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未決拘禁日数の本刑算入について:「一部算入説」批判

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昭和20年代の最高裁判例

最高裁判所は、日本国憲法が施行されて数年の間に一連の判決を通じて、刑法21条は未決拘禁期間を刑期に算入するかどうか、算入するとして何日算入するかを裁判官の裁量に委ねているのであり、そのことは新憲法下においても変わらないと宣言した。曰く、「原則として未決勾留日数の全部を本刑に通算するのが憲法の精神であるということは、憲法の何れの条規からも推論し得ない」(最大判昭23・4・7刑集2-4-298、302頁);「刑法21条は、未決勾留日数の全部又は一部を本刑に算入することは、裁判所の任意であることを規定している。

***新憲法下においても、右刑法規定を所論のように必ず算入することを要するものと解すべき理由はない」(最1小判昭24・2・17集刑7-419、420頁);「刑法21条は、裁判所に対し諸般の事情を参酌してその勾留日数の全部又は一部を本刑に算入することを許容するに過ぎない。そして、その法理は新憲法下においても毫も変更を認めることはできない」(最1小判昭24・10・13集刑14-187);「憲法36条にいわゆる残虐な刑罰とは不必要な精神的肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰を指称すること当裁判所の判例とするところであって原判決が未決勾留日数を本刑に通算しないことが右にいわゆる残虐な刑罰に当たらないこと亦明らかである」(最3小判昭26・2・27刑集5-4-475、476頁)。

しかし、これらの判例は単に結論を述べているだけであり、理由と呼べるようなものをほとんど述べていない。憲法のテキストとその背後にある歴史や政策についての洞察を展開した判例は存在しない。これは上告趣意があまりにも簡潔であるために (32)、最高裁もそれに対して短く応答せざるをえなかったのかもしれない。

いずれにしても、憲法施行から70年が経過し、その間に、世界人権宣言を採択した国連に加盟し、国際人権規約を批准し、主要先進国(G8)の一員として国際社会において責任ある地位にある現在のわが国の憲法判例としてふさわしいとはとうてい思えない。少なくとも、現代の人権論とりわけ国際人権法の観点からこれらの先例には見直しが必要である。これらの先例は、われわれ21世紀の日本の法律家が「これがわが国の憲法判例だ」と国際社会に胸を張って語れるような内実を備えているとはとうてい思えない。単なる惰性で「一部算入説」に寄り添い続けるのは、法曹としての堕落以外の何ものでもない。

韓国憲法裁判所の判決

韓国刑法57条1項は「判決宣告前の拘禁日数はその全部または一部を有期懲役、有期禁固、罰金もしくは科料に関する留置または拘留に算入する」と定めている。日本刑法21条と異なり、「拘禁日数」を算入する点及び必ず算入しなければならないとする点で違いがあるとはいえ、条文上一部算入を肯定している点は同じである。韓国憲法裁判所は、2009年6月25日、未決拘禁の日数は憲法上全部算入しなければならないのであり、刑法57条1項の「または一部」という部分は違憲無効であると判示した(33) 。この違憲判決によって、韓国では未決拘禁期間は全部刑期に算入されることになった。この判例はわが国の未決算入制度と憲法・国際人権法との関係を考えるうえで、極めて示唆に富むものである。

韓国憲法裁判所は、同国憲法が規定する適法手続条項(34) と立法限界条項(35) から、「法律による刑罰権の行使であるといっても、身体の自由の本質的な内容を侵害し得ないだけでなく、比例の原則過剰立法禁止の原則に反しない限度内においてのみその適正性と合憲性が認められる」とした。そして、同裁判所は、同国憲法27条4項が規定する無罪推定原則(36) は、単なる証拠法上の規定ではなく、「捜査手続から公判手続に至るまで刑事手続の全過程を支配する指導原理として、人身の拘束自体を制限する原理として作用する」という。

有罪の確定判決があるまで、国家の捜査権はもちろん、公訴権、裁判権、行刑権等の行使において被疑者または被告人は無罪と推定され、その身体の自由を保障しなければならないという無罪推定の原則は、人間の尊厳性を基本権秩序の中心として保障している憲法秩序内において刑罰作用の必然的な羈束原理になるばかりでなく、このような原則が制度的に表現されたものとしては、公判手続の立証段階において挙証責任を検事に負担させる制度、保釈および拘束適否審等の人身拘束の制限のための制度、そして被疑者および被告人に対する不当な待遇の禁止等がある。

そうして、この適法手続条項(比例の原則と過剰立法禁止)と無罪推定原則(有罪確定前の身柄拘束の制限)から、未決拘禁の通算が憲法上の要請として求められるのである。

捜査の必要上または裁判手続の進行上不可避に被告人を拘禁するとしても、このような未決拘禁は無罪推定の原則にもかかわらず身体の自由という重要な基本権を制限するものであるから、先に見たように適法手続の原則により身体の自由の本質的な内容を侵害し得ないだけでなく、過剰禁止原則に反しない正当な限度内に制限すべきである。

さらに被疑者や被告人が上のような国家の刑事訴訟的必要によって適法に拘禁されたとしても、未決拘禁は被疑者または被告人の身体の自由を剥奪している点で実質的に自由刑の執行と類似するので、無罪推定の原則によりその拘禁期間に対する正当な評価と補償がなされなければならない。すなわち、拘禁された被告人が無罪判決を受ける場合、刑事補償法等によって未決拘禁日数による金銭的補償を受けることができ、有罪判決を受ける場合には未決拘禁日数を本刑に通算することになる。

濫訴や訴訟遅延行為を予防するために被告人の責に帰すべき事由によって裁判が遅延した場合には未決算入をしないことができるという主張に対して、法廷意見は次のように反論している。

刑事訴訟手続上の事由によって左右される拘禁期間の長短を被告人の帰責事由に正確に対応させることも容易ではないばかりか、たとえ拘束被告人が故意に裁判を遅延させたり不当な訴訟行為をしたとしても、これを理由に未決拘禁期間のうちの一部を刑期に算入しないのは処罰されない訴訟上の態度に対して刑罰的要素を導入して制裁を科するものであって、適法手続の原則および無罪推定の原則に反するというべきである。
***
被告人の上訴権は憲法第27条の裁判請求権に含まれる被告人の正当な権利として憲法第37条第2項の比例の原則によってのみこれを制限し得るところ、刑法第57条第1項部分が上訴提起後の未決拘禁日数の一部が法院の裁量で算入されないようにして被告人の上訴意思を萎縮させることをもって濫上訴を防止しようとするのは、立法目的達成のための適切な手段であるということはできない。
すなわち、刑事裁判において人身が拘束され、検事に比べて不利な状態にある被告人としては、裁判手続で自分に有利な弁論や証拠申請をしようとしても、上の刑法第57条第1項部分のせいで正当な証拠申請を諦めることもありうる。***原審判決に不服がある拘束被告人が、上訴審で未決拘禁日数のうち一部のみが算入され、事実上拘禁期間が延長される不利益を被らないために上訴を躊躇することにもなり得る。これは結局、濫上訴を防止するという名目で、むしろ拘束被告人の裁判請求権や上訴権の適正な行使を阻害することになるのである。
***拘束の目的は刑事訴訟手続の実効性、すなわち適正な事実調査および訴訟手続での出席確保と判決後の刑罰の執行を担保しようとすることにあり、このような目的以外の他の目的を追求することは許されない。それゆえ被疑者や被告人が拘束された状態を利用して訴訟の遅延や濫上訴の防止という司法運営上の目的を達成しようとするのは拘束制度の本来の目的に符合しないというべきである。

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