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長谷川豊さんの「自業自得の人工透析患者」論と「自分はつねにアリの側である」と信じられる人

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長谷川さんはアリとキリギリスの話をされていて、おそらく、自らはアリだと認識されているのだろうと思います。
自堕落な僕は、こういう喩えをみるたびに、「こうして、キリギリスをみんな殺していったら、アリだったはずの自分も、いつかキリギリスとして断罪されるときが来るのではないか?」と怖くなるのです。
予防は大事だろうけれど、もし病気になってしまったら、あるいは病気が進行してしまったら、「それでも、できる範囲で、幸福に生きられる社会」というのが、「豊かな社会」ではないでしょうか。
現実問題として、日本の医療や介護が行き詰まっている、というのは実感しています。
人間があまりに長生きしすぎてしまっているのかもしれません。
しかしながら、「人間一般が長生きしすぎだ」と言いながらも、「自分の大切な人には長生きしてほしい」というのが人情なんですよね。
この世界に存在している人のほとんどは、誰かにとっての「大切な人」なわけで。


医療の現場でずっと働いていて感じるのは、法律が変わらなくても、多くの人の意識はこの20年くらいでだいぶ変わってきている、ということなのです。
僕が医者になりたてだった頃(20年前くらい)は、亡くなりそうな患者さんは、癌の末期であっても、いわゆる「延命治療」を全力でやってください、とお願いされることが少なからずありました。
それは、大きな病院に勤務していたからなのかもしれませんが。
最近は「延命治療」については、「望みません。苦痛が少ないように、なるべく自然なかたちでお願いします」と言われることがほとんどです。


自力で食事が摂取できなくなった高齢者の多くに行なわれていた「胃瘻」という処置も、最近はだいぶ減ってきました。
ヨーロッパでは、ずいぶん前から、「自力で食べられなくなったときは、寿命だから」ということで、胃瘻は基本的に行なわれていないそうです。
実際は、胃瘻がなければ自然に枯れていくのみ、というほど家族も医者も割り切れているわけではなくて、結局は経管栄養や点滴に頼ることになり、それはそれで現場としては大変なところもあるのですが。
みんな、悩んだり迷ったりしながらも、「人間の寿命」に対する意識を、少しずつ変えてきているのです。


日本には、透析をしている人が30万人以上います。
僕たちも、日常生活において、彼らと接したり、すれ違っているはずです。
でも、誰が透析しているかなんて、外見でわかりますか?
(血液透析の患者さんならば、腕の血管をみればわかるといえばわかるんですけどね。シャントという透析用の血管がつくられていることが多いので)
透析を受ける以外は、普通に生活をしている人たちに「お前らは不摂生で病気になったのだし、カネがかかるから死ね」って言うのだろうか。
「若者のために使え」って言うけどさ、病気になっても、ちょっと不摂生な生活をしたからという理由で、「自己責任だ!」と切り捨てられるような社会で、若者が安心して子どもを生んだり育てたりできる?
透析患者さんにはワガママにみえる人も多いけれど、「年を重ねると自分を曲げられなくなる」のは人間の全体的な傾向でしかありません。
それに、若い人ならともかく、70代とか80代の人にハードな運動療法は無理ですよ。


もし、彼らにペナルティが与えられなければならないのだとしたら、「週に3回、必ず病院に行き、半日くらい拘束されてベッドに横になって透析を受けなければならない」だけで十分なはず。
だって、死んじゃうんですよ、定期的に病院に行かないと。
そのプレッシャーとめんどくささ、生活における制限だけでも、並大抵のことではありません。


「ディズニーランドでもほとんど並ぶ必要がない」
って、透析している人がそんなにしょっちゅう行くわけないだろ、ディズニーランド!
「自己管理している人は、保険料を払うだけでメリットがない」
って言うけれど、「健康で、身体が自由に動くこと」が最大の「メリット」のはず。
ただし、現在でも生命保険などでは、喫煙習慣の有無によって保険料が変わる、といった「自己管理能力に対するインセンティブ」が設定されているものはあります。
そのレベルでの「格差」はあっても良いのかな、と僕は思いますが。


透析にかかるコストや透析の適応については、見直す、あるいは改善すべきところもあるとは思うのです。
いわゆる「寝たきり」になってしまっても透析をやめられない、という状況もあるのだけれど、「やらないと死んでしまうこと」を止めて良いのかどうか、というのは、「人間として」悩ましい。


いやほんと、大部分の日本人にとって、他人事じゃないから、人工透析は。
要因のひとつに「不摂生」はあるかもしれないけれど、それは「普通の人が、普通にやらかしてしまうくらいの不摂生」でしかないから。
人間の臓器って、どんなに摂生していても、年を取れば機能が低下するものだから。


医療費や健康保険の問題点を指摘したい、という気持ちはあるのだとしても、これでは単なる「弱者叩き」にしかなっていません。
もっと「ちゃんと伝わる」やり方、実例はたくさんあるはずなのに、どうしてこんな「炎上商法」にはしってしまうのか。
『フジテレビ』という大企業の論理に「切り捨てられた」はずの長谷川さんなのに、なぜ、「自分はつねにアリの側である」と信じられるのだろうか。

長谷川豊さんの育児論を読んで、僕の先輩の話を思い出した。

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糖尿病治療ガイド 2016ー2017


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