- 2016年09月14日 17:23
アップルへの巨額の追徴課税、EU当局は何を問題にしているのか? - 加藤一真
欧州委員会の決定
去る8月30日、EU(欧州連合)の機関である欧州委員会は、EU加盟国であるアイルランドがアップルに対して違法な税務上の優遇措置を行ったとして、アイルランドに対して優遇措置により与えた利益の回収を求める決定を行った。アップルが優遇措置の結果得た利益は130億ユーロ(約1兆4800億円)に上るとされている。
欧州委員会は、今回の決定に向けた正式な調査手続を2014年6月11日に開始したが、2013年6月の時点でアイルランドに対して最初の情報提供の要請を行っている。欧州委員会内部では、さらにそれ以前から検討が行われていたことになる。今回の決定は、3年以上の調査期間を経て出されたものである。
ヨーロッパにおけるアップルの税務構造
欧州委員会のプレスリリースによれば、今回問題とされた優遇措置は、アイルランドの税務当局による2つの裁定(rulings)である。これらの裁定により、アップルは1991年以降、アイルランドでの納税額を大幅に圧縮することが可能となった。
本件の税務面に関する議論の詳細に立ち入ることは本稿の目的ではないが、簡単に見てみると、今回の決定で問題となった裁定は、アイルランドで設立されたアップルの子会社であるApple Sales International(アップルSI)及びApple Operations Europe(アップルOE)に関するものである。アップルSIは、ヨーロッパのほか中東、アフリカ及びインドにおけるアップル製品の販売を担当していた。アップルOEは、マック(アップル製のパソコン)の一部をグループ内向けに製造・供給していた。
ところが、これら2社の得た利益のほとんどは、アイルランド国外に設置されたそれぞれの「本店」に計上され、アイルランドでの納税対象から外されていた。しかも、アップルSI及びアップルOEそれぞれの「本店」は書類上記載があるだけで、従業員や事務所を持たず、特定の国に存在するものとされていなかったため、「本店」の利益についてはどのEU加盟国でも課税されないという状態であった。アイルランド税務当局による前述の2つの裁定は、このような利益計上の方法を認めるものであった。
結果的に、アップルSIの利益全体を基準とすると、アップルSIに対して課税されたアイルランドの法人税の実効税率は、2003年に1%であったものが、2014年には0.005%にまで低下していた。今回の決定で回収が求められているのは、2003年から2014年までの間にアップルがアイルランドで納税すべきであった最大130億ユーロ及びその利息である。
EU競争法の違反
ところで、今回のアップルの件については、欧州委員会で競争分野を担当するベステアー委員から発表がなされている。つまり、本件は欧州委員会の競争総局(日本の公正取引委員会に相当)が調査を行ってきている。なぜ税務の問題を競争総局が扱っているのだろうか。さらにいえば、そもそもEUには域内の課税権限が与えられておらず、課税については各加盟国の主権に委ねられている。なぜEUが課税に関して決定を行うことができるのだろうか。
EUは、統一市場(域内市場)の形成を最大の目的の1つとしている。分かりやすくいえば、経済活動に関わる加盟国間の国境を取り払うことである。そのため、EUでは競争法(日本の独占禁止法に相当)が最重要視されている。カルテルなど国境を越えた競争を制限する行為は、統一市場の形成の妨げになるからである。
統一市場の形成を妨げるのは、企業間の違法行為にとどまらない。EUの加盟国が特定の企業を優遇し、他の企業を差別的に取り扱った場合も、国境を越えた競争を制限することにつながり、統一市場の形成を害する。そのため、加盟国による国家補助の規制も、EU競争法の重要な柱の1つとなっている。
つまり、今回のアップルの件は、アイルランドによる違法な国家補助に該当するのではないかという点で、EU競争法の問題として扱われているのである。
国家補助の規制
EUにおいて国家補助、すなわち加盟国が特定の者に与える優遇措置は、一定の例外に当たる場合を除いて禁止される。一定の例外とは、例えば自然災害による被害の救済などである。今回の欧州委員会の決定は、アイルランド当局の2つの裁定について、アップルに他社よりも有利な税務上の地位を与えたとして、国家補助規制に違反するとしたものである。
欧州委員会によれば、同一グループ内や同一社内での利益の計上は、経済的実体を反映したものでなければならず、独立した企業間におけるのと同様になされなければならない。これに対し、アップルSIやアップルOEが経済的実体のない「本店」に利益のほとんどを計上していたのは、不自然であり何ら正当化できるものではない。両社の利益は、本来その全額がアイルランドで課税されるべきであった。このような計上方法を認めたアイルランド当局の裁定は、アップルに他社よりも大幅に少ない額の納税を可能としたものであり、EUの国家補助規制に違反するとされたのである。なお、アイルランドの一般的な税制(12.5%の法人税率など)は問題とされていない。
加盟国が違法な国家補助を行った場合、支出された補助金等は当該加盟国によって取り戻されなければならない。アイルランドには、欧州委員会の決定に基づき、優遇措置による利益をアップルから回収する義務が生じる。他方で、違法な国家補助の対象となった企業に対しては、補助金等が回収されるほかは、罰金などの制裁は行われない。つまり、本件で命じられた130億ユーロの回収は、アップルがアイルランド当局の裁定により受けた経済的恩恵を吐き出させるものであって、アップルに対して制裁を加える趣旨ではない。今回の決定は、少なくとも法形式上は、あくまでもアイルランドに向けられたものであり、アップルに向けられたものではない点に注意を要する。
違法な国家補助の回収の対象期間は、欧州委員会による最初の情報提供の要請がなされた時から10年までさかのぼることができる。本件では、アイルランドに対する最初の情報提供の要請が2013年に行われたため、回収の対象期間は2003年からとなっている。なお、対象期間が2014年までとされているのは、2015年にアップルがアイルランドにおけるグループ構成を変更したことから、問題となったアイルランド当局の裁定が失効したためである。
今後の展望
欧州委員会の決定に対しては、EU司法裁判所においてその取り消しを求める訴えを提起することが可能である。決定の名宛人であるアイルランドはもちろん、決定につき直接かつ独自の利害を有するアップルにも訴えを提起する権利(原告適格)が認められる可能性が高い。今回の決定について、アイルランド政府及びアップルはいずれも強く反発しており、両者とも訴訟を提起する意思を表明している。ただし、アイルランドに関しては、自国の税制の正当性を主張する一方で、なぜ一企業のために巨額の税収を放棄するのかという声も出ている。
アイルランドが今回の決定について取り消しを求める訴えを提起したとしても、アイルランド当局のアップルからの回収義務はその効力が一時的に停止されるわけではない。したがって、今回の決定が出された以上、アイルランド当局はアップルからの回収を実行しなければならない。ただし、回収された金額は、EU司法裁判所による判決が確定するまでの間、第三者預託口座(エスクロー・アカウント)に置いておくことができる。
欧州委員会は、アイルランド以外の国(EU加盟国に限られない)がアップルSIやアップルOEの利益の一部に対する課税権を主張した場合、アイルランド当局が回収すべき国家補助はその分減少するとしている。したがって、欧州委員会からどの程度の情報が開示されていくかにもよるが、アイルランドに回収が命じられた130億ユーロを巡って、今後ヨーロッパ、中東、アフリカ及びインドの各国による争奪戦が展開されるかもしれない。(アイルランドよりも法人税率の高い国が多いため、結果的に課税総額がさらに膨らむ可能性もある。)
また、アップルSI及びアップルOEは、アップルの他のグループ会社とともに、米国のアップル本体(Apple Inc.)による研究開発の費用を分担している。かかる費用の分担額が本来よりも少なく抑えられていると米国の税務当局が主張した場合、130億ユーロの一部が米国当局に支払われることになる可能性もある。
今回の決定は、EUにおいて事業を行う会社にとって、自社の所在する加盟国の税務当局に従うだけでは回避できないリスクが存在することを明らかにした。本件の最終的な決着は、(訴訟が提起されたとして)数年後になると予想されるEU司法裁判所での判決確定を待たなければならないが、EUと加盟国との関係には十分に配慮してビジネスを展開していく必要がある。
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