- 2016年08月16日 11:39
「意外にも充実した政策」「サラ金で供託金を調達」…候補者たちの報じられぬ一面-“無頼系独立候補”たちの戦い(2)-
2/2サラ金で供託金を用意、「レイクがなければ今の私はありません」

都知事選に敗れ続けても、挑戦を続ける候補者も入る。今回が3度目の挑戦となったのが、せきくち安弘氏だ。過去2回は政治ネームの「姫路(ひめじ)けんじ」での立候補だったが、今回はご本人が「もういい歳だし、最初で最後の本名での立候補をする」と語っていた。
ちなみにこれまで政治ネームの「ひめじけんじ」を使う際には、「かつら」を被っていた。せきくち氏は髪の毛が薄いわけではなく、「そういうキャラクター設定」なのだという。選挙運動をするときにはかつらを被り、移動中や休憩中はかつらを外していた。2014年の選挙時には、「有権者に隠し事はいけない」との判断から、演説中にかつらをとってカミングアウトしていた。
実はせきくち氏は7月10日投開票(6月22日公示)の参議院議員選挙(東京選挙区)にも立候補していたため、今年の夏は2回も選挙に立候補したことになる。参議院選挙(東京選挙区)も都知事選も、供託金はそれぞれ300万円だ。いったい、どうやって工面したのだろうか。
「もう大変でしたよ! 都知事選の供託金はほとんど全部、サラ金から借りました。参院選の時は若いときに買った別荘を買値の10分の1ぐらいの値段で売ってなんとかなったんですけどねえ」(せきくち氏)
別荘を持ってたんですか!?
「若い時は海にも行かず、山にも行かず、365日働いていたからね。でも、今回の都知事選の時はお金がほとんどなかった。でも、どうしても出たくて、告示日(14日)直前の12日夜から13日にかけてサラ金でお金を借りまくったんですよね。1日2日じゃ信用情報のデータが他社に出回らないだろうと思って、複数社を一気に回ったんです。
ところが、なかなか貸してくれない。アイフルは50万円貸してくれたけど、プロミスは30万円しか貸してくれなかった。あと、ローカルなサラ金業者にも行ったけど、いろいろと難癖をつけられて20万円しか貸してくれなかった。
『これじゃあ全然足りないよ!』ってイライラしていたところを救ってくれたのがレイクでした。なんと100万円も貸してくれた! そこからアコムも少し貸してくれて、もうほとんどのサラ金に行ったんじゃないかという段になっても、まだ20万円足りなかった。そこで告示前日の夜、遠い遠い親戚に話したら、最後の20万円を貸してくれてぎりぎり間に合った。レイクがなければ今の私はありません」(せきくち氏)
そこまでしてせきくち氏が訴えたかったのは、どんな政策なのか。
「土のある生活への回帰です。だから第一声は、高尾山口でやりました」
せきくち氏は、「23区中心部への一極集中を変える」と訴え続けていた。そのため、最終日の最後の演説も「多摩動物公園」で行なった。自身の政策を選挙運動でも実践したわけだが、結果は1326票で21人中21位だった。
「アナログな掲示板」1万4千か所にポスターを貼る必要はあるか

今回の都知事選が2度目の挑戦となる候補は2人いた。谷山ゆうじろう氏と内藤久遠氏だ。谷山氏は2012年、内藤氏は2014年に初めて都知事選に立候補している。結果はいずれも敗北だ。
2012年の都知事選の際、谷山氏はFacebook上で出馬宣言をした。当時はインターネット選挙が解禁されていなかったため、非常に珍しいやり方だった。しかし、2014年の都知事選には立候補していない。そのため、もう出馬しないのかもしれないと考えていた。
しかし、自分自身を「海外育ちのサムライ」と呼ぶ谷山氏は違った。今回、筆者が都知事選告示日の数日前から選管前で張り込みをしていたところ、谷山氏が立候補届出書類の事前審査のために訪れたのだ。 筆者が「谷山さん、4年ぶりですね」と声をかけると、谷山氏は筆者のことを覚えていた。そして筆者に握手を求める手を差し出しながら熱く語った。
「前回はインターネット選挙が解禁されていなかったけれど、今回はインターネット選挙ができる。もう、今回は勝ったね! 畠山さん! オレたちの世代が変えていこう!」
この一言からもわかるように、谷山氏は常に熱い。街頭演説の導入も、
「トキィオゥ〜〜! ジャパァ〜〜ン!」
という流暢な英語から入る。ラジオDJのような力強い演説で、たたみかけるように訴える。新聞やテレビに報じられないだけで、谷山氏は毎日精力的に街頭演説を行なっていた。そして、その模様を自らFacebookライブで配信していた。街頭演説の回数は、「主要3候補」の一角である鳥越俊太郎氏よりも多い。しかし、谷山氏の動向は選挙戦中、ほとんど報道されなかった。
そんな谷山氏の掲げる大きな政策は「横田基地の返還」。石原慎太郎元都知事が主張し続けても、完全には実現しなかった政策だ。
「今、羽田空港の一時間80フライトを90フライトに増便する計画があります!これを阻んでいるのが横田基地なんです。広さは東京ドーム157個分。また、横田基地の空域は、新潟、長野、山梨も含む1都9県に及んでいます。だから飛行機で東京から大阪に行こうにも、一度、太平洋側に大きくう回しなければならないんです! この横田基地のせいで、JALもANAも自由に航路を決められない!おかしいでしょう! 私は必ずや横田基地を返還させ、国際空港にします! 慎太郎ができなかった政策はゆうじろうが引き継ぎます!」
また谷山氏は「18才の副都知事(公募制)」も提唱した。選挙権年齢は先の参院選から18歳に引き下げられたが、被選挙権は従来のままだ。谷山氏はそこにも一石を投じたいと思ったのだろう。他候補が選挙事務所を構える中、谷山氏は事務所を構えずに選挙戦に臨んでいた。
「僕のポスターは知り合いのお肉屋さんの店頭に置いてもらっています。ポスター貼りをしてくれるという人には、お肉屋さんに行ってもらい、そこから貼れる分だけポスターを持って行ってもらっています」
東京都内の掲示板は全部で1万4163か所ある。これを組織を持たない新人候補がすべて貼るのは現実的に不可能だ。こうしたことも新規参入を妨げる一因だが、無頼系独立候補たちは皆、ポスター貼りに苦労していた。
たとえば選挙の公平性を担保するためにも、選挙管理委員会にデジタルデータを届ければ、一瞬にして都内全域に掲示可能となる「デジタル掲示板」を導入できないものかと思う。
選挙がないときは広告を取れば設置費用の元も取れるし、災害時には災害情報をデジタル表示すればいい。社会も選挙も大きく変わると思うが、そうした公約を掲げる候補は、得てして大メディアに取り上げられない。新規参入を妨げる規制を放置することは、巡り巡って自分たちの首を締めかねないことに早く気づくべきである。



