- 2016年08月19日 14:58
ジワジワ来る地方都市論――『地方都市を考える』
- 作者: 貞包英之
- 出版社/メーカー: 花伝社
- 発売日: 2015/10/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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出版社が同じせいもあってか、拙著『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』のサブカルチャー臭を抑えて、もっとキチンと・学術寄りにリファインした内容にも読めた。地方都市の人口移動の問題、住まいの問題、観光の問題、(サブ)カルチャーの問題、等々。のみならず、地方都市の変化の背後にある法的・政治的な変化についてもあれこれ書いてあって、とても参考になった。
たとえば、地方都市では駅周辺が寂れ、幹線道路沿いに商業地が移転して久しい。ただし、それは一段階の変化ではなく、実際には、
1.駅周辺に新しい商業エリアが栄える
2.郊外に商業エリアが流出する
3.巨大ショッピングモールが建設される
4.自治体の土地区画整理事業に相乗りしたモールが造られ始める
といった幾つかの段階を経たものだ。
ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)が記された頃には、地方都市は3.の段階だったが、2010年代の地方都市*1は4.の段階を迎えている。ただ郊外にショッピングモールが建てられるのではなく、地方自治体のインフラ機能やニュータウンまでもが一切合切セットになった、よりアップグレードした生活空間が、あちこちに造成されている。
そうした変化の背景には、もちろんモータリゼーションの浸透や消費個人主義にもとづく価値観の影響もあるだろう。だがそれだけでなく、度重なる大店立地法や都市計画法の改正が変化を促し、人や企業を動かしているという側面を忘れてはならない。そこに、「まちづくり」を巡る住民同意、地方の政治力学の変化、誰が地方にとどまり(または取り残され)誰が地方から移住するのかといった、政治的な問題が加わりながら、地方都市の現状ができあがっているわけだ。
幹線道路に連なるネオンサインも、地方都市で繰り返される“まちおこし”も、経済的・文化的な表徴であると同時に、法的・政治的な表徴でもあるわけだ。この本は、そのことを否応なく意識させる。
本書を読んで、何を感じるかは読者次第
多種多様な側面から地方都市を切り取っているだけに、『地方都市を考える』を読み終えた時の感想やインスピレーションは、読者次第ではないかと思う。町村部で農林水産業に従事している人・地方都市中枢で働くホワイトカラーの人・生まれも育ちも大都市圏の人では読後感は違うだろうし、地方都市の再生を願っている人と没落を確信している人でも違うだろう。
私個人の読後感は、「どうあれ、地方都市は東京の重力と向き合っていかなければならない」だった。
筆者の貞包英之さんは、決して地方都市の将来を悲観しているわけではない。むしろ逆で、地方都市のエネルギーや地元住民の生存戦略のしたたかさにもページを割いていて、“地方都市について、できるだけ「邪念」なく考える”という冒頭のマニフェストを忠実に守っているように読める。
しかし、そういう公平な筆致ゆえに、かえって、地方都市の経済的・文化的・法的・政治的な行く末が、究極的には“東京”すなわち中央の動向によって決定づけられていく構図がジワジワ浮かび上がってくるように私には読めてしまい、落胆、ではないけれども、覚悟を迫るところがあるように感じられた。
もちろん地方都市では、地方の独自性を生かしながら経済的・文化的に発展していこう、自分達の自治をしっかりやっていこうという機運があるし、成功した例も少なくない。他方で、地方都市から大都市圏へ頭脳や資本は流出し、地元経済や地元雇用はますます“東京”の企業への依存を深めていく。地元の文化や観光にしても同じで、地元自身の評価尺度に基づいて発展させていくのではなく、“東京”の評価尺度に基づいて――あるいは“グローバル”の評価尺度に基づいて――みずからを整形し、売り出しているという点では、“東京”への依存を深めていると言える。
地方都市が“東京”の重力と繋がっていること自体は、いけないことではない。ショッピングモールやコンビニができあがって“豊かな地方の生活”が成立するようになったのも、地方都市にも自由度の高い個人生活が浸透したのも、“東京”からの伝播と恩恵があることを、地方に住む人間は忘れてはいけないのだろう。
ただし、これから地方都市がいよいよ力を失い、“東京”の影響力に依存する度合いを深めていくとしたら、地方都市と“東京”の関係性は過去とも現在とも違った、更なる段階に移行することになる。この本に記されたデータを眺める限り、そのように私は予感したくなる。もちろんこれは経済的・文化的な変化だけでなく、法的・政治的な変化を伴ったもので、なかば、地方都市が“東京”に呑み込まれていく従来のプロセスの延長線上に位置づけられるものだろう。
鉄道網や幹線道路網の整備に歩調を合わせるように、これまでも地方都市は“東京”や近隣大都市圏の影響を受け続けてきた。これからもそうだろう。一人の地方都市在住者として、私は、そうした長いプロセスの渦中に自分自身が置かれていることを痛感しながら、この『地方都市を考える』を読んだ。感情的な扇動や一方的なオピニオンの押し付けではないだけに、とことんジワジワ来る一冊だった。
※こちらの一環として。
*1:少なくとも、いくらかの体力が残っている地方都市
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る



