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クルド人は、イスラエルを熱い思いで見つめる――クルド独立への思い - 高橋和夫

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クルド人の闘い

さて1960年代にクルド人がイラクの中東政府に対して自治・独立運動を始めると、イスラエルのクルド系の市民は、政府に支援を訴えた。しかし、クルド系市民の訴えがなくとも、イスラエルは密かにクルド人を支援していただろう。アラブ諸国の敵意に囲まれているイスラエルにとっては、中東の非アラブ民族は潜在的な味方であった。

クルド人だけでなく、ペルシア人のイランやトルコとの密接な関係もイスラエルは構築していた。そして、クルド人の反乱によってイラクの力が弱まるのであれば、それはイスラエルの国益であった。

このクルド人のイラクでの民族運動を指導したのはムッラー・ムスタファ・バルザーニーであった。ムスタファ・バルザーニーは、自らのバルザーニー部族などを率いて第一次世界大戦後からイラクの中央政府と戦って来た。第二次大戦後にはイランに入り、イランのクルド人地域で成立したクルド人の国家マハーバード共和国の軍事面を担当した。

しかし、1946年にイラン中央政府軍の攻撃で同共和国が崩壊するとソ連に逃れて1958年まで亡命生活を送った。そのバルザーニーが帰国してイラクのクルド人の民族運動の指導者となったのだ。

イスラエルは、このバルザーニーの反乱を支援した。アラブ諸国との戦争で捕獲したソ連製の兵器がイラン経由でイラク北部のクルド人に与えられた。イランとイスラエルは、イランで革命が起こるまでは、実質上の同盟関係にあった。ペルシア人が多数派の国イランと、ユダヤ人が多数派の国イスラエルはアラブ人の国イラクを共通の敵と見ていたのだ。

バルザーニーは、イラク中央政府と時には戦い、時には交渉し、クルド人の自治を確保しようとした。しかしバルザーニーの戦いは、1975年にイランの裏切りによって失敗する。イランが、領土問題でのイラクの譲歩と引き換えにバルザーニーへの支援を打ち切り国境を閉鎖したのであった。孤立したクルド人はイラク軍の攻勢の前に敗退し、バルザーニーは病気治療中に亡命先のアメリカで死亡する。

クルド人の戦いは次の世代に引き継がれた。現在のイラク北部のクルディスターン自治政府のマスード・バルザーニー大統領はムスタファ・バルザーニーの息子である。

これ以降、イラン・イラク戦争、湾岸危機・戦争、イラク戦争など激動の時代を中東は経験した。だが、イスラエルと、イラクのクルド人との友好関係は基本的に変わらなかった。

イスラエルを熱い思いで見つめる

イラク戦争後、イラク北部にクルディスターン自治政府が成立した。イスラエルは、この政府と密接な関係を構築してきた。クルディスターン自治区の首都のエルビルには、イスラエル人が活動している。たとえばエルビルの空港の警備体制などはイスラエルの助言に基づいて運営されているようだ。

もっと実質的な面ではクルディスターン自治政府の支配地域からトルコ経由で輸出される石油の大半を、イスラエルが輸入している。これはイスラエルが輸入する石油の四分の三をも占める量だ。

バグダッドにあるイラク中央政府はイスラエルを承認していない。しかし、イラクの北部からの石油がイスラエルの経済を動かしているわけだ。またイスラエルが支払う石油代金がクルディスターン自治政府の重要な財源となっている。このようにイスラエルとイラク北部のクルド人が関係を深めている。

さて、独立を宣言しなくとも、イラクとシリアでは国家の枠組みそのものが内戦で解(ほど)けつつある。結果としてクルド人が独立に近づきつつある。これからのイラクとシリアの情勢はクルド人の動向を焦点として展開されそうだ。 

そして去る5月14日がイスラエルの68回目の独立記念日だった。国際政治の強風のなかで、強引にイスラエルという国家を樹立したユダヤ人の経験をクルド人は熱い思いで見つめているだろう。

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高橋和夫(たかはし・かずお)

中東研究

福岡県北九州市生まれ。クウェート大学客員研究員などを経て、1985年から放送大学の教員。フセイン元イラク大統領と面会した数少ない日本人の一人。著書に『アラブとイスラエル』(講談社)『イスラム国の野望』(幻冬舎)『世界の中の日本』(放送大学教育振興会)など多数。趣味は俳句、短歌、スカッシュ

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クルド人の風景(クルド問題研究会)

シリーズ「クルド人の風景」では、日本で報道が少ないクルド地域について、毎月専門家がやさしく解説していきます。(協力:クルド問題研究会)

「クルド問題研究会」とは

アジア経済研究所では現在、日本と中東・イスラーム地域との持続的な相互理解のために「中東政策提言研究」を実施しています。この一環として、これまでほとんど日本に情報が提供されてこなかったクルド地域については、基礎的な情報を整理し、長期的かつ幅広い視野を持った枠組みの中で一般国民に情報提供することを目指して「クルド問題研究会」を設置しています。本研究会には、日本国内のクルド問題に関心の高い研究者にお集まり頂き、定期的な情報収集と意見交換を行っています。

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