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- 2016年09月13日 11:58
未決拘禁日数の本刑算入について:「一部算入説」批判
6/7無罪推定の権利、適法手続の保証
わが国の憲法31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定し、適法手続の保障を明言している。この規定によって罪刑法定主義――国会が制定した明文の法律によって宣言された犯罪とそれに対応する刑罰によるのでなければいかなる刑罰をも科せられない――が保障されることは明らかである。さらに、憲法34条が正当な理由のない身体拘束を受けない権利を保障しており、わが国においても、比例原則や身体不拘束原則が保障されていることも明らかであろう。日本国憲法には無罪推定原則を定めた明文規定はない。しかし、国連が採択した世界人権宣言11条1項は「犯罪の訴追を受けた者は、すべて、自己の弁護に必要なすべての保障を与えられた公開の裁判において法律にしたがって有罪の立証があるまでは、無罪と推定される権利を有する」と定めている。そして、わが国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」と定めている。この国際人権法上の無罪推定の権利は、単なる証拠法上のルールではなく、有罪の裁判が確定する前に官憲が個人を犯罪者として扱うことを禁止しようとする規定である(37) 。過剰な未決拘禁が人権規約14条2項に違反するとされた例もある(38) 。条約と確立した国際法規の誠実順守を宣言する日本国憲法(98条2項)の下において、これらの権利は憲法と同等の法的拘束力をもつというべきであり、これに違反する法律や官憲の処分は無効とされなければならない。
日本国憲法40条は、裁判の結果無罪とされた者に対してその受けた未決拘禁に対する補償を受ける権利を規定している。これは無罪の場合は刑期に算入する仕方で未決拘禁に対する補償をすることができないので、別途金銭による補償が必要であることを憲法上の補償として明記したものである。韓国憲法裁判所が指摘するように、無罪推定原則と法定手続の保障の趣旨からすれば、無罪の者に対して刑事補償をするのと同じように有罪の者に対しても未決拘禁に対する補償をしなければならないのである。
結論
日本国憲法の施行から70年が経ち、日本が国連に加盟して60年が経ち、人権規約を批准して40年が経った。現代においてこの国の圧倒的多数の裁判官は、「被告人が犯罪を犯し、このような事態を招いた以上、当該事件の捜査・審理に通常必要な身柄拘束は甘受すべきである」 (39)などという単純素朴な感情論にしたがって、未決拘禁期間の全部算入を拒み続けている。そして、法令上の根拠がまるでないにもかかわらず、算入の計算式を勝手に作り、それを、刑事裁判における対等の判断者であるはずの裁判員に一方的に押し付けようとしている。未決拘禁は被疑者被告人が招いたものでもなく、罪を犯した結果とも言えないことは、先に引用したとおり、中島卓児裁判官が60年前に指摘したとおりである。彼の言葉をもう一度引用しよう。
犯罪の法律的結果は刑罰である。そして未決勾留は、断じて刑罰ではない。従って有罪と認定された者に対しては刑罰を科すれば足りる。かような者に加えられた未決勾留は過剰な害悪といわなければならない。国家はかような害悪に対し補償をなすべきである 。(40)現代の裁判官の単純素朴な感情論の起源は何か。それも既に論じた。横川敏雄裁判官の戦前の論稿が雄弁に語っているもの、それこそが起源である。
***不幸犯罪の嫌疑に問はれたるものも、自ら国家の要員たる光栄と義務に徹し、夢寝にも、国家の要請、司法の使命が奈辺に存するかを忘るゝことなく、被疑者又は被告人として、なし得る限度に於て、すゝんでその行動に協力し、以て、共々「正しき刑罰権」の実現を期するべきである 。(41)刑事被告人として国家から訴追されている個人に対して、訴訟当事者として防御の権利を付与するのではなく、崇高な国家目的に進んで協力し犠牲となることを求める、そうした国家観が、現代のわが国の裁判実務を支える「公平の理念」の正体なのである。



