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「損害」という言葉の意味。

まもなく公表されることが予定されている、原子力損害賠償紛争審査会の「第二次指針」。
これまでの議論経過を見る限りでは、想定された方針から大きく外れることなく、淡々と指針策定に向けて歩みが進められている、という印象を受ける。

JCO事故の際の指針でも認められた「風評損害」は、今回も賠償の対象となることがほぼ確実な状況で、おそらく第二次指針で、確実に認められる“最低限のライン”が示されることだろう。また、審査会の議論が始まった当初から、ある種の“目玉”として打ち出されていた「精神的損害」に対する損害賠償も、「第一次指針」で既に原子力事業者に対して請求可能な損害項目に入る旨が明記されており*1、具体的な算定方法(あるいは一律定額化のスタンス)も、随時指針の中で示されていくはずだ*2

もっとも、「風評損害が賠償される」、「精神的損害が賠償される」といっても、その中身が世の一般の人々が考えているものと同じか、ということになると、少々心もとないところがあるのも事実。例えば、「第二次指針」策定に向けた論点ペーパー*3の中には、次のようなくだりがある。
「なお、「風評被害」という表現は、あたかも放射性物質による汚染の危険性が全くないのに消費者・取引先などが危険性を心配して購入・取引を回避する不安心理に起因する損害であるかのような意味で使われることもあるが、むしろ科学的には明確でない放射能の影響を回避するための市場の拒絶反応であると考えるべきである。それ故、このような回避行動が合理的といえる場合には、原子力損害として賠償の対象となる。このように考えた場合には、「風評被害」という表現を避けることが望ましいのであるが、現時点でこれに代わる適切な表現は裁判実務上まだ提示されていないので、上記のような注意をしつつ、いわゆる「風評被害」という表現をここでは用いることにする。」(5頁、強調筆者)
上記定義をそのままストレートに解釈すると、「敬遠したくなる心理が一般的に是認できる(もの)かどうか」*4が、原賠法に基づく損害と言えるかどうかを判断する基準、ということになりそうだが、現実には、「原発から遠く離れた地域の産品が外国で売れなくなる」とか、「外国人が地域にかかわらず放射能を恐れて日本に来てくれない」などという事態も少なからず生じていて、一般的な世の中の理解で言えば、むしろそちらの方が“風評”被害というにふさわしいようにも思える*5
そう考えると、「風評被害も賠償の対象」というフレーズは、必要以上に賠償対象が広いもの、という誤解を招く恐れを多分にはらんでいる、と言えるだろう。

「精神的損害」についても同様の問題がある。

「第一次指針」においては、「精神的損害」について、様々な類型があることを認めながらも、
「原子力事故や放射性物質の放出に対する一般的・抽象的不安感や危惧感等は、精神的損害として認められるものではない」(10-11頁)
という一文が添えられている。
そして、「何が、どこまで損害と認められるか」ということについては、「今後検討する」となっているがゆえに、「風評損害」以上に、損害の外延が分かりにくいものになってしまっているのである。

現時点でこの部分の解釈の参考になりそうなのは、「第一次指針」を決定した第3回(4月28日)の議事録*6にある、次の委員発言だろう。
非常に遠くに住んでいるけれども、原子炉から放射能が出ているということで、非常に心配性の人がいて、それで不安感を感じている。こういうときの精神的な危惧感等は、ここでいう賠償の対象にはならないということなんだというふうに私は理解しておりますが」(能見会長発言、27頁)
「東京、あるいは、場合によってはもっと遠方のほうで、バックグラウンドが上がっているという話で、たかだか1ミリシーベルトにいかないような線量しか受けない、そういう方々の感じている不安感というのは、これはやはり別物としてとらえるべきではないかなと思います。」(米倉委員発言、27頁)
審査会の指針や議論が、裁判における絶対的な解釈基準になるわけではないから、これをもって
「東京の住民が精神的損害の賠償を請求するのは無理」

と断言するのは早計だろう。だが、何ら先例がない分野*7で初めての判決を書こうとする裁判官の中に、指針を全くスルーして判決を書ける人がどれだけいるかは疑問なわけで、当事者の一方が、きちんと自らの主張の中に、指針なり、指針策定の際の委員の発言なりを援用すれば、やはり一つの基準として、判断に影響を与える可能性は大きいと考える。

そうなると、3月中旬から下旬にかけての「あのイライラした日々をどうしてくれる!」と思っている人でも、ずっと東京にいたのであれば、「精神的損害なし」とされてしまう可能性はあるわけで・・・。

今後、審査会での議論や指針の策定が進められていく中で、そのあたりのギャップをいかにきちんと埋めていくか、ということが、原発事故で大なり小なり影響を受けた人々へ情報を伝える上では欠かせない。

本来であれば、そういった厄介な問題をメディアの方で上手に消化して、専門家と世間の間の橋渡しを意識的にやってくれれば、それにこしたことはないのだけれど・・・。


*1:第一次指針:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2011/04/28/1305640_1.pdf
*2:第二次指針の策定に向けての論点は、http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/05/16/1306034_9_1_1.pdf参照。
*3:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/05/16/1306034_9_1_1.pdf
*4:第4回議事録46頁、大塚委員の発言より。
*5:逆に、今の世の中では、人々の回避行動が合理的と言えるような場合に、“風評”被害などというと、怒られてしまうかもしれない。
*6:一応まだ案のようだが。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/attach/1306059.htm
*7:過去に原子力事故で精神的損害を原賠法上の損害として認めた裁判例は皆無である。

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