- 2016年08月23日 06:00
手術が上手いだけの「手術バカ」はダメな理由
2/2出会う患者さん全てに公平に全力で手術に向かう
しかし、徐々に外科医としてだけでなく病院の管理者としての時間が必要となって、緊急症例や長時間にわたる手術症例などで全力を尽くしているか疑問に感じていました。実はそのような思いは以前から漠然とあって、患者さんごとに対応が異なると自責の念を感じていました。恐らく、医師になれたのは自分の力だけではなく、家族や親戚の後押し、引いては周囲の後押しと感じていたので、全ての人たちに役に立ちたいのにそれができていないような気がして焦りを感じていたのだと思います。
しかし、2012年に天皇陛下の冠動脈バイパス術を経験して、その考えに迷いが消えて、モヤモヤしたところから抜け出すことができました。陛下はご自身の前に提出されてくるご公務に対して「公平の原則」という強い決まりを設けられていて、手術後間もなくから全国各地をくまなく訪問されていました。手術後の天皇誕生日記者会見でご公務を制限されるかという記者からの問いに、公平の原則に照らして今まで通りに制限せずに対応される旨のお答えをされていましたが、その記者会見で私の名前を出してくださり、公平の原則について、深く考える機会をいただけたと勝手に思い込んだのが迷いを吹っ切るきっかけとなりました。「これからは出会う患者さん全てに公平に全力で手術に向かおう。周術期死亡率の高い手術だとしても、患者さんと意識を共有して患者さんが命がけでも手術にかけるという思いを確認できたら、逃げずに全力で立ち向かおう」と心を新たにしたのです。
そのメッセージを講演などで伝えていたからかどうか分かりませんが、2015年度の高校生用の教科書『Crown English Communication III』(三省堂)の「Lesson3 God's hands」という章で取り上げていただきました。「“Never try to cut corners. Just do your job.” The word“"compromise” is not in my dictionary.」とかつてのナポレオンのように記載してもらったのには少し照れくささも感じましたが、自分の今の信念を的確に言い当ててくれて感謝しています。
また、つい最近、陛下は「象徴としてのお務め」についてのお気持ちをビデオメッセージの形で国民に向けて発表されました。その中で「二度の外科手術」に触れられ、2012年の冠動脈バイパス術を受けられて、ご高齢による体力の低下を覚えられるようになったとあり、手術の責任を痛感しました。しかし、その後で次のようにもおっしゃいました。
「常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」
術後の4年あまり、各地への精力的なご訪問もご自身の幸せと感じてくださっていたというお言葉は、今後も同年代の高齢者の心臓外科手術を続け健康を取り戻してもらおうと、私の新たな決意につながりました。
「自己犠牲の精神」がなければ医師は務まらない
現在は、新たに人生をかけて、自分に命を預けてくれた患者さんを救うために、全身全霊で手術を行うと同時に、後進の心臓外科医の指導にも力を注いでいます。今年の夏休みも、医師を目指す高校生や医学生たちが、私の手術を見学しに当院へやってきました。彼らに必ず最初に言うことは、「医師になるならば、自分の身を削ってでも患者さんの命を守るという自己犠牲の精神がなければ目指さない方がいい」という厳しい一言です。目の前に座った生徒は必ず頷いて聞いてくれますが、いつか医師になった時に直面する瀕死の患者さんの前で思い出してくれたらいいと思っています。彼らが一人前の医師になるまで現役でいる可能性は少ないかもしれません。そうだったとしても、また最終的に外科医、それも心臓外科医への道を選ぶかは分かりませんが、どんな道を選んだとしても、私が少しでも関わった医師たちが、どんなふうに成長し活躍してくれるのか責任を持って見届けたいと考えています。
アスリートや企業で活躍するビジネスパーソンも同じだと思いますが、心臓外科医として、第一線で活躍するトップランナーになるためには、技術を磨くだけではなく人柄も大事です。手術はチームで行うものですし、外科医の世界でも、人脈、人望がある人が上へ上がっていけるものだからです。今はそう実感している私も、30代のころは天狗になっていた時期があります。きつい内容であっても思ったことをストレートに言い、恩師にでさえ「今は俺の方が手術は上手い。いつでも蹴落としてやる」という態度で接していたと思います。
その結果、私は恩師から病院を追い出される結果になりました。言いたいことを遠慮なく口にするので、失敗したこともありますし敵を作ったこともあったかもしれません。年齢を重ね、いくつかの病院で経験を積むうちに、私の性格もだいぶ丸くなりました。今は仲間を大切にし、厳しい中にも愛情を持って後進の医師を育てるようにしています。これからも、一人でも多くの患者さんの命を助けるために、心臓外科医として研鑽を積んでいきたいと思います。
2014年から続けてきたこの連載は、今回で最終回となりました。読んでいただいた方々には心よりお礼を申し上げます。最後に、猪木さんが引退試合の時にファンに送った「道」の一節を、皆さんに贈らせていただきます。私の座右の銘でもある言葉です。
この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。
危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。
迷わず行けよ。行けばわかるさ。
天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。
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