- 2016年09月12日 09:33
【読書感想】アメリカの大問題―百年に一度の転換点に立つ大国
2/2 アメリカの銃規制についても、日本人の感覚からすれば、「銃がなければ、銃による犯罪で亡くなる人は減るはずなのに」と思いますよね。
2012年には、フロリダ州で17歳の黒人の高校生が自警団としてパトロールしていたヒスパニック系の男性に射殺されました。
オバマ大統領は、この事件に関して、自らの経験を語りながら、「こうして撃たれたのは自分だったかもしれない」と国民に対して痛切な訴えを行なったのですが、それでも、銃規制への道は遠いようです。
「全米ライフル協会」というのは、西部劇の世界を引きずっているような過激で時代錯誤な圧力団体、というイメージを僕は持っているのですが、彼らの主張にも否定しきれない面はあるのだ、と著者は述べています。
2014年には、全米での銃で命を落とした人数は、交通事故の死者を上回っているにもかかわらず。
オバマ大統領は、2016年1月に銃購入者の身元調査を徹底する大統領令を発表しましたが、これもアメリカでは賛否両論なのです。
この大統領令は、これまで起こった多くの乱射事件の犠牲者の遺族をホワイトハウスに招いて行なわれた、大統領自身のスピーチにより明らかにされた。中でも20人の小学校1年生を含む26人が犠牲になった、コネチカット州のサンディフック小学校乱射事件に言及したときに、大統領が涙を流したその姿は、スピーチを聞いた人の印象に残るものであった。著者は、1966年にテキサス州オースティンのテキサス大学の時計塔に登った25歳の白人学生が、そこから眼下の通行人をライフルで狙撃して16人の死者と32人の負傷者を出した事件を紹介しています。
しかしオバマ大統領に同意するアメリカ国民は半分に過ぎない。アメリカ人の銃を持つ権利に対する支持には、我々日本人には想像できないほど根強いものがある。
テキサス州選出の共和党のゴマート下院議員は、犠牲になったサンディフック小学校の女性の校長がM4(陸軍標準装備のライフル銃)をもっていたら、彼女は素手で犯人に立ち向かわずにすんだのであり、乱射事件は防げたかもしれないと発言した。この発言は非難を浴びたが、サポートする意見もあり、賛否両論といった反応だった。
そして、銃所持の権利は否定されるべきでないと考える人の比率は、1959年から半世紀以上かけて、36%から72%へと倍増した。オバマ大統領がスピーチで言及した度重なる銃の悲劇は、結果的に人々を武装に走らせたわけである。
いまからちょうど半世紀前に起こったこの事件の際、警察の標準装備は短銃で射程距離が短かったため、役に立ちませんでした。
そんななか、多くの一般市民が自発的にライフル銃を持って時計塔に近づいて犯人を狙撃し、犯人の身動きをとれなくして、犠牲者を減らしたのです。
日本のように、相手も銃を持っていないことが当たり前の社会なら、お互いに持たないほうが安全だろう、と思うはずです。
それに対して、アメリカ人は、「いざというとき、銃を持っている相手に対して、何もできないかもしれない」と考えてしまうのでしょう。
読者の皆さんは、そこまでして家庭で銃をもっていないと心配だと感じる心理状況自体が、銃社会の病理を反映するものだと思うかもしれない。しかしそれは、日本のような平和な社会の発想である。
すでにアメリカ国内には、2億丁を超える銃が出回っている。その持ち主には、犯罪者も心に病を抱えた者もいるであろう。彼らの放つ凶弾の犠牲になるくらいなら、善良な市民の側でも、憲法で認められている正当な権利を行使して銃を携帯すべきであるとの考えがあっても、何ら不思議ではない。
それに加えて、銃規制を説く有識者の中には、ガードマンを雇って安全な所に住んでいるため、自ら銃を持つ必要がないような人たちがいる。そのような人が、自分は恵まれた境遇にいることを棚に上げて、ガードマンを雇えない人が家族を自分で銃で守ろうとする権利を奪おうとするのは許せないというロジックに、説得力を感じる人も多い
全米ライフル協会(National Rifle Association:NRA)は、このような議論を展開し、支持を広げている。オバマ大統領、ヒラリー・クリントン氏、そしてブルームバーグ前ニューヨーク市長は、恵まれたエリートだから銃規制を唱えていると批判される。こうして、銃所持の権利を主張することに、貧しい者の味方であるとのニュアンスが加わる。
銃規制と「格差問題」と結びつけて語られると、「持てる者」は、なかなか反撃しづらそうです。
そして、「恵まれたエリートだから、理想主義に酔える」という主張には、一面の真実もあるような気がします。
シェールガス時代のアメリカのエネルギー戦略と中東とのパワーバランスなども、わかりやすく紹介されていますし、アメリカからみた「アメリカの本音」がわかる新書だと思います。
日本の話があまり出てこないのも、たぶんそれが、「アメリカにとってのいまの日本に対する評価」だからなのでしょうね。



