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未決拘禁日数の本刑算入について:「一部算入説」批判

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“被告人の責に帰すべき事由により延長した勾留期間は算入しない”という考え

わが国においては、一部算入説だけではなく、「全部算入説」と呼ばれる論者も、被告人自身の責に帰すべき事由で勾留期間が伸びた場合はこれを算入しないと言っている(23) 。これに対して一部算入説に立つ谷口正孝判事がこう批判していた。
然し、この場合であっても、これを除外する論理上の必然性はないとしなければならない。被疑者、被告人に対し、犯罪に対する法律効果としての刑罰を超過する害悪を加うべき合理性がないことは、この場合であっても、同様であるからである。捜査、審理を遅延させたことにより生ずる勾留期間の延長は当然、被疑者、被告人において甘受すべしというのであれば、それは審理を遅延させたことに対する制裁を法によらずして科するにひとしい 。(24)
韓国憲法裁判所は、まさにこれと同じ考え方から、被告人の責に帰すべき事由によって増加した拘禁期間も含めて全期間を算入しないことは憲法に違反するとしたのである。
たとえ拘束被告人が故意に裁判を遅延させたり不当な訴訟行為をしたとしても、これを理由に未決拘禁期間のうちの一部を刑期に算入しないのは処罰されない訴訟上の態度に対して刑罰的要素を導入して制裁を科するものであって、適法手続の原則および無罪推定の原則に反するというべきである 。(25)

刑法21条は「全部」算入を規定している

「捜査・審理に必要な期間」がゼロということはあり得ない。そうすると、一部算入説に立つ限り未決勾留期間が全部刑期に算入されることはないことになる。刑法21条の「全部」という文言は死文と化する。これは刑法21条の明文に相反する解釈である(26) 。

谷口判事は「事後的に勾留の必要が勾留当時存在しなかったと認められる場合」とか「一部通算の結果残刑が極めて僅少であって、刑の執行の目的が無意味となるが如き場合」には全部算入されるべきだという(27) 。しかし、事後的に勾留の必要がないことが判明した場合は、勾留自体を取り消すべきであり(刑訴法87条)、未決勾留の本刑算入によって解消する問題ではない。また、勾留の必要がない場合というのは、無罪でなければ執行猶予か罰金になる可能性が高く、こうした場合にむしろ、未決通算を全くしないか、既に保釈されていて通算すべき未決勾留期間が少ないのが大半であって、これを理由に全部算入した例は皆無である(28) 。一部通算では「残刑が僅少」というのは、全部算入すればもっと残刑は僅少となるはずである。これは結局、算入の対象となる未決勾留の期間が宣告刑よりも長くなる場合に「刑に満つるまで」算入せよと言っているだけであり、むしろ「全部算入」が不可能な場合に他ならない。いずれにしても、残刑が僅少だから全部算入したという事例も皆無であり(29) 、一部算入説では刑法21条が死文化することに変わりはない。

逮捕留置期間が算入されないこと

一部算入説は起訴前の未決拘禁は無条件に「捜査に必要な期間」と考えるから、逮捕留置の期間(最大72時間=3日間)は当然に算入しない。この点は全部算入説も同じである(30) 。その理由は刑法21条が「未決勾留の日数」と言っているからであろう。しかし、逮捕と勾留で差別する理由はない。勾留という身柄拘束による害悪を最終的に被告人に負担させることが不合理であるならば、逮捕による不利益を被告人に負担させることも不合理であろう。無罪になった者に対してはその「抑留又は拘禁」すなわち逮捕留置期間を含む全未決拘禁期間に対して補償がなされる(憲法40条、刑事補償法1条)。有罪となった者に対する補償制度である未決算入において逮捕留置期間を除く理由はどこにもない。これは不合理な差別と言わなければならない。

刑法21条は「未決勾留の日数」と言っているのであるが、刑法の制定者がこの日数から逮捕留置期間を除く意思であったとは考えられないのである。そのことは、刑法制定の歴史的経緯を考えれば明らかである。刑法典が制定されたのは明治40年(1907年)である。その当時、現行刑事訴訟法(昭和23年(1948年)制定)はおろか、大正刑訴法(大正11年(1922年)制定)も存在しなかった。当時存在したのは明治23年(1890年)制定の刑事訴訟法である。この明治刑訴法には「逮捕留置」という概念が存在しなかったのである。被告人を逮捕した巡査らは「速ニ」司法警察官に被告人を引致することになっていたが(59条1項)、起訴権限のある検事に事件送致すべき期間の定めはない。検事から予審請求を受けた判事は被告人に召喚状を発して尋問するか、逃亡や罪証隠滅のおそれがあるときに勾引状を発して尋問する(69条、72条)。勾引状が執行されて引致されてきた被告人を尋問し、禁錮以上の刑にあたる罪を犯したと考える時に勾留状が発せられる(75条)。現行刑訴法の下で警察や検察の「持ち時間」と考えられているような「逮捕留置」期間に相当するような仕組みは刑法典制定当時には存在しなかったのである。

憲法と国際人権法

未決勾留日数の本刑算入を定めた刑法21条は「未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる」と言っているが、どのような方針や基準に基づいて算入するのかについて何も述べていない。『政府提案理由書』によれば、「全ク之ヲ判事ノ自由裁量ニ委スルコトトセリ」ということである(31) 。法はこれらの事項についてルールを作ることを最高裁判所や司法研修所などに委任してはいない。それは「判事ノ自由裁量」とした法の趣旨に反する。裁判員裁判においては、法の適用と量刑は裁判官と裁判員が対等の権限で評議して決めるべき事柄であるから、裁判員と裁判官の自由裁量というのが法の趣旨ということになる。最高裁や司法研修所には、算入方式を制定してこれを全国の裁判官や裁判員に適用することを求める権限などない。それは越権行為である。

刑法21条の解釈適用の指針とされるべきなのは、最高裁や司法研修所などの組織の定めた通達やルールではなく、また、大方の裁判官が依拠している「実務感覚」や「実務慣例」でもない。国民の量刑感覚などでももちろんない。現在のわが国の憲法秩序と法体系においてわれわれが依拠すべき解釈基準は、刑法より上位の法である憲法と国際人権法でなければならない。そして、刑法21条をいかに合理的に解釈してもこれら上位の法と整合しないというのであれば、刑法21条の全部または一部は無効とされなければならないのである。

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