- 2016年09月18日 17:22
高畑裕太さん釈放後の弁護士コメントをめぐる議論で思い起こしたあの集団レイプ報道
2/2例えばひとつの事例として紹介するのは『女性自身』1998年3月10日号の記事だ。「本当はいったい何があったのか? 初めて当事者が口を開いた!」という謳い文句で、あたかも加害者の独占告白をスクープした作りになっていたのだが、当事者たちは誰も取材を受けていない。だから書かれた側は、これは捏造記事ではないかと提訴したのだった。
あらかじめタネ明かしをしてしまえば、その記事は、警察の留置場で逮捕された男性と同房だった人物の話をもとにしたものだったらしい。その同房者が語った話を、当事者が語ったという記事にしたものだ。伝聞をもとにしたものだから内容には間違いが多いのだが、それを「本誌独占!ラグビー部員Aクンの告白!『これがオレが加わった集団レイプの一部始終です!』」と、あたかも当事者が語ったような記事にしたのだった。
別に『女性自身』の古傷を蒸し返すつもりはない。かつては、この種の半ば捏造とも言える手法は週刊誌には結構あった(今でも皆無とは言えないかもしれない)。ここで紹介したいのは、提訴された週刊誌側が弁論の中で主張したこういう文言だ。
《結果的には不起訴処分で終わるとしても社会を大きく騒がせた事件の渦中の者達が、自分達の責任を棚上げして気に入らないマスコミ報道の仕方に謝罪文・慰謝料を要求するなどということは、些か見当外れではないかと言わざるを得ません。》
つまりレイプ事件の犯人が何を言うか、という主張だ。たぶん編集部としては、被害女性に同情して加害者を許せないと憤り、そうして書いた記事に異議申し立てをされて、「お前らにそんなことを言う資格があるのか」と言いたい気持ちに駆られたのだろう。
当時の週刊誌などの報道を見ると、逮捕された男性らには「鬼畜」という形容詞がつけられ、いかにも悪辣な表情の男性のイラストが掲げられたりしていた。今回郷原弁護士が主張している無罪推定どころか、卑劣な犯人に対しては何をやっても許されるとの風潮さえ見られたのだ。
その報道を、被害女性の側がどう受け止めていたかも書いておこう。連日、ワイドショーや週刊誌がセンセーショナルに事件を取り上げることで、被害女性が思い出したくない事件に引き戻されるという状況にあっただけでなく、報道内容に間違いが多いことも当事者を傷つけていた。
例えば報道の中にしばしば被害女性の母親のコメントが出て来るので、最初に母親に会った時に訊いてみると、いっさいマスコミの取材には応じていないという。さらに被害者側を恐怖に落とし入れたのは、マスコミ関係者と思われる人物が女性の自宅周辺に徘徊するようになったことだ。今回の報道でも、被害女性の勤務先のホテルをボカシをいれながらも映しているテレビ局があるのだが、それが被害者にとって一番嫌なことだという思いになぜ至らないのか不思議に思う。
さて、この18年前の事件について今敢えて言及しているのはもうひとつ、レイプ被害女性がその後、どういう状況に陥るかについても知ってほしいという思いがあるからだ。彼女はいまだにPTSDに苦しめられている。例えば集団レイプされていた時にそのカラオケボックスでかかっていた音楽がいまでも耳に残っているという。レイプは肉体だけでなく精神も犯すと言われるゆえんだ。
実は、その事件について1998年に『創』で当事者の発言を特集した後、12年たった2011年に私は突然その女性から連絡を受け、彼女が編集部を訪ねてきた。最初私は、事件当時、被害者の主張と加害者の主張を両論併記したことに抗議するという意図かと思っていたのだが(実際、それもなくはなかったらしい)、彼女には別の相談したいことがあったのだった。
2011年9月に、12年ぶりに顔を合わせた時、事件当時19歳だった女性は30歳を超えていた。訪れた彼女を見て驚いたのは、今にも倒れそうな弱弱しい感じで、しかも手首には明らかにリストカットの跡と思われる包帯を巻いていた。いまだに事件の後遺症に悩まされ、その日も必死に自宅から編集部にやってきたのだという。
その日、私は、彼女のある種の決意を打ち明けられた。自分が陥っているPTSDを克服するために、彼女は改めて事件と向き合ってみようというのだった。そこに向き合わない限り、自分は一生そのトラウマから逃れられないと考えたのだという。彼女の決意とはいささか驚くべきものだった。集団レイプで逮捕された男性に手紙を書いてみようと思う、というのだった。
詳しい説明は省くが、実は彼女が事件当時、深夜にもかかわらず友人の女性を誘って、ラグビー部男性らが集まっているカラオケボックスに足を運んだのは、誘ってくれたラグビー部員に好意を寄せていたからだ。私が彼女に最初に話を聞いたのは、事件からもう半年たっていたのだが、事件について語りながら彼女は号泣し、途中で過呼吸に陥った。忌まわしい事件について涙ながらに語った彼女だったが、その男性については好きだったと明言していたのが印象的だった。
その男性に誘われて現場に行ったのだが、彼は途中で気分が悪いと言ってトイレに駆け込んで正体不明となり、入れ替わるように入ってきた他の男性らに明け方まで性行為を強要されたというのがその事件だった。
その彼女が好いていた男性は、私も会って詳しく話を聞いたが、一言で言うと好青年だった。彼は犯行時、その部屋にはおらず酔いつぶれていたためにレイプがあったことも知らなかったと主張していたのだが、一緒に逮捕されたばかりか、首謀者のように扱われていた。なぜかというと、被害女性は、自分をレイプすることはあらかじめ計画されており。実はその男性も知っていたのではのではないかという疑いを抱いていたからだ。
そして事件から12年を経て、PTSDを克服するために彼女が考えたこととは、その男性に直接会って、事件についてどう考えているのか確かめたいというのだった。
その相談を受けた時に、どう考えても彼女がそんなことをできる状態でないことを理解した私は、その男性にも面識があるし、とりあえず私が手紙を書いてみようと提案したのだった。私が恐れたのは、もし本当に彼女が男性を問いただし、実は男性もレイプのことを知っていたのだということになった場合、彼女が取返しのつかないダメージを受けるだろうということだった。
精神的に追い詰められ、入退院を繰り返していた彼女が、トラウマのもととなった12年前の事件に立ち向かおうとしたのはよいことだったが、もしかして結果が悪い方に出る恐れもあった。彼女から相談を受けて私なりに悩んだのだが、結局、私はその男性に、手紙を書いたのだった。
ちなみにこの一連の経緯は、『創』2011年12月号と2012年1月号に一度書いているが、その女性の闘病日記も一緒に掲載した。鬼気迫る闘病記だが、彼女にも家族がいるからと掲載できなかった部分も含めると、本当に絶句するような内容だった。
一部を引用しておこう。
《●9月×日 今日は家族の誕生日。頑張って起きて最高の誕生日に!!と思っていたもののダメ…。イライラ、フラフラ、暴言、自傷(トイレにこもって壁(石)に左肘を何十回以上も打ちつける)。おもいっきり打っても痛くない。痛くないと意味がない。ヒビが入るんじゃないかって位、強打した時、痛いハズなのに何故か嬉しかった。皆に当たったバチだ。罰だ。そうしなきゃ気が済まない。
最近、元々突発性難聴になった右耳が全く聞こえなくなる時がある。耳が目をつむるように突然塞がっていく。そして、その時間も間隔も日々長くなっていく。聞こえなくなっていくのかな…。きっとストレス性だろう》
手紙を出して数日後、突然、その男性の父親から電話があった。予想通り、「今さら事件を蒸し返して何になるのか」という反発の返事だった。そして何日かして、その父親と本人からの手紙も届いた。
《あれから13年経過して、自分も、事件の事を自分も、事件の事を背負って、苦しみ、悩み、又、忘れようとして頑張ってやってきましたが、ここに来て、なんで今更というのが本心です。事件の首謀者にまつりあげられ、まったく身に覚えがない事まで言われ苦悩したが、彼女を呼んだ事の事実は消しようもない、その責任は充分感じていますし、自分は男だからどんな事でも耐えて生きて行くつもりです。》
申し出に対しては拒否の回答だったが、そんなふうに丁寧な手紙をくれたこと自体、彼なりのせいいっぱいの誠意の表明のように思えた。そして、父親が電話で語った言葉が胸に残った。「息子も十字架を背負って生きているのだ。そっとしておいてもらえないか」
加害者とされた側も十字架を背負って生きている。
それは今回の高畑裕太さんも同じだろう。これからどう生きていくにもその十字架はのしかかってくるに違いない。
当事者たちのそういう領域に踏み込んでいくのが報道だ。報じること自体は大切なことだが、そういう領域に踏み込んでいくという自覚は必要だろう。だから報道する内容が事実かどうか、報道する側は絶えず自己検証しないといけない。弁護士のコメントの中で事実でないと指摘された事柄は、この間の報道の根幹に関わることだけに、まずは謙虚に受け止めるべきではないのか。センセーショナルな報道の中で、報道する側の自覚が欠如しているのではないかと思うことが、残念ながらしばしばあることも事実だ。
追伸 ここに書いた集団レイプ事件と秋田の畠山事件をベースに書かれたのが、吉田修一さんの小説『さよなら渓谷』だ。2013年に映画化されたのを見て、原作も読んだ。集団レイプの加害者と被害者の複雑な関係を描いたもので、もちろんフィクションなのだが、作家の想像力がもたらしたリアリティに驚いた。



