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孫正義、古森重隆、柳井正……仕事がラクになる「トップの言葉」図鑑【後編】

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こんなエピソードがある。社長を退任した本田氏が、それまでの感謝の気持ちを直接伝えたいと、全国の工場や販売店を回っていたときのことだ。若い工員が、本田氏に握手をしてもらおうと差し出した手をあわてて引っ込めた。油で汚れたままだったのだ。

「いや、いいんだよ、その油まみれの手がいいんだ。俺は油の匂いが大好きなんだよ」

本田氏はこう言うと、彼の手をしっかり握り、自分の手についた油のにおいをクンクン嗅いだ。

感謝の気持ちが計算やポーズだったら、こうはいくまい。本気だからこそ、シナリオライターにも書けないような名言が口からすっと出て、すぐさまそれを行動に移せるのである。逆に、言葉のセンスだけをいくら磨いても、口先だけでは、人の心掴むことはできない。

「現状は、わかった。結局、松下電器が悪かった。この一語に尽きると思います」

本田氏と双璧を成す戦後の名経営者、松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏も、かつてこう言って頭を下げたことがある。

高度成長期も終盤を迎え、家電の売れ行きにも陰りがさしてきた。これに危機感をもった松下氏は、打開策を話し合おうと熱海のホテルに全国の販売会社と代理店を集める。すると、現場からは松下の商品や売り方に対する不平不満が噴出。これに対し松下氏も「みなさん本当に、血の小便が出るまで、苦労されたことがありますか」と応酬し、議論はまるでかみ合わない。

そして、3日目に松下氏の口から出たのが、先の言葉だ。言い終わると松下氏の目からは涙がこぼれ、会場は静まり返ったという。自らの非を認め、真摯に詫びる松下氏の姿に、それまで口を連ねて文句を言っていた販売会社側も心を打たれ、そこから両者は歩み寄るようになり、ほどなく松下電器の業績は回復に向かった。

メーカーと販売会社の力関係は明白である。だからといって、メーカーの言うことを聞けという態度ではうまくいくはずがない。相手の言い分にも耳を傾け、謝るべきところは潔く謝る。本心から発した言葉なら、それが謝罪であっても、相手の心に刺さるのだ。

一方で、武蔵野の小山昇社長は、はっきりと社員にこう要求する。

「わが社を選んで入社したからには、少なくとも9時から17時までの間は社長たる私の方針に従ってください」

いくら優秀でも仕事のやり方や価値観がばらばらだと、シナジー効果が生まれず効率が悪い。とくに中小企業の場合は、社内に社長のコピーを増やせば増やすほど、組織が堅牢になって業績も上がるのだという。たしかに、芸事の世界でも、修業の第一段階は徹底的に師の芸を盗むことだから、小山氏のこの考え方にも一理あるといえる。

ただし、社員にこう言えるのは、社長が自分のやり方に確固たる自信をもっているからこそなのだ。

悩みや迷いを吹き飛ばす

輝かしい実績を挙げ、経済誌にも頻繁に取り上げられているような経営者は、傍からはたいした苦労もせず、やすやすと会社を運営しているように見えるかもしれない。

しかし、それは大きな間違いだ。当たり前だが生まれつきの名経営者や、テレビドラマの主人公のように、絶対に失敗しない社長なんているわけがない。みな人知れず苦労し、悪戦苦闘しながら、やっとの思いで結果を出しているのである。

「神になりたい」

富士フイルムホールディングスの古森重隆氏は、CEOに就任したときこう思ったとのちの取材で語っている。不遜な発言にも聞こえるが、決してそうではない。

押し寄せるデジタル化の波で、それまで会社の売り上げの3分の2を占めていた写真フィルム事業には危機が迫っていた。自分が道を誤れば会社がつぶれてしまうかもしれない。プレッシャーにつぶされそうになりながら、必死でもがく古森氏の叫びが、「神になりたい」という言葉だったのだ。

海外でもまったく物怖じしない、明るくオープンな人柄と思われているソニーの創盛田氏も、もともとそういう性格だったというわけではないようだ。前出の平松氏によると、盛田氏はよくこう言っていたという。

「経営者は、ネアカでないといけない。企業のトップに立つ者は、たとえどんなに辛く苦しい局面に立たされようと、部下の前では絶対に暗く沈んだ顔をしてはいけない。明るいふりをしなさい。上に立つ者が暗い顔をしていると、社員に伝染し、会社全体が暗い雰囲気に包まれてしまう」

ちなみに、平松氏が海外でこの話をすると、「苦しくてもネアカのふりをする」というところにみな感動するのだそうだ。

「一直線に成功というのはほとんどありえないと思う。成功の陰には必ず失敗がある。当社のある程度の成功も、一直線に、それも短期間に成功したように思っている人が多いのだが、実際はたぶん1勝9敗程度である」

この「1勝9敗」は、ファーストリテイリング柳井正会長兼社長の代名詞といっていい。ユニクロを一代で世界ブランドにしたあの柳井氏ですら、うまくいくのは10回のうち1回と聞けば、たしかに勇気が湧く。

ただし、柳井氏は、単純に10回挑戦すれば1回は成功するから失敗を恐れるなと言っているわけではない。人より早くたくさん失敗し、なぜ失敗したか考え、それを財産として次に活かす。1勝9敗は、ひとつの成功のためには9回の失敗と学びが不可欠という意味なのである。

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