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タカ派とハト派のトランプ 現地レポート(5) - 海野素央

現地リポートの5回目は、「タカ派とハト派のトランプ」です。共和党の不動産王ドナルド・トランプ候補は、突然、メキシコを訪問し、ぺニャニエト大統領と会談をしました。同候補は同大統領を友人と呼び、メキシコ国民に敬意を払い、移民政策に対して軟化した態度を見せたのです。ところが同候補は帰国すると、西部アリゾナ州フェニックスにおける集会で不法移民の強制送還を実行する特別チームの設置など具体的な計画を述べ、一転して強硬な立場をとったのです。

本稿では、まず移民政策でタカ派とハト派の双方の立場をとるトランプ候補の選挙戦略の背景に迫ります。次に、同候補のヒスパニック系及びアフリカ系有権者に対する急接近の効果を、戸別訪問で得た有権者の声を紹介しながら分析します。そのうえで、タカ派とハト派の使い分けの戦略が有効か否かを検討してみます。

硬と軟の使い分け

 トランプ候補は、硬と軟を使い分けた選挙運動を展開しています。たとえば、演説の途中で不法移民によって息子や娘を殺害された母親たちを舞台に登壇させ、彼女たちに一言述べさせるのです。その後、一人ひとりと抱擁したうえで、「ヒラリーは不法移民の家族が強制送還によってバラバラになってしまうことを懸念しているが、犠牲者の家族については語らない」と痛烈に批判するのです。しかも、クリントン候補がメール問題で不法移民のように法を犯したと犯罪者扱いするのです。

 戸別訪問を行うと、「ヒラリーは犯罪者だ! おまえは犯罪者の支持をするのか!」と怒鳴った白人男性の有権者がいました。「ヒラリーは刑務所に入るべきです」と厳しい口調で語る白人女性のトランプ支持者にも遭遇しました。
トランプ候補が、犠牲者の親族を登壇させる意図は複数あります。

 第1に、自身の移民政策の正当化です。第2に、白人女性の票の獲得です。第3に、恐怖心を利用した支持獲得です。第4に、共和党全国党大会で発信した「法を守り秩序を回復する候補」というメッセージの強化です。トランプ支持者の中には、米国とメキシコの国境に建設する壁に関して非現実的であると述べながらも、不法移民に対して法を施行し秩序を回復することは極めて重要であると主張する支持者がいるからです。トランプ候補は「米国民を不法移民から守る」という強いメッセージを発信し、強硬な態度をとっているのです。

 その一方で、トランプ候補は柔軟な態度も見せています。ぺニャニエト大統領との共同記者会見において、自分をコントロールしながら米国とメキシコの共通の国益に訴え、大統領としての適性があるという演出に成功したのです。

 トランプ候補が硬と軟とを織り交ぜたメッセージを発信している背景には、早くも刷新した陣営の中で選挙戦略に対する相違があるという見方が出ています。極右で強硬な立場を主張するスティーブン・バノン選対本部長最高責任者と、穏健な立場をとるケリアン・コンウェイ選対本部長との間の温度差が同候補に一貫性のない態度をとらせているのではないかと指摘されているのです。トランプ選対内の事情がどうであろうとも、硬と軟の使い分けは、一部のトランプ支持者に混乱を招く可能性があり、功を奏するかは不透明な状況です。

対立の構図の変化

 USAトゥデイとサフォーク大学(マサチューセッツ州)の共同世論調査(2016年8月24-29日実施)によれば、アフリカ系の8割強並びにヒスパニック系の6割強の有権者がトランプ候補を人種差別者として捉えています。同候補は、米国史上初のアフリカ系大統領になったオバマ氏に対して米国で出生していないので大統領の資格がないと主張し、出生証明書を要求してきました。結局、オバマ大統領は証明書を提出し、ハワイ出身であることを証明したのですが、この件で同大統領にアイデンティティを持っているアフリカ系有権者は同候補に侮辱されたという強い思いを抱いたのです。

 そこでアフリカ系の支持率向上を狙ったトランプ候補は、演説の中で自分はリンカーン大統領と同じ共和党の候補者であると主張しています。周知の通り、リンカーン大統領は奴隷解放宣言を行いました。

 さらに、トランプ候補は中西部ミシガン州デトロイトにあるアフリカ系が集う教会を訪問し、「米国は1つの国家です。誰かが傷つけば、すべての人が一緒に傷つくのです」と語り、同系が経験している人種差別に理解を示したのです。

 共和党候補指名争いで、トランプ候補は「白人労働者VS.不法移民」という対立の構図を作り、票を獲得してきました。本選に入ると、「ヒスパニック系VS.不法移民」及び「アフリカ系VS.不法移民」という構図に変えました。不法移民が合法のヒスパニック系やアフリカ系の職を奪っているという議論を始めたのです。ただ、対立の構図を変えても、変化しない部分があります。簡潔に言ってしまえば、相変わらず分断による選挙戦略を展開している点です。

アフリカ系とヒスパニック系有権者の声

 トランプ候補は、メキシコ訪問に続きデトロイトでも人種問題に対しハト派のイメージを演出しました。クリントン陣営の標的となっている有権者は、同候補の変化をどのようにみているのでしょうか。以下で、戸別訪問を通じて得た彼らの一部の声を紹介しましょう。

 クラウディア・カメロン(44)アフリカ系女性

 「私は海軍を退役しました。トランプは非常に悲観的です。アフリカ系は楽観的です。トランプは退役軍人について語りますが、私は彼を信頼していません。口先だけです。デトロイトのアフリカ系が集う教会を訪問しても、アフリカ系は彼を支持しないでしょう」

 アベル・レボロ(66)ボリビア系

 「トランプは反ヒスパニック系です。米国はすべての人種や民族のための国です」

 アナ・アヤラ(28)エルサルバドル系

 「トランプはヒスパニック系の敵です。彼は人種差別者です」

 標的となっている有権者の家を訪問すると不在でしたが、ベネズエラ系の母親が対応してくれました。この母親はトランプ候補のメキシコ訪問について次のように語っていました。

 「トランプがメキシコの大統領と会談をしたのには動揺しました」

 筆者が「トランプ候補は100%人種差別者ですか」と質問をすると、彼女はこう答えたのです。

 「トランプは100%ではなく、1000%人種差別者です」

 トランプ候補ほどの人種差別者はいないという自信に満ちた回答をすると、もうこれ以上同候補についてコメントをしたくないという態度を見せてドアを閉めたのです。

 もう一つ例を挙げてみましょう。標的となっていた有権者が転居していましたが、その日に入居したばかりのニカラグア系のカルロス・ガルシアさんがトランプ候補に関して、こう述べたのです。

 「トランプは人種差別者です。メキシコ訪問が効果を挙げないことを祈っています」

 ヒスパニック系及びアフリカ系有権者は、トランプ候補が軟化した態度をとっても、「偽善者です」「ペテン師です」「本物ではありません」と言うのです。

 戸別訪問で遭遇したトランプ支持者の声も紹介しましょう。クリントン陣営の標的となっている有権者の家を訪問すると転居しており、中高年の白人女性が入居していたのです。彼女はトランプ支持者でした。

 「トランプがメキシコを訪問して大統領と会談したのは、とてもいいアイデアです。両国(米国とメキシコ)は麻薬問題を抱えていますから。トランプはデトロイトのアフリカ系が集まる教会で拍手喝采を浴びました。彼は一生懸命選挙活動を行っています。それに対して、ヒラリーは隠れています」

 ヒスパニック系やアフリカ系とは対照的に、トランプ候補の行動を高く評価していました。

戻らない振り子

 2012年共和党候補指名争いで、ミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事は、不法移民対策として「自主退去」を提案しました。不法移民に対し州の移民法を厳しくすれば、彼らは自主的に国外退去をするというのです。指名争いを勝ち抜くためにとったこの強硬策が影響し、結局、ロムニー知事は出口調査でヒスパニック系の27%しか獲得できませんでした。指名争いで一度右に振れた振り子は、本選で中道に戻ることができなかったのです。

 翻ってトランプ候補を考えてみましょう。移民政策はトランプ候補の政策の柱になっています。特に、例の「国境の壁」はトランプ候補の象徴になっています。同候補は、ロムニー候補よりも移民問題でさらに強硬な姿勢を見せており、ヒスパニック系から人種差別者と認識されています。同候補が、移民政策でタカ派とハト派の使い分けを続けても、極端に右に振れた振り子は中道に戻れないでしょう。

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