- 2016年08月31日 06:00
ローソン「行動する会長」が激動のコンビニ業界に挑む
1/2門間新弥=撮影(対談)
現場主義を徹底、アクティブに自らやる
【弘兼】この6月から玉塚さんはローソンの会長CEOに就任されました。なぜこのような人事になったのですか。
【玉塚】事業領域が拡大していくなかで、我々は経営体制を強化しなければなりません。そのためには、ローソンの筆頭株主である三菱商事の力を最大限に活用し、総力戦に持ち込みたい。三菱商事出身の竹増(貞信)さんが社長COOに就くことで、ありとあらゆるボタンを押せるようになった。竹増さんには、海外、新規事業、M&Aなどに注力してもらいます。
画像を見るローソン会長CEO 玉塚元一(たまつか・げんいち)
1962年、東京都生まれ。85年慶應義塾大学法学部卒業、旭硝子入社。97年米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学院修了。98年サンダーバード大学院修了。98年12月ファーストリテイリングに転じ、2002年社長。05年リヴァンプ設立。10年ローソン顧問、11年副社長。14年5月社長。16年6月1日より現職。
【弘兼】会長CEOの玉塚さんは何をされるんですか。
【玉塚】やることは何も変わりません。社長COOの竹増さんとこれまで通り一枚岩でやっていきます。その中でも僕のメインは国内のコンビニ事業。この商売は現場主義が基本。アクティブ(能動的)に、ハンズオン(自らやる)でいかないと、ダメだと思うんです。だから「超アクティブ、ハンズオン」な新しい会長像というのをつくってみようと思っています。これまで以上に高い視座で会社全体が正しい方向に向かうよう導いていくのが役目です。
【弘兼】行動する会長ですね。でも、今後はトップとして様々な業界を渡っていくのでは?。
【玉塚】いえいえ、渡らないですよ。
【弘兼】玉塚さんはご自身で経営者に向いている面と向いていない面をどのように分析されていますか?
【玉塚】よくはわかりません。ただこの仕事というのは、修羅場や厳しい状況などをどれだけ突破してきたか、経験値が大事です。ローソンでも、ユニクロやリヴァンプの経験が仕事に生きています。そのつど、真剣に向き合ってやり続ければ、技術は高まっていくんじゃないですかね。スポーツや武道と似ています。
【弘兼】玉塚さんといえば、慶應大学のラグビー部出身で知られています。大学3年生のときからレギュラー、4年生のときには大学選手権で準優勝という輝かしい成績を残している。ポジションはどこだったんですか?
【玉塚】僕はフランカーというポジションでした。スクラムを組むとき一番後ろあたりにいる選手です。
【弘兼】スピードがあり肉弾戦にも強い選手ですね。大学卒業後は旭硝子に入社しますが、その理由は?
【玉塚】製造業が産業の基幹だと思っていました。そして海外で活躍するビジネスマンになりたかった。同期の人数が少なくて、海外拠点の多いメーカーに行ったらいいのではないかと、尊敬する方からアドバイスをいただきました。最初の2年間は安全靴を履いて工場勤務でした。これがすごく大事な経験になりましたね。その後、2年間は本社。そこで海外へ行きたい、行きたいと希望を出していたら、シンガポールに行かせてもらうことになりました。
【弘兼】入社5年目に念願の海外勤務。
【玉塚】これが僕の人生を大きく変えました。27歳のときでした。当時のシンガポール支店の年商は8億から10億円程度。赴任当時は僕がトップで後は数人の現地スタッフという構成でした。
【弘兼】玉塚さんがシンガポールにいた頃というのは、1985年のプラザ合意による円高が始まった頃と重なっています。日本の製造業がアジアにシフトしていく時期だった。
【玉塚】日本から入れ代わり立ち代わり上司がやってきて、彼らと会社を買収したり、新しい工場を建てたり……。4年間のシンガポール勤務でリーダーとして組織を動かしたのはいい経験になりました。
「MBAを取得しても経営者にはなれない」
【弘兼】そして97年からアメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学院に進学。大学院への進学は以前から希望していたのですか?
【玉塚】シンガポール勤務の4年目後半だったと思うんですが、回覧板で〈経営学を徹底的に学ぼう〉という趣旨の社員派遣募集が出ていたんです。これは行きたいと思いました。投資や融資、キャッシュフローの管理など財務が苦手だと自覚するようになっていました。その部分を補いたいという思いがありましたね。
【弘兼】アメリカの大学院に行くには、相当の英語力が必要になりますよね。
【玉塚】シンガポールから帰国して約2年間は、仕事をしながら留学用の勉強に没頭していました。大学時代、ラグビーばかりやっていましたから、徹底的に勉強する時間を持ちたいという気持ちもありました。
【弘兼】アメリカの大学院の勉強はどうでしたか?
【玉塚】とにかく刺激的でした。たくさんの現役の経営者がやってきて、1時間、2時間と話をしてくれるんです。ジーンズをはいて野球帽を被った、どこにでもいそうな風情の若者が、1000億円、2000億円売り上げのある会社をつくっている。ああ、やっぱり自分は経営というところで勝負したいなと思いました。
【弘兼】日本に帰国後、旭硝子を退社するという選択をしました。
【玉塚】旭硝子の中で20年かけて経営者を目指すのか、あるいは自らを荒波の中に放り込んで経営者としての資質を鍛えていくのか。このときは本当に悩みました。
【弘兼】旭硝子退社後、日本IBMを経て98年12月にファーストリテイリングに入社。ヘッドハンティングという形だったんですか?
【玉塚】これからの経営には英語、財務会計、コンピュータが必要だと思って、日本IBMに入りました。IBMの営業で3社目に行ったのが、ユニクロを展開するファーストリテイリング。そこで柳井(正・CEO)さんと会ったんです。IBMのコンサルティングを売り込みに行ったのですが、自分のプレゼンはイケてなかった。柳井さんから誘われたというよりも、説教されたんです。
【弘兼】説教ですか?
【玉塚】君は何をやりたいんだと言われました。僕が本当にやりたかったのはコンサルティングではなく経営。それを見抜かれたんでしょう。柳井さんはこうおっしゃったんです。経営や商売というのは、自分のなけなしの金で場末に店を出して、一生懸命考えることから始まる。誰も来ないとする。どうして誰も来ないんだろうと考える。店が暗いのか、他の店よりも価格が高いのか。試行錯誤して、お客さまに来てもらえるようになったとしても、何も買わずに出ていく人もいる。そのうち自分の手元のキャッシュが減っていき、胃が痛くなる。そういう経験をし続けない限り、MBAを取ろうが、コンサルティングをやろうが、商売人、経営者にはなれない。
【弘兼】自分で小規模な店から始めた柳井さんらしい意見ですね。
【玉塚】そのとき脳天をかち割られたような気分でした。そして、この人には嘘をつけないと思いました。ファーストリテイリングに入ったのは、彼のもとで経営を学びたいという思いでした。丁稚奉公のようなものですよ。実際に入社して店舗研修から始めました。
新浪剛史の誘いを受けローソンへ転身
【弘兼】98年の段階では、ファーストリテイリングは今ほどの知名度はありませんでした。玉塚さんが入ったのは成長期ともいえる時期。実際に働いてみてどう感じましたか?
【玉塚】すべてはお客さまが決めるという顧客中心主義が貫かれていましたね。
【弘兼】2002年、玉塚さんはファーストリテイリングの社長に就任します。
【玉塚】ファーストリテイリングに7年間、最後の3年間は柳井さんが会長、僕が社長という非常に近い距離で、やけどするくらいの熱い薫陶を受けました。
【弘兼】やけどですか。柳井さんは強烈な経営者ですからね。
柳井はこの連載にも登場している。その中で玉塚の退社をこう語っている。
「彼は優秀です。よく勘違いされているんですけど、僕がクビにしたんじゃない。彼が辞めたいと言ったんです」
柳井はユニクロの国内出店が一段落したと考え、玉塚には欧州進出を任せる考えだったという。一方、玉塚の考えは違った。ファーストリテイリングの01年に4100億円あった売り上げが、02年には3400億円、03年に3000億円に急減していた。彼は国内の立て直しを訴え、この齟齬が退社に繋がったと柳井は説明した。
05年、玉塚はファーストリテイリングを退社、「リヴァンプ」を立ち上げた。
リヴァンプは「刷新」「立て直す」という意味である。玉塚は「企業を芯から元気にする会社」と説明する。
【弘兼】リヴァンプでは具体的にどのようなことをやられたんですか?
【玉塚】不調に陥った企業の再生、ブレークスルーをしたいという会社の支援、その他、バーガーキング、クリスピー・クリーム・ドーナツなどの日本展開を手がけていました。
【弘兼】その後、ローソンの社長だった新浪(剛史)さんから誘われたんですね。
【玉塚】最初は手伝ってくれと頼まれました。リヴァンプの業務の一環としてローソンを手伝うつもりでした。
【弘兼】新浪さんは慶應大学の先輩に当たります。彼とのお付き合いは古いのですか?
【玉塚】大学時代はまったく知りません。僕がファーストリテイリングの社長になった年、新浪さんもローソンの社長になったんです。雑誌の対談で何度かお会いする機会があって、「ユニクロの話を聞きたい」と言われ、たまに会う仲になりました。
【弘兼】新浪さんは玉塚さんにリヴァンプを辞めてローソンに入ってほしかった。
【玉塚】僕はオーナーです、社長です、無理です、という会話が1年ぐらい続きました。最終的にローソンという企業の持つ「私たちは“みんなと暮らすマチ”を幸せにします。」という、企業理念に惹かれました。やはり僕は小売業が好きなんですね。小売業を突き詰めていくとコンビニは外せない。
【弘兼】ローソンに入ったとき、他のコンビニチェーンと比較して、強み、そして弱みはどのように分析されましたか?
【玉塚】宝の山のように思えました。リヴァンプで僕は様々な会社を見てきました。そうした会社と比べて、1万2000という店舗数は強烈な資産です。この資産をもっと有効活用して、ブランドの力を高めるには様々なやり方があるだろうと。
【弘兼】ここ5、6年、コンビニエンスストアに要求されるものが劇的に変わったように思っています。最近は低糖質パンや野菜たっぷりなスムージーが充実しているなど、健康に敏感な女性客が増えているように見えます。
【玉塚】4年前、ローソンで健康関連商品の売り上げというのはほとんどなかったんです。それが一昨年は約1000億円、昨年は2000億円にまで伸びています。その一つの例が、「グリーンスムージー」でした。「ナチュラルローソン」のチルド飲料シリーズから発売し、レギュラーのローソンの1万2000店で展開しました。このほか、サラダ、ベーカリー、菓子などで「健康」「ヘルシー志向」が一つのキーワードになっています。
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