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時間の経過がもたらしたホロコーストの重層的なとらえ方――ドイツ映画を手掛かりに - 齊藤公輔

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はじめに

戦後70年という時間のなかで、様々なことが検証・検討されてきた。特にドイツはユダヤ人絶滅作戦を指示したヒトラーを生んだ国であるだけに、戦後は常にナチスの罪が問題になった。反省と贖罪が日常生活のあらゆるところに根づいていたために、ドイツでは「過去」というと自動的に第二次世界大戦を意味することになってしまうほどであった。

一方で、70年という「時間」の検証はどうであったか。ナチスの罪に向き合い続けた70年という時間は、「過去」に何かをもたらしたのだろうか。もしくは、「我々」に何かをもたらしたのだろうか。この種の検証はこれから始まるであろう。明らかなことは、ナチスやホロコーストを直接体験した世代が不在となる時代が到来しているということである。

イェーナ大学歴史学教授であるノルベルト・フライはすでに2005年の時点で、次の一言をもって戦後70年のすべてを予言している。

「『私は覚えている』と言える人はほぼ誰もいなくなった、ということが真実である。私たちの大多数にとってヒトラーの時代は体験した過去ではなく、歴史である。History, not memory.」(Frei, Norbert: 1945 und Wir. München: C. H. Beck, 2005, pp.7)

本稿は、戦後ドイツにおける「過去」について時間の流れに焦点を当てるものである。特に、時間の経過とともに何が変わったのかについて記憶の視点から論を進める。

現代ドイツのヒトラー

映画『帰ってきたヒトラー』(原題:Er ist wieder da!)が日本でも公開され、衝撃的な内容が話題を呼んでいる。ヒトラーが現代ドイツに蘇り、巧みな話術が受けて一躍スターダムにのし上がるというコメディである。同名の小説を映画化したものであるが、小説も映画もドイツのみならず世界中で話題になっている。

ヒトラー役を演じたオリヴァー・マスッチ氏はインタビューの中で「10年前ならこんな撮影は成り立たなかっただろう。」(注1)と述べているが、実は10年前にユダヤ人映画監督の手によってヒトラーのコメディ映画が撮影されている。2007年公開の『わが教え子、ヒトラー』(原題Mein Fuhrer – Die wirklich wahrste Wahrheit über Adolf Hitler)がそれである。

(注1)藤えりか:「優等生」のもう一つの顔~『帰ってきたヒトラー』、Cinemania Report(http://globe.asahi.com/cinema/2016061500002.html)2016年9月8日アクセス

エンディングには「ヒトラーを知っているか?」という質問に対し、一般人と思しき様々な世代の人が「姪とできていた」「ヤク中だった」などと答えるシーンが挿入されている。特徴的なのは、こうしたふざけた回答の中で、高齢の婦人が「私たちドイツ人は皆、彼のことを良く知っているわ!」と嫌悪感をむき出しに答えていることであろう。N・フライの言説を思い起こしてみると、現代ドイツにおいて彼女と同じ世代の人は確かに少なくなっているに違いない。

すると自ずと次のことが疑問に思われるだろう。すなわち現代のドイツ人は、ヒトラーを笑いの種にしたり人気者と見なしたりするようなナチス観しか持ち合わせていないのだろうか。ヒトラーに嫌悪感を抱くドイツの良心の呵責は失われ、過去に対して盲目になってしまったのだろうか。

ドイツ人描写の変化

ここでさらに年月を遡り、2000年代と1980年代のメディア作品に焦点を当ててみたい。2000年公開のテレビドキュメンタリー『ホロコースト』(Holokaust)と、1985年公開の映画『ショアー』(Shoah)である。

いずれもホロコーストを生き延びたユダヤ人やホロコーストに関わったドイツ人たちによる証言によって構成された作品であり、強制収容所で行われた大量虐殺の実情を伝える資料として非常に貴重なものである。西暦2000年は戦後55年に、1985年は戦後40年にあたり、いずれもホロコースト体験者や目撃者がまだ多く存命であったことは間違いない。

しかしこの時からすでに、両者におけるホロコーストの「語り」に差異があることが観察される。特にホロコーストの加害者であるドイツ人と被害者であるユダヤ人の描かれ方が、この2つのメディア作品では決定的に異なっている。以下ではまずドイツ人描写について概観する。

『ショアー』ではドイツ人をわずかでも肯定的に評価する証言は皆無である。例としてジャーナリストおよび作家であるベルリン生まれのユダヤ人インゲ・ドイチュクローン(Inge Deutschkron)の証言を取り上げる。彼女は第二次世界大戦当時ベルリンに潜伏することでホロコーストを生き延びた過去をもっている。

I・ドイチュクローンは『ショアー』の中で、戦後に「ホロコーストを知らなかった」と弁解しはじめたドイツ人を厳しく批判するとともに、潜伏時代を振り返り「すっかり孤独になった」「人間らしい温かみが、身の回りから、消え去りました」と潜伏期間中を独りで乗り切った印象を与える証言をしている。

一方『ホロコースト』の中で彼女は、1942年末にユダヤ人がガスで殺されているという”うわさ”話があったことのみを証言している。ここに、『ショアー』と『ホロコースト』のあいだにある証言の隔たりを読み取ることができる。この両者におけるドイツ人描写の隔たりは、先述した『ホロコースト』のI・ドイチュクローンの証言に続く次の文章によって決定的となる。

「およそ六〇〇〇人のユダヤ人が「Uボート」と呼ばれながら、非合法にベルリンの地下に潜伏して生き延びた。少なくとも同数の「アーリア人」協力者が食糧を運び、隠れ家を提供し、密告者から守ってくれたからだ」。(グイド・クノップ著、高木玲/藤島淳一訳:『ホロコースト全証言』、原書房、2004年、358ページ)

『ホロコースト』では、当時ベルリンに潜伏していたユダヤ人たちに対してドイツ人が助けの手を差し延べていたことを明らかにしている。このほかにも『ホロコースト』には、ヘルマン・ゲーリング元帥の実弟アルベルト・ゲーリング(Albert Göring)がユダヤ人を救済していた事実や、SS伍長がユダヤ人輸送の際に命の危険を顧みず数人ずつ逃がしていた話、国防軍少尉が処刑現場に偶然出くわし、中止させた上で実行者を逮捕させたことなどが証言されている。

もちろん、同作品は手放しにドイツ人のユダヤ人救済を賞賛しているわけではない。しかし当時のドイツ人がホロコーストを前にどのような反応を見せたかについては、次のような描写があった。

「嫌悪感をあらわにした」「抗議した者はごくまれだった」「犯罪についてまったく知らず、前線で自分が生き延びることだけに忙しかった者も少なくなかった」「虐殺に喝采を送り、実行者をたきつけ、死を目前にした犠牲者をなおも愚弄する」――このように、非常に多面的に描き出していることは注目に値する。このドイツ人描写の多様性こそ、『ホロコースト』における『ショアー』との大きな差異のひとつといえる。

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