なぜ上司が部下の家へ訪問して家事育児するのか?
前回記事(政府発「女性活躍」は、むしろしんどい現場の女性 http://president.jp/articles/-/20031)でレポートした通り、長時間労働を厭わない “体育会系”企業だったリクルートHDの傘下の企業が最近、競うように新しいワークスタイルを導入している。
例えば、グループ数社が採用している「全員リモートワーク(在宅勤務)」や、リクルートコミュニケーションズが打ち出した「男性育休義務化」。さらには、リクルートマーケティングパートナーズ(RMP)が導入した衝撃的なプログラム“育ボスブートキャンプ”(共働きで育児中の社員の家にマネジャーが平日の3日連続で訪問し、普段親がしている育児・家事を親に代わってやる)だ。
若い男女がガンガン働くリクルートはどこへ行ったのか。
なぜ今、ワークスタイル変革を進めるのか。働き方変革推進室室長・林宏昌はこう話す。
「働き方の多様性を認めることで、多様で優秀な人材が獲得できる。さらに個々人が多様な経験を得ることや、社内だけではなく外から様々な刺激を得ることができ、それが組織として新しい価値を生み出していくことにつながると思っています」
ダイバーシティというと、日本企業では主に女性にフォーカスが当たり、女性向けの意識改革研修などが中心となってきた。リクルートも28歳女子向け研修などを他社に先駆けて実施している。
しかし、今の働き方変革のうねりは「女性活躍」の波を一度乗り越え、全社員を巻き込む形で進みつつある。
「育児をする男性たちも増えてきて、両立が女性だけの問題ではなくなっています」(林氏)
リクルートグループは、女性の5人に1人はワーキングマザーで、共働き子育てをする男女も増えている。さらに、アンケートを取ると、社員の3割が今後5年以内に介護に直面する可能性があると回答。このような社員構成と危機感が、働き方改革を「福利厚生や女性のためのものではなく、競争力を高めるために必要な施策」に推し進めていった。
「やらないとわからない、まずはやってみる」
同社のこうした動きの背景には、ホールディング化し海外でM&Aを進めてきたことも影響している。どういうことか。前出・林室長はこう語る。
「トレーニー(研修生)で海外の出資先会社に派遣される社員が、現地に行くと現地の社員は定時で帰宅していて、家族と自宅でご飯を食べるのがごく普通という環境に触れます。もっと時間生産性って上げられるということを意識して日本に帰ってくるんです」
長時間労働で成果を生み出してきた企業がその成功体験を捨て去ることは難しいはずだ。が、リクルートの場合、「メリット・デメリットをいつまでも並べて議論していてもはじまらない。やってみないとわからないので、まずはやってみる」(林室長)という姿勢から、ワークスタイル変革が実効性を持つようになっていった。
どんな取り組みでも、「フィジビリティ・スタディ(実現可能性調査)」という形で、お試し期間を設ける。例えば、「リモートワーク」については組織単位で手を挙げて参加するかどうかを決め、参加する場合には週3回は出社してはいけない、などの半強制的なルールを敷いた。決められれば「そのうえでどうミッションを達成するか」はそれぞれ考えるようになる。そんな論法に基づくやり方だ。
実際にやってみると、事後のアンケートでは半数が「生産性が高まった」と感じていた。以前は、「そんなの変えられるわけがない」とリモートワークに反対だった人が「前のやり方には戻れなくなった」と言い出すケースも出てきたという。
通勤の時間が削減できる、場所を選んだほうが集中できる、などの要因で生産性の高まりを実感する人たちが多かった。
「顧客の近くにいる、大学院に通いながらキャンパスの近くで仕事をする、など、使い方は人それぞれ。でも体験したことのない世界を垣間見ることができて、社員ひとりひとりの視界がぐんと広がったがことも大きな成果です」(林氏)
「働き方改革」のネガティブな側面は?
では、ネガティブな側面は出てこなかったのか。
リモートワークの事後アンケートでは2割が「生産性が低くなった」と感じている。「確かに、在宅では仕事がしにくい人たちも一定数いることが分かりました」と林氏。家ではインフラが整っていない、家族が日中在宅のケースではかえって生産性が落ちる、といった事例だ。
そうした状況に林室長はすぐ対応した。それも、「(リモートワークはやめにして)やはり出社して」という形ではなく、少しでも通勤時間などが減るようサテライトオフィスを設置することにしたのだ。横浜、千葉、その他クライアント先に近い都内の拠点を使ってもらおうと、20か所の時間貸オフィスを利用できるようにし、さらに広げていく方針だ。もちろん、会社としてはそれだけ投資をしても、仕事効率や企業価値アップにつながると判断したということだ。
しかし、長期的に社員間のコミュニケーションが失われればイノベーションを阻害することにならないだろうか。この質問に、林氏は「社内にいるからといってコミュニケーションをとれているわけでもない」。チャットなどでかえって会話が増えたというケースもあったという。
「ちょっと今いいですか」といったやりとり、また先輩の仕事の仕方を見たり近くで声を変えてもらったりすることで新人や転職者が育つという環境をどう超えられるかという問題は残る。
これに対しても、リクルートは「だから前のやり方に戻そう」という方向ではなく、ではどうしたらよりイノベーションを生むようなコミュニケーションが促進されるかということを検討していく方針だ。
結果的にワーキングマザーの意欲も上がる
こうした施策は全社的な生産性を高めているだけではなく、前回記事で書いたように以前は苦しそうだったワーキングペアレンツのモチベーションを高めている。
少し前までならば「ワーキングマザー対策」施策が、全社的にマネジメントのあり方や効率向上につながるものとして導入されているリクルート。焦点は「女性活躍」や両立支援から、働き方改革に移っている。これが結果的に女性やワーキングマザーを働きやすくする。
男女ともに活躍の場を広げ、会社を強くしていく。そんな動きがじわりと広がってきている。