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アイデアの是非を顧客に問うという間違い ソニーが抱える新たな「イノベーションのジレンマ」 - 川手恭輔

ソニーは6月29日に開催した経営方針説明会で「ソニーブランドを冠したコンスーマーエレクトロニクス事業の復活」を宣言した。

 7月29日に発表された2016年度の業績見通しにおけるコンスーマーエレクトロニクス関連のセグメント(以下エレキ)の営業利益は、モバイル・コミュニケーションが50億円(-614億円)、イメージング・プロダクツ&ソリューションが220億円(693億円)、ホームエンターテイメント&サウンドが410億円(506億円) と、黒字を維持または達成できる見通しになっている(括弧内は2015年度実績)。しかし、このエレキの黒字化が、新たなイノベーションのジレンマを生み出している。

未来への布石?

 経営方針説明会では「未来への布石」として、シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)やフューチャー・ラボ・プログラムなどを実施していると説明したが、そこで企画し開発した商品をクラウドファンディングに出品したり、ファースト・フライトという自社のクラウドファンディングを立ち上げたりもしている。

 それらの動きを見ていると、長期にわたるエレキの低迷で、ソニーらしさがなくなったと責め立てられた焦りのようなものを感じる。これらの取り組みから生まれたという文字盤の模様が変わる時計や、複数の機器の操作ボタンをカスタマイズできるリモコンや、バンド部分がウェアラブルデバイスなったアナログ時計などの製品を見ていると、2012年7月のハーバード・ビジネス・レビューに掲載された「ビッグアイデアの減少に歯止めをかける」というコラムのスタートアップ(ベンチャー企業)に関する次の言葉を思い出す。

 「起業のコストが劇的に下がり、まったく新しい層の起業家が会社を創ろうとしている。取るに足らない会社を始めようとする創業者は世界を変えたいとは思っていない」

 ソニーに求められている「らしさ」とは、ファッション雑貨の店で売っているような商品をつくることではなく、エレキ事業の真の復活を目指して、ウォークマンのようなビッグアイデアに挑戦することだろう。そもそも、なぜソニーのような大企業がスタートアップの真似事をしなければならないのだろうか。

アイデアの是非を顧客に問うという間違い

 スタートアップがインターネット上で自らのアイデアを紹介し、それを実現するための資金などを賛同者から調達することができる仕組みをクラウドファンディングと呼ぶ。資金提供者の意識は、投資するというより、まだ完成していない商品を安く購入予約するというものだろう。ソニーであれば、お金を払ったのに商品が完成しないというリスクもない。ソニーの目的は資金調達ではなくアイデアの是非を顧客に問うことのようだが、クラウドファンディングはビックアイデアには適していない。

 シリコンバレーのベンチャーキャピタル、Yコンビネータの共同創業者のポール・グレアムは、良いアイデアは最初バカげたものに見えると言っている。新しいプロダクトを生み出した人は、他の人が気づいていない問題に気づき、自分がほんとうに欲しいと思うものを自分でつくった。ほとんどの人がその価値を認識していないアイデアこそが最高だと。

 そのバカげたものが本当にバカげたものなのか、ビックアイデアなのかを見極めるのが、ベンチャーキャピタルの腕の見せ所なのだが、彼らも鉄砲を数多く撃ちまくってきたいうのが実際のところだろう。スタートアップの文化では、それを確かめるために早くプロダクトをつくって市場に投入しろと言われる。そのプロダクトが市場にまったく受け入れられなければ、それが「実際にバカげている」ものだったことがわかる。ポール・グレアムによると、スタートアップが成功する確率は僅か7%だという。

 企業内で新製品の開発や事業化の是非を問う企画会議では、それが既存の自社製品の延長線上のもの、あるいは自社にとっては新規事業でも、すでに競合製品が市場に存在するものであれば、承認者が企画提案の内容を理解し判断することは難しくない。

 しかしその企画が、まだ自社にも市場にも存在しない画期的な製品(またはバカげたもの)の開発や事業化である場合、その是非の判断は難しく、勘やセンスや想像力、あるいは企画提案者を信頼して任せられるかなど、承認者の器量や度量に依るところが大きい。多くの場合、それらを持たない承認者によってバカげたものとして退けられてしまう。その企画が大きな投資を必要とする場合は、何人かの承認者の壁を乗り越えなければならない。

必要なのはビックアイデアを育てる企業風土

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 エリック・リースは著書『リーンスタートアップ』の中で、狙った市場を満足させることができるものに製品を育てる(プロダクト・マーケット・フィット)ためには、プロトタイプの段階から製品を実際のユーザーに使ってもらって「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すことが重要だと説いた。しかしウェブサービスとハードウェアビジネスでは、プロダクト・マーケット・フィットのプロセスが大きく異なる。

 ウェブサービスに必要なソフトウェアは、まず十万円程度のパソコンがあれば開発できる。必要な最小限の機能だけを実装したサービスを公開して実際のユーザーに使ってもらうには、開発したソフトウェアをインターネットに接続されたサーバー上で動かす必要があるが、こちらも最初は年間数万円から数十万円程度でアマゾンなどのクラウドサービスを利用することができる。

 確かにウェブサービスの起業コストは劇的に下がった。そしてウェブサービスであれば、得られたフィードバックによって改良したサービスを公開することも毎日でも可能だ。 そしてそのビジネスモデルは、サービスの利用が完全に無料で広告収入を狙うモデルであったり、フリーミアムと呼ばれる無料サービスと有料サービスを組み合わせたモデルであったりするので、必要な最小限の機能だけを実装したサービスを、多くのユーザーに無料で使ってもらうことも難しいことではない。 

 しかしハードウェアの場合は、プロトタイプをモニターに試してもらうというレベルになってしまうだろう。実際のユーザーに使ってもらいフィードバックを得るには、お金を払って製品を購入してもらわなければならない。最初の製品が、新しいものに飛びつくアーリーアダプターを想定したものであったとしても、求められる完成度はウェブサービスの場合とは比べものにならない。

 iPodやiPhoneの例を見ても、ビッグアイデアのハードウェア製品のプロダクト・マーケット・フィットには少なくとも3年はかかると考えたほうがいいだろう。これは資金的な体力のないスタートアップには非常に厳しい。製品や連携するサービスに改良を加えて「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すことによって製品を市場にフィットさせ、その価値を徐々に多くの人々に理解してもらう。そのような取り組みに自由闊達に挑戦できる企業風土こそが、ソニーらしさなのではないだろうか。

エレキの黒字化で生まれる聖域 

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 D.A.ノーマンの『誰のためのデザイン?』の改訂版には「技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ」と書かれている。人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。

 ソニーのエレキには、スマートフォンやデジタルカメラ、そしてテレビや音楽プレーヤーなどが含まれている。これらの製品は「いつも友人と会話していたい」「家族の大切な思い出を残したい」「エンターテイメントを家で楽しみたい」「どこででも音楽を聴きたい」といった、いずれも多くの人々に共通する「基本的なニーズ」を満たすための「手段」を提供するものだ。

 エレキの黒字化は、株主や世間の批判に晒されながら、多くの従業員に大きな痛みを強いたリストラやコスト削減によって成し遂げられたものだ。今更、そこに自由闊達などという無駄を持ち込みたくないというのは経営の本音だろう。それはSAPなどの別枠の取り組みでお茶を濁しておいて、既存の製品事業ではコストダウンと効率化に邁進し、製品も高機能や高画質や高音質といった、無難そうで理解しやすい機能改善を続ける。しかしそれだけでは、すでに成長が止まった市場を再び活性化するどころか、黒字を維持して行くことすら難しいだろう。

 ビックアイデアが満たそうとする「基本的なニーズ」は、多くの人々に共通するものでなければならない。アクセラレーターやクラウドファンディングの次は、AIやロボティックスといった流行り物に(遅まきながら)手を出すようだが、既存の製品事業を聖域化してしまったのでは「ソニーらしさ」も「エレキのソニー」も復活は望めない。

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