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孫正義、古森重隆、柳井正……仕事がラクになる「トップの言葉」図鑑【前編】

文=山口雅之 撮影=門間新弥、的野弘路、小倉和徳、岡倉禎志、宇佐美雅浩

どんな逆境においても諦めず新しい可能性を信じて突き進む。その瞬間、何を思い、突き進むのか。意気消沈する社員を励まし、進むべき方向を示してきた真のリーダーたちの名言とその決意を追う。

困難な交渉を一言で勝ちとる

どんな優良企業であっても、順風満帆の状態が永遠に続くということはありえない。景気が悪化し売り上げが低迷する、ライバル企業にシェアを奪われる、社員の不祥事が公になって信用が失墜……。ひとたびそういった事態に見舞われれば、たちまちその会社は危機に瀕する。経営者の真価が問われるのは、そんなときだ。どんな逆境におかれても、決して冷静さと希望を失わず、意気消沈する社員のやる気を鼓舞し、進むべき方向を指し示す言葉を発することができるのが、真のリーダーだといっていいだろう。

交渉に強いというのは経営者の重要な条件のひとつだ。経営の神様と呼ばれた松下電器産業(現パナソニック)創業者、松下幸之助氏は、タフ・ネゴシエーターでもあった。オランダの総合家電メーカー・フィリップスとの合弁会社を設立するにあたり、フィリップス側は初期契約料55万ドルに加え、技術援助料として売り上げの7%を要求してきた。これに対し松下氏は、すぐさまこう切り返す。

「初期契約料は仕方がないが、技術援助料は納得できない。どうしてもと言うのなら、経営の責任は松下なのだから、こちらは経営指導料を要求する」

フィリップス側は、そんなことは聞いたこともないと突っぱねたが、松下氏も一歩も引かない。交渉は1年にも及び、最後はフィリップスに技術援助料4.5%を支払う代わりに、松下電器は経営指導料3%を受け取るという契約で落着した。1952年の話である。相手の技術援助料に対し、経営指導料をぶつける機転。さらに、当時の松下電器よりはるかに格上のフィリップスに対し、臆することなく堂々とわたり合った。

腹が据わっているといえば、ソフトバンクの孫正義氏も負けてはいない。2001年、同社のブロードバンドのネットワーク構築が遅れ、サービスの開始を待つ顧客の怒りは頂点に達していた。それなのに、局舎間を結ぶのに必要な光ファイバー回線を、在庫不足を理由にNTTが貸してくれないのでどうにもならない。そこで孫氏は監督官庁である総務省に乗り込むと、担当者に向かってこう叫んだ。

「ライターを貸してくれんね。ここで俺は油かぶって死ぬけん」

驚いた担当者はすぐさまNTTに電話をして自ら在庫を確認し、その場でソフトバンクが光ファイバー回線を借りられるよう指導したという。

かつてソフトバンクの社長室長として、Yahoo! BBやナスダック・ジャパン(現JASDAQ)の設立に関わった三木雄信(たけのぶ)氏は、孫氏の決死の発言に驚いたという。担当者をすぐに電話に走らせた迫力は相当のものだったようだ。いざとなったら命を懸けるという心構えで交渉に臨む覚悟は、間違いなく称賛に値する。

「あのビル買うの、やめるわ」

重要な交渉を決める土壇場でこう言ったのは、テンプスタッフの創業者である篠原欣子氏だ。時はバブル末期。篠原氏は、いったんは自社ビル購入を決めたものの、冷静になると、異常な好景気がいつまで続くかわからない不安を感じ、契約日の2日前に白紙に戻す決断をする。手続きはすべて済んでおり、あとは印鑑を押すだけだった。不動産会社側は激怒。だが、篠原氏はひたすら頭を下げ続けた。

しばらくしてバブルは崩壊し、ビルの値段も急落。会社はすんでのところで多額の負債を背負いこまずにすんだ。一度決まった話を自己都合で中止すれば、相手は顔をつぶされたと怒るに決まっている。誰だって「やめる」とは言いたくない。その言いにくい言葉を、たったひとりで相手のところに言いにいった篠原氏の覚悟には、経営者としての固い決意が見えてくる。

どんな逆境も跳ね返す

いまから70年前、日本はこれ以上ない逆境に陥った。そう、敗戦だ。国土は焦土と化し、国は主権を失った。自分たちの仕事や生活がこれからどうなるのか見当もつかない。そんな状況に立たされたら、誰だって絶望と不安で、しばらくは何も考えられず、何も手に着かないはずだ。だが、出光興産の創業者である出光佐三氏はそうではなかった。彼は終戦のわずか2日後に社員を集め、話した。

「一、愚痴をやめよ。二、世界無比の3000年の歴史を見直せ。三、いまから建設にかかれ」

このとき出光興産も、戦争によって海外拠点やタンカーなど多くの資産を失っており、将来に対する明るい材料があったわけではない。それでも「歴史に立ち返れ、日本人なら必ず復活できる、さあいまから再建だ」と言ってのけた。終戦時、日本にはこのようなリーダーがいたということを、その言葉とともに記憶しておきたい。

同じころ、川崎製鉄(現JFEスチール)初代社長である西山弥太郎氏は、瓦礫の中に残った工場で、部下にこう言っている。

「これから日本は戦争ではなく、貿易で金を儲けて豊かになるしかない。ただし、世界でわたり合っていくには祖国愛が重要だ。だから日本を愛しながら金儲けに徹することにしよう」

さらに、西山氏はこう続ける。

「日本は戦争に負けて、4つの島に封じ込められた。戦前の植民地なしで7000万人余を食べさせていくには、軽工業だけで細々とやっていたのでは駄目だ。重化学工業への転換が必要だ。それには鉄だ。だから我々は、迷うことなく、製鉄業の立て直しに邁進しなけりゃならん」

これから会社はどうなってしまうのだろうと疑心暗鬼になっている社員に向かって、ただ「大丈夫だ、心配するな」といくら繰り返しても何の足しにもならない。そこで西山氏は、戦後の日本人が目指す姿をまず具体的に示し、次いでそれを可能にするには鉄が不可欠、だからこの会社には未来がある、と順序を踏んで説明した。

つまり、日本の将来を暗示するような話をしながら、実は社員に対し、安心して働きなさいというメッセージを発信していたのである。実際、戦後の復興から高度成長期にかけて日本では鉄の需要が飛躍的に伸びた。西山氏の目にはその光景が映っていたのだろう。その言葉には、先を見通す力とそれを論理的に伝える能力を備えたリーダーの姿がみてとれる。

現役にも、逆境から這い上がってきた経営者は少なくない。アイリスオーヤマの大山健太郎社長もそのひとりだ。大山氏にとって最大の逆境は、73年の第一次オイルショック。10年かけて蓄えた会社の資産はあっという間に底を尽き、たちまち会社は危機に瀕する。工場の閉鎖や社員の解雇でなんとか倒産だけは免れたが、それは大山氏にとって身を切られるようなつらい経験だった。のちにそのときの決断を取材で聞かれて、こう答えている。

「単に売れればいいなら、100円を90円にすればいい。でもそんなことをやっていても未来はありません。会社の目的は、永遠に存続することです。そのためには常に新たな需要を創造しいくしかない。その力がある商品かどうかを私は見ているのです」

どんな時代でも利益を出し続けるにはどうしたらいいのか。そこで大山氏はそれまでの「ただいいものをつくる」ことから、「マーケットを発見しニーズに応える」経営に発想を転換した。

これがなければ、後にデフレ不況で多くの企業が苦しむなか、悠々と黒字経営を続けるというアイリスオーヤマの快進撃はなかったに違いない。

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