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レスリングと、プロレスの、行動様式から見た違い

先ほど、リオ五輪のレスリング女子48キロ級の決勝で、登坂絵莉選手が終了まであと数秒のところから逆転して金メダルをとった試合を生で観ていた。凄い試合だった。登坂選手、おめでとうございました! 感動しました!

レスリングを観ていて、真剣勝負の厳しさを見た。なかなかどちらも仕掛けられない。一瞬の隙をみて、タックルをしたり、抑えたり。ほんとうにぎりぎりのところで闘っているということが、伝わってきた。

動物行動学で面白い研究があって、動物たちも闘うが、その際、真剣勝負と、遊びで闘うことがある。それで、遊びの闘いにおいては、いくつかの特徴があるのだけれども、一つには、「攻撃」と「防御」のターンがはっきりしているというのだ。

つまり、遊びで闘っている時は、動物たちは、「今は俺が攻撃な」「わかった、オレ、防御するわ」「今度、お前、攻撃しろよ、おれ防御するから」「わかった、じゃあ、オレ、行くね!」と、かわりばんこに闘うというのだ。

一方、真剣勝負、ガチの闘いの時には、どちらがどのような時点で攻撃するか、防御するか、ずっと「オン」で、要するにいつでも行っていいし、行く可能性がある。攻撃と防御を、交代しつつやる、ということはないのだ。

真剣勝負の闘いは、だから、いつでも相手が攻撃してくるから、防御の方も切れ目がなく、表面的には動きがない時間帯が続くことがある。先ほど観ていたレスリング決勝がまさにそうだった。勝負は、最後の数秒の逆転まで、あまり動かなかった。

一方、鍛え上げた肉体、技を駆使して、お互いにあうんの呼吸で「攻撃」と「防御」のターンを繰り返すプロレスは、高度な遊び、pretend playであり、だからこそ観ていて面白いし、派手でもある。ガチな勝負とプロレスは、肉体の鍛錬は共通だが、turn takingが違うのだ。

もちろん、プロレスも、大技をかけたりかけられたりするには、日々の大変な肉体の鍛錬があるわけで、そうでなければ大怪我する。それも一つの文化だし、ガチな勝負のレスリングも一つの文化である。どちらも、観ていて、人間の存在を感じて、心が震える。

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