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- 2016年08月11日 12:51
「声」が集まって影響力が生じる、その形式がネットメディアの普及によって変わりました。私はそれを面白がっているんです。
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「話し言葉」は、話者の能力次第では瞬発力のある影響力爆発を起こせますが、その効果は話が終わると急速に減衰していき、影響力を蓄積することは容易ではありません。対して、「書き言葉」*4は「話し言葉」に比べて影響力の減衰が弱く、蓄積しやすく、特に活版印刷以降はコピーや増幅も簡単です。だからこそ「書き言葉」は過去においてはマジックアイテムと同義だったわけですが、実は、スマホやSNSの普及によってマジックアイテムが各人に配られちゃったってことなんですよ。情報革命とは、影響力革命でもあり、投票革命でもあり、権力革命でもあったわけです。「書き言葉」の製造・流通・集積・消費の流れが変わったことによって、影響力の製造・流通・集積・消費の流れも変わったんです。プロセスも当事者も権力者も変わったと言って良いでしょう。いや、そもそも「声」や影響力や権力の存在様式自体すら変わってしまいました。インターネットによって新しい影響力の文法が表れたとも言えるでしょう。
影響力や権力の存在様式が変わってしまったので、強力な影響力のなかには過去の範疇的な「権力」の定義に馴染まないものもたくさんあるでしょう。でも、目ざとい連中は、政治家候補であれネットビジネスマンであれ未来のテロリストであれ、そういう影響力の文法変化を把握して“うまいことやっている”わけです。もちろん、グズグズと、嫌々ながら影響力の変化に引きずられている者もいますが。
SNSが普及して間もない2009年~2010年ぐらいまでは、そうした変化を噛みしめている人間はSNSユーザーのなかにもまだそんなにいませんでした。でも、みんながSNSに慣れてきた2014~2016年にもなると、「リツイート」や「いいね」を集めて影響力の渦中に立つ人間も、「リツイート」や「いいね」を押して影響力のクラウドをつくりあげる人間も、すっかりネットメディアの影響力合戦に適応してしまいましたよね。何かを燃やす・何かを批判する・はてなブックマークにコメントする時の、ネットユーザー達の顔つき・手つきを見てやってくださいよ! あいつら、ちゃんと権力者の顔をしているんですよ。いまどきのネットユーザーは、自分が書いたり拡散に寄与したりすることで体感される影響力、その影響力の快楽をちゃんと知っています。そういう快楽が、演説するような人間でもなく、テキストや動画をつくれる人間でもない、ただ「リツイート」や「いいね」を押すだけの人間にまで浸透してしまいました。
炎上案件を矢継ぎ早に批判している、あの泡沫アカウントの書き込みを見てご覧なさい! ボウボウ燃える案件を批評し続けるあの書き込みに、自分が影響力を行使していることに酔っている人間の、愉悦が感じられるでしょう? でも、ああいう酔客みたいな、なんでもいいから他人に影響を与えたい・罰を与えたい連中までもが影響力のクラウド形成の一翼を担っていているわけです。
まあ、上記は極端な例ですが、それでも、多かれ少なかれ私達は、自分がネットメディアを介して影響力を行使できるということを肌感覚として知っていて、そこに魅力を感じちゃったりしているのではないでしょうか。
ともあれ、これらは「書き言葉」が一部の人間に独占されていた時代にはあり得なかったことです。こういう新しい状況に立ち会っていることを、私は嬉しく思います。噛みしめれば噛みしめるほど面白い変化ですし、こんな状態が野放しになっているのを眺めていられるのは眼福としか言いようがありません。これからどうなっちゃうんでしょうね? しっかり眺めて、しっかり書き残しておきたいと思います。
影響力や権力の存在様式が変わってしまったので、強力な影響力のなかには過去の範疇的な「権力」の定義に馴染まないものもたくさんあるでしょう。でも、目ざとい連中は、政治家候補であれネットビジネスマンであれ未来のテロリストであれ、そういう影響力の文法変化を把握して“うまいことやっている”わけです。もちろん、グズグズと、嫌々ながら影響力の変化に引きずられている者もいますが。
SNSが普及して間もない2009年~2010年ぐらいまでは、そうした変化を噛みしめている人間はSNSユーザーのなかにもまだそんなにいませんでした。でも、みんながSNSに慣れてきた2014~2016年にもなると、「リツイート」や「いいね」を集めて影響力の渦中に立つ人間も、「リツイート」や「いいね」を押して影響力のクラウドをつくりあげる人間も、すっかりネットメディアの影響力合戦に適応してしまいましたよね。何かを燃やす・何かを批判する・はてなブックマークにコメントする時の、ネットユーザー達の顔つき・手つきを見てやってくださいよ! あいつら、ちゃんと権力者の顔をしているんですよ。いまどきのネットユーザーは、自分が書いたり拡散に寄与したりすることで体感される影響力、その影響力の快楽をちゃんと知っています。そういう快楽が、演説するような人間でもなく、テキストや動画をつくれる人間でもない、ただ「リツイート」や「いいね」を押すだけの人間にまで浸透してしまいました。
炎上案件を矢継ぎ早に批判している、あの泡沫アカウントの書き込みを見てご覧なさい! ボウボウ燃える案件を批評し続けるあの書き込みに、自分が影響力を行使していることに酔っている人間の、愉悦が感じられるでしょう? でも、ああいう酔客みたいな、なんでもいいから他人に影響を与えたい・罰を与えたい連中までもが影響力のクラウド形成の一翼を担っていているわけです。
まあ、上記は極端な例ですが、それでも、多かれ少なかれ私達は、自分がネットメディアを介して影響力を行使できるということを肌感覚として知っていて、そこに魅力を感じちゃったりしているのではないでしょうか。
ともあれ、これらは「書き言葉」が一部の人間に独占されていた時代にはあり得なかったことです。こういう新しい状況に立ち会っていることを、私は嬉しく思います。噛みしめれば噛みしめるほど面白い変化ですし、こんな状態が野放しになっているのを眺めていられるのは眼福としか言いようがありません。これからどうなっちゃうんでしょうね? しっかり眺めて、しっかり書き残しておきたいと思います。
*1:アーキテクチャ、例えば石碑とか寺院とかカテドラルとか。あるいは玉座や錫杖や兜のたぐいも含めて構わないかもしれません
*2:とは言っても、数百年前の市民ってやつは、それなり恵まれたご身分でしたが
*3:ちなみに、インターネット上できわどい売名を行ってあこぎな商売をやっている人達などは、この、少数派でも認知さえされれば“勝ち”という現況をキッチリ生かしているわけです。
*4:補足しておきますが、このブログ記事で私が「書き言葉」と書いているもののなかには、記録音声、動画、石碑やカテドラルも含みます。すなわち「話し言葉」と違って娑婆世界の影響力の相互作用に持続的に作用し続ける性質を持った記録された「声」や「メッセージ」全般が「書き言葉」と考えられていると見做してください。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る



