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「研究不正」大国日本、不正を防ぐ処方箋はあるか - 東嶋和子 

文部科学省の「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」に所属する若き女性事務官・水鏡瑞希が、卓抜した推理力で次々と研究不正を暴く……。松岡圭祐の小説『水鏡推理』シリーズが売れているらしい。

 私も、最新刊の『水鏡推理Ⅲ』まで早々に読んだ。STAP細胞事件をはじめ、最近起きた東京五輪エンブレム騒動や、過去の旧石器発掘事件などをモデルに、痛快な推理小説に仕立てている。

 小説なら楽しめるが、現実に起きた不正となるとそうはいかない。2014年のSTAP細胞事件とノバルティス事件は記憶に新しいが、本書によると、これらは氷山の一角に過ぎない。日本は世界に冠たる「研究不正大国」だというのだ。

量だけでなく、質においても世界の注目を集める

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『研究不正 ―科学者の捏造、改竄、盗用』(黒木登志夫 著、中央公論新社)

 研究不正や誤った実験などにより撤回された論文のワースト10に日本人が2人、ワースト30には5人も名を連ねている。他を圧倒するようなワースト1位も、実は日本人である。

 STAP細胞とノバルティス事件という二つの研究不正により、「わが国は、量だけでなく、研究不正の質においても世界の注目を集めた」と、著者は語る。

 <STAP細胞は、ねつ造、改ざん、盗用の重大研究不正をすべて目いっぱい詰めこんだ細胞であった。はなばなしい発表からわずか11ヶ月で、そのような細胞が存在しなかったことが明らかになり、わが国の名誉を傷つけた末に、消えていった。ノバルティス事件は、わが国の臨床医学の構造上の問題を内包しているという点で、STAP細胞よりもはるかに深刻な研究不正であった。>

 本書は、これら二つの事例はもちろん、世界と日本で起きた研究不正の事例を多数紹介しつつ、そのなかでも重大な不正についてその実態を掘り下げ、なぜ不正に至ったのかを分析する。また、不正の結末や不正を監視するシステムにも言及し、不正防止への処方箋を提案する。

不正事例を、研究者の視点から総覧

 著者は、がん細胞、発がんを専門とし、日本癌学会会長や日本学術振興会学術システム研究センター顧問、東京大学名誉教授、岐阜大学学長などを歴任した。一般向け、研究入門者向けの新書などを数多く著しているが、「一年前まで、研究不正についてそれほど関心があったわけでもなく、真剣に考えたこともなかった」と述懐する。

 「しかし、本を書き始めると、欧米では研究不正に関して、非常に多くの研究が行われているのに驚いた。一方、わが国発の研究不正に関する文献はほとんどない」。

 日本において研究不正は、あってはならない、隠しておきたいものとして、誰もまともに取り上げ、研究しようとしなかったのが、研究不正を蔓延させたひとつの背景になっている、と著者は分析する。

 したがって、本書に挙げられた42の不正事例には、本や映像にまとめられているほど有名な事件も含まれるが、それらを研究者の視点から総覧した、という点で、画期的といえるだろう。

「捕食ジャーナル」という困った存在

 近年の研究不正で特徴的なのが、インターネットやソーシャル・メディアの影響である。東京五輪エンブレム騒動やSTAP細胞事件にみられたように、ネット上のデザインや既存の画像データを容易にコピー&ペーストできる時代になり、不正に手を染めやすくなった。その一方で、不正を追及し、暴くのもソーシャル・メディアである。

 伝統的なピア・レビューに対し、誰もが意見を述べることができるのがソーシャル・メディア審査である。ピア・レビューによる論文審査が原則として性善説に立ち、サイエンスとしての価値を評価するのに対し、ソーシャル・メディア審査は、性悪説の立場から「あら探し」をする。ソーシャル・メディアによる評価の限界はこの点にある、と著者はいう。

ネット時代に入り、ジャーナルの形式も変化した。誰もが無料で読めるオープンアクセスシステムができ、さらに、紙媒体を離れて、最初からネットで公開されるジャーナル(ネット公開ジャーナル)ができた。

 それとともに審査の基準も甘くなって、ついには掲載料稼ぎのため何でも載せる「捕食ジャーナル」まで現れた。落ちこぼれ、ねつ造などの問題論文をハイエナのように漁る、という意味で、「捕食」と呼ばれるという。

 2011年には20以下だった「ハイエナ」出版社は、15年には693に増えたとある。「ネット社会を悪用したとしか思えない捕食ジャーナルは、研究不正の受け皿になり得る困った存在」というわけだ。

研究不正を未然に防ぐために

 同様に、論文訂正や論文撤回の頻度も上昇している。論文撤回はこの50年来の現象であるが、とりわけ21世紀になって急増した。2001年から2010年までの10年間で、撤回論文は19倍も増えたという。

 その背景には、研究不正に対する意識が高まったことと、研究者を監視するシステムができたことがある、と著者はみる。アメリカの研究公正局(ORI)、リトラクション・ウォッチのようなブログ、ソーシャル・メディアが目を光らせている。不正操作画像や盗用を検出するソフトも使われるようになった。

 では、研究不正を未然に防ぐにはどうすればよいのか。

 著者は、全研究者を対象とする研究倫理教育、公益通報者を守るしくみ、「ヒヤリ・ハット」の検討、風通しのよい研究室運営に加え、デジタルデータの共有化を提案する。

 STAP細胞をはじめ、本書に紹介された不正事例では、実験ノートがおろそかにされていることが多い。病院の電子カルテシステムのように、関係者間で情報共有を図るのがよい、という著者の提案に賛成だ。

 研究不正のみならず、社会におけるさまざまな不正――マンション杭打ちデータ改ざん、不正会計、免震ゴムのデータ改ざん、血液製剤・ワクチン製造不正、排気ガス測定ソフト改ざん、ドーピング――などにも多くの共通点を見出すことができる。

 研究者ならずとも、組織のコンプライアンスに関心のある読者にとって、大いに示唆に富む一冊である。

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