻撃するあからさまな派閥主義も、制度を弱体化するだろう。関係の近いアロヨ元大統領に対する略奪罪の告訴を最高裁に取り下げさせたのは、その一例だ。しかも公務員の汚職追及を使命とする行政監察院への予算も削減しようとしている。

行政監察院長官のカルピオ・モラレスは高潔な人柄で知られ、アロヨ政権期に最高裁判事として大統領の介入に反発し続け、アキノ前大統領に任命された。ドゥテルテは、彼女を「アキノ派」と見て排除したいのだ。政敵を攻撃する手段も乱暴だ。デ・リマに対しては、確たる証拠もないまま、麻薬シンジケートの一味と主張して議員辞職まで迫っている。

暴言癖が地域秩序を不安定させる懸念もある。ドゥテルテは暴言と頑迷な態度で知られるが、麻薬以外のイシューでは意外に柔軟な現実主義者だ。暴言で恫喝して相手の出方を伺い、裏で有利に駆け引きをしようとするのが彼の手法にみえる。自身が権力の頂点にいる国内政治では、この手法によって、これまで議会での多数派工作、政敵の牽制、共産ゲリラとの和平などに成功している。

国際政治でも、暴言を吐いて他国にとってのフィリピンの戦略的重要性という弱みに付け込みつつ、密使を派遣して利益を引き出すべく交渉しているといわれる。しかし、ハッタリをかましまくる小国の瀬戸際戦術が、本当により安定した地域秩序の再構築と、国益の促進につながるのかは疑わしい。

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ドゥテルテが怒りをぶちまけ暴言を吐くと、人々が「そうだ!」と拳を突き上げ会場が盛り上がった

カリスマと民主主義

なぜフィリピン人の多くがドゥテルテに変革の期待を寄せてしまうのか、私には実感としてよく分かる。適切に機能しない国家への怒り、エリートにも物怖じしない断固たる態度、フィリピンを子分のように扱う旧宗主国への反発といった、これまで人々を拘束してきた既存の秩序に対する反逆が痛快なのだ。

彼のような「アウトサイダー」ならば、そこから私たちを解放してくれるかもしれないと期待してしまう。私自身、彼の演説を聴いているうちに「何をバカなこと言っているんだ」と失笑しつつ、ドゥテルテと支持者の熱狂的な相互応答の中に巻き込まれて、危険なカリスマの魅力を感じてしまったことは否定できない。

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支持者がドゥテルテに賭けた希望は実現されるだろうか

たしかに、民主主義は異なる諸勢力の対立を調整していく作業を必要とするので、決して効率的に問題を解決しないし、腐敗も防げない。しかし、ドゥテルテが既存の秩序を破壊していった後の空白地帯には、権力者が家父長の名のもとに恣意的に権力を濫用する危険な秩序が侵入している。人々が家父長の支配を正当とみなすのは、彼が自らの秩序に従う者を温情的に庇護してくれると期待するからである。しかしドゥテルテは、彼に降参した者への暗殺さえ黙認するので、家父長の義務と期待を裏切っている。

最後に今後の見通しについて検討してみたい。ドゥテルテは既存の秩序を壊そうとするので、舵取りを誤れば、既得権益層の反発によって政治が行き詰まったり、敵対者による暗殺やクーデターが生じる懸念も付きまとう。それでも、彼が6年の任期を全うできるのならば、どんな可能性があるだろうか。まず、ドゥテルテの秩序破壊に人々が拍手喝采をおくっているうちに、民主制度や行政機構、人権さえも軽視する政治が支配を強める危険性が高いと言わざるを得ない。

だが、人々が冷静さを取り戻してドゥテルテの暴走を批判し、より温情的なものへと家父長の秩序を修正させていくこともありえよう。あるいは、既存の民主主義が疲弊し信頼を失ってしまった現状だからこそ、人々がドゥテルテという劇薬を、既存の不平等な秩序を破壊し、より民主的な制度を再構築していく契機として活用することも、難しいが不可能ではないかもしれない。

現在、高すぎる支持率が大統領を増長させているようだが、支持率が下がれば彼はより柔軟な現実主義を選ぶかもしれない。この国の未来は、フィリピン人がドゥテルテに託した希望を成就させるべく、いかに彼を飼いならしていけるかにかかっている。

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反市民の政治学: フィリピンの民主主義と道徳 (サピエンティア)

著者/訳者:日下 渉
出版社:法政大学出版局( 2013-04-01 )
定価:¥ 4,536
Amazon価格:¥ 4,536
単行本 ( 427 ページ )
ISBN-10 : 4588603302
ISBN-13 : 9784588603303

画像を見る 日下渉(くさか・わたる)

政治学・フィリピン研究

名古屋大学大学院国際開発研究科准教授。専門は政治学とフィリピン研究。1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、九州大学大学院比較社会文化学府博士課程単位取得退学、京都大学人文科学研究所助教等を経て、2013年より現職。博士(比較社会文化)。主要著作に、「秩序構築の闘争と都市貧困層のエイジェンシー――マニラ首都圏における街頭商人の事例から」『アジア研究』53(4):20-36頁(2007年、第6回アジア政経学会優秀論文賞受賞)、『反市民の政治学――フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版局、2013年、第30回大平正芳記念賞、第35回発展途上国研究奨励賞)など。

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