- 2016年08月23日 06:00
英国版トランプか、チャーチルの再来か?
「ありえない」「冗談か?」7月中旬、英国で2人目の女性首相が誕生し、主要閣僚職の一つ外相にボリス・ジョンソン氏が抜擢されると、驚きと困惑の声が世界中を駆け巡った。親しみやすい政治家として前職のロンドン市長時代は人気者だった。一方で「不適切な発言」でしばしば物議をかもし、アメリカ大統領候補のドナルド・トランプ氏と比較されたりもしている。「世界一外相に不適切な男」をテリーザ・メイ首相が抜擢した理由は何か?
外相就任1カ月の評価はどうだ?
外相就任後まだ1カ月だが、これまでのところ、ジョンソン氏は特に大きな失策もなく新たな侮辱の言葉も発していない。初の外交イベントは7月18日、ブリュッセルで開かれたEU外務理事会の会合だった。フランス語を交えて話したジョンソン氏は、関係者に終始礼儀正しく外交的な態度で接した。後にエロー外相がジョンソン外相は「過去の発言を否定しなかった」が「謙虚な態度だった」と記者団に語っている。
翌7月19日にケリー米国務長官をロンドンに迎えた際の記者会見では、米記者らが過去の失言について厳しくジョンソン氏を問い詰めた。ニューヨーク・タイムズの記者はケリー長官に対し過去に「大げさな誇張」を行い、「完全な嘘」をついてきたジョンソン外相を「信頼できますか」と問いかけた。米AP通信の記者はジョンソン氏がオバマ大統領には一部ケニア人の血が入っており、それゆえ「大英帝国を毛嫌いしている」という発言をしたことについて、謝罪するかと聞いてきた。同記者はジョンソン外相がクリントン氏を「精神病院のサディスティックな看護婦」と呼んだことも改めて指摘した。
ジョンソン氏は発言が「誤解されている」と説明しながらも、発言自体の謝罪はしなかった。過去30年間、ジャーナリストとして書いてきた「すべてに対して十分な謝罪をする」には時間がかかりすぎるからだという。針のむしろに座らされているかような会見だったが、ジョンソン氏は何とか切り抜けた。
大人の髪型にパリパリの白いシャツ
英国は今、冗談好きボリス、そして会見では大きな見出しになるような言葉を必ず発してくれたボリスが「消えた」状態になっている。毎週議会で開かれる、首相が野党議員からの質問に答える「クエスチョン・タイム」では、メイ首相が座るベンチに主要閣僚が肩を並べる。テレビカメラを通して、スーツ姿のジョンソン外相の顔が見える。メイ首相を支える内閣の一員としてそこに座っている姿だ。
画像を見るボリス・ジョンソンが自らを重ねて書いたともいわれる評伝、『チャーチル・ファクター』(プレジデント社刊)。イギリス国会議員が選ぶ夏休みの読書ランキングでも上位に食い込んでいる。
外相就任後まもなくドイツでは殺傷事件が発生し、トルコではクーデター未遂事件が起きた。コメントを出すためにマイクを向けられたジョンソン氏の口からは当然のことながら冗談は出てこない(ミュンヘンの銃撃事件を早々にテロと決め付けたことは一部で批判されたが)。これまで通りの気さくな雰囲気は維持しているものの、もはや国民を笑わせることに躍起になってはいないようだ。
見た目も心なしか、変わっている。先にEU外務理事会に出席したジョンソン氏は髪を短くして現れた。それまではボサボサの金髪がトレードマークだったが、後ろを短く刈り上げた「大人の」ヘアスタイルになった。サイクリング好きのジョンソン氏は頭にはヘルメット、背中にはリュックを背負って、自転車を一跨ぎする。こうした「いかにも身に着けるものには一切構わない」という様子が、外相就任後「大きく変わった」と英フィナンシャル・タイムズの記者は観察する(7月26日付記事)。頭髪は短くなり、「パリパリの白いシャツ」を着て、スーツを颯爽と着こなすようになった。シリアスな仕事にはシリアスなスタイル、ということだろう。
7月29日、ジョンソン氏は改めてパリを訪問し、エロー外相と会談した。エロー氏はかつてジョンソン氏を嘘つきと呼んだが、今回は「ようこそ」と歓迎の意を表し、ジョンソン氏のフランス語を誉めたりもした。ジョンソン外相はフランスとの協力体制の重要性を強調し、4分にわたるスピーチをフランス語で行ったのだ。自国語に強い自負心を持つフランス側にとって、大きな親善の気持ちが伝わっただろうことは予想できる。
なぜ「外相に向かない男」を抜擢したのか?
メイ首相はなぜ、外相にはもっとも向かないと思われるジョンソン氏をあえてその任に就けたのか?「人気が高いジョンソン氏を内閣に引き入れることで、支持率を上げたかった」「外相になれば海外にしょっちゅう行かざるを得ない。首相への野心があるジョンソン氏を国外に出しておくために外務大臣のポストを与えた」などの説が出た。
しかし、メイ政権が離脱支持という国民の命を受けて発足したからには、離脱運動の中心人物を入れる必要があったという指摘が最も妥当だろう。メイ首相は、ジョンソン氏の外相起用のほかに長い間のEU懐疑派・離脱派であったベテラン政治家デービッド・デービス氏を新設したブレグジット担当大臣にし、同様のリアム・フォックス元国防相をこれも新設の国際貿易担当大臣とした。EU離脱はこの三人で役割分担しながら進めていくことになる。
メイ氏は自分自身が残留派であったため、離脱派の政治家をブレグジットに向けて進む英国の政治の中心に置くことにしたのである。ちなみに、外務大臣から財務大臣に横すべりしたフィリップ・ハモンド氏も根っからの離脱派である。
メイ政権にとって最重要の政治課題はなんといっても英国のEU離脱だ。ジョンソン氏を交渉の中心人物の一人にすることによって、最終的な離脱条件を国民にアピールする役目を持たせたとも言えるだろう。離脱派運動の主導者による交渉や妥協であれば、国民は納得感を持ってその結果を受け入れるはずである。とはいっても、ジョンソン氏自身が細かな交渉過程に深くかかわるわけではない。その職務はデービス・ブレグジット担当大臣やフォックス国際貿易相のものだ。また、英国の外交方針の行方も、外務大臣と言うよりは首相である自分が主導権を握るだろう。
今年はリオ五輪が開催されたが、ジョンソン氏は2012年のロンドン五輪を市長として大成功させた功績がある。開催地決定時は市長ではなかったが、ロンドンに投資を呼び込むために世界をまわり、ロンドンの顔として一大イベントを盛り上げた。つまり、メイ首相はブレグジットを成功裏に進め、英国の優位性をアピールするための旗振り役として、ジョンソン氏を充てたのである。まだまだ判断を下すには早いが、ジョンソン外相は今のところぼろを出しておらず、慎重に歩を進めている。
チャーチルも「大ウソつき」と呼ばれていた
ジョンソン氏の口から奔放な発言が出なくなったことはやや寂しいが、もしまだ同氏が首相になる道を完全にあきらめていないのであれば、外相職を全うしながら次の飛躍を狙っている可能性もある。もう少しで手に届きそうだった首相の座を、いったんは失ったように見えたジョンソン氏だが、まだ先は分からない。
イギリスの英雄ウィンストン・チャーチルは、彼が「荒野の10年」と呼んでいる1930年代、政治的に完全に干されていた。その彼が首相となる機会が訪れたのは、ナチス・ドイツがヨーロッパで猛威を振るっていた1940年のことだった。首相就任後、初めて議会に登場したチャーチルを保守党議員は苦々しく迎えた。当時は前首相チェンバレンへの支持が党内ではまだ強く、チャーチルを「いかさま師」「大ウソつき」と評する人もいた。しかしその後、ヒトラーからの交渉のオファーを断固として突っぱね、英国を一つにまとめあげ、勝利へと導いた。そして世界史にその名を刻んだのである。
ジョンソン氏はロンドン市長在任中の2014年、チャーチルの伝記『チャーチル・ファクター』を上梓している。本書は、逆境にも負けず政治家としてトップの座に就いたチャーチルと自分とを重ね合わせているようにも読める。「冗談」と受け止められた彼の外相就任だが、チャーチルの後継者を自任するジョンソン氏がEU離脱という危機を乗り越えるなかでどのような役割を果たすのか、しばらく目が離せない。
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