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未決拘禁日数の本刑算入について:「一部算入説」批判

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“未決拘禁の不利益は甘受されるべきだ”という考え方

一部算入説は、適正な刑事裁判の実現のために必要があるとして未決拘禁された人々はそれによる不利益を甘受すべきであり、刑事裁判終結の際にその不利益を精算されるのは当然だとは言えない;だから、全部算入説には無理がある、という (6)。しかし、未決拘禁の要件が認められた者はそれによる不利益を甘受すべきだというのあれば、無罪となった場合に未決拘禁期間に対する補償が受けられること(憲法40条)の説明がつかないであろう。有罪の者と無罪の者との間に、未決拘禁がなされる根拠において差異があるわけではない。いずれの場合も犯罪の嫌疑があり、逃亡や罪証隠滅のおそれも認められる(と裁判官が判断した)という点も同じである。

あとで無罪になったらといって、未決拘禁の判断が間違っていたということにはならない。無罪の者が被った不利益は補償されるが、有罪の者には補償がなされず、犯罪の法的効果である刑罰に加えて未決拘禁による不利益も耐え忍ばなければならないという差別を設ける根拠はどこにもない。未決勾留を本刑に算入するという考え方を最初に示した明治34年刑法改正案30条を審議した帝国議会貴族院特別委員会(1901年)において、富井政章は、こうした規定を設けるならば「犯人ガ若シ無罪ノ宣告ヲ受ケタ場合ニハ、賠償シテヤラナケレハナラヌトイウコトニナッテ来テ、其場合ト権衡ヲ得ナイ」と言って反対した。

これに対して、政府委員石渡敏一は「公用徴収ノ如ク國ノ必要ニ応シテ取ルモノテモ、其土地相当ノ代償ヲ払フノハ素ヨリ認メテ居ルノテ、被告人ハ國ノ必要ノ為ニ未決勾留ヲサレルト云フケレトモ、出来ルナラハソレ相当ノ倍賞ヲスルカ至当テハナイカ」と言って反論した (7)。現行刑法成立(1907年)の24年後、1931年に制定された旧刑事補償法(昭和6年4月2日法律60号)によって無罪の者に対する補償制度が実現した。未決勾留日数の本刑算入という概念にも刑事補償という考えにも、公共の利益のために私権が犠牲にされた個人に対する正当な補償(日本国憲法29条3項参照)と共通する公正の理念があるのである。

未決拘禁の理由である犯罪の嫌疑――罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由――があるということは、拘禁による不利益を最終的に個人に帰属させることを正当化しない。それを認めることは「一種の嫌疑罰ないし不従順罰を容認することとなるからである」 (8)。そして、未決拘禁のもう1つの根拠である逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれも、未決拘禁の不利益を個人に負担させる理由とはならない。
事件が重罪である場合には判決の結果として重い刑罰が予想されるから、一般的には、逃亡のおそれはかなり高いと考えられるであろう。しかし事件が重罪であることから、直ちに被告人が未決勾留を甘受すべきであるという結論はでてこない。又被告人は定まった住居がないとか、独身であるとか、定職がないとか、船員のような転々する職業を持つとか、無産者であるとか等が、しばしば逃亡のおそれを理由づけるであろう。これらの事情のために、被告人が未決勾留を甘受しなければならないとすることは法の前の平等の原則に反するから、これまた、到底許されない。***罪証隠滅のおそれの判断は逃亡のおそれの判断に比べるといっそう困難である。これを直接認めるべき資料が非常に少ないことが普通であるといっても決して過言ではないであろう。罪証隠滅のおそれは、結局、被疑者、被告人の年齢、境遇、犯罪の軽重、態様、証拠関係その他諸般の事情から推認するほかない。従って、罪証隠滅のおそれ自体に被告人の責任を認めることは、逃亡のおそれの場合よりも、さらに不当であるといわなければならない 。(9)
要するに、有罪であること(罪を犯したこと)に対する制裁は刑罰に尽きるのであり、有罪者に対して刑罰を超える自由の剥奪を正当化することはできないのである。無罪の者に対して未決拘禁期間の補償を与える以上、有罪の者に対しても未決拘禁期間の補償をするのは当然である。 この論理に対して、全部算入が正しいのであれば、未決勾留期間が刑を超過する場合には超過部分を補償しなければならないが、わが実定法上そのような法規は存在しないとか、執行猶予判決(猶予が取り消されない場合)についても同様の問題が生じるという反論がなされている(10) 。しかし、これは反論になっていない。未決拘禁期間が刑期を超越する場合というのは、要するに、未決拘禁の害悪を全部補償するための通貨(原資)である刑期が足りないということである。返済資金が足りないからと言って債務の一部しか弁済しないことが正当化されるいわれはない。未決勾留期間が宣告刑を超過する場合に、算入しきれない部分を、未決算入以外の方法で補償するというのは正しい。その実現のために立法が必要であるというのなら、そうすべきである。

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