- 2016年08月11日 12:51
「声」が集まって影響力が生じる、その形式がネットメディアの普及によって変わりました。私はそれを面白がっているんです。
1/4「スマホやSNSが生み出した権力」と、その行方 - シロクマの屑籠
多数決でマナーを決めよう!(仮) - ←ズイショ→
こんにちは、ズイショさん。先日は私のブログ記事をお読みくださり、またreplyを書いてくださり、ありがとうございました。
「スマホやSNSが権力を生み出している」という表現は、あまり良くない表現だったかもしれません。「権力」ではなく「影響力」と書いたほうが良かったでしょうか。私自身は「影響力=権力」という理解を改めるつもりはないので、影響力と書き換えても私自身にとって文意は同じです。
で、影響力が今、社会のどこに存在していて、メディアがその影響力をどんな風に集めたり配ったりしているのか、私が書きたいことを好きなように書いておきます。
原理的には、人間同士の影響力は帝釈天の帝網のように無限に関連しあい、連なっていると私は理解しています。人が集い、人がお互いに影響を受けたり与えたりしながら生きている以上、娑婆世界とは、影響力が働きあい、せめぎあい、拮抗しあう場です。この原理原則から逃れるためには、コミュニケーションをやめなければなりませんが、社会的引きこもりの人ですら、親との間で、あるいは引きこもり支援者との間で、影響-被影響の相互作用を起こしているわけですから、「意識や意志のある限り、人間はコミュニケーションをやめられないし影響力の重力空間を逃れられない」と考えて差し支えありません。
家族同士でも、友達同士でも、中学校や高校のクラスルームでも、影響力はいつだって波及しあっています。誰の言うことなら耳を貸すのか、誰と誰が仲良しなのか、誰が人気者で誰が不人気なのか――これらは、すべて影響力の相互作用の所産です。お互いが対等で仲の良い夫婦関係や友人関係も、それらは影響力や権力が「無い」のではなく、影響力や権力の「勾配が無い」にすぎません。お互いの影響力が拮抗しているけれども、ものすごく影響を受けあっている夫婦や友人同士は珍しくありません。さながら、人間の連星系ですね。
「影響を与える力」、すなわち影響力には色々な種類があって、キチンと整理していないことを承知で幾つか挙げてみると
・他人のアテンションを引き付ける力
・他人になんらかの感情を与える力
・他人の考え方を変える力
・他人に考えることを強いる力
・他人の行動を制限したり強制したりする力
などがあります。そしてコミュニケーションとは他人の行動確率を左右する営みなので、影響力を及ぼすコミュニケーションとは「他人の考え方を変えるか、否か」みたいな作動の仕方をするのでなく、「他人の考え方を変える確率が高くなる」みたいな、確率を変えるものだと私は捉えています。たとえば、クラスのなかにコミュニケーション能力抜群な生徒がいたとしても、「すべての生徒を意のままに操れる」わけではありません。彼の持つアドバンテージとは「他生徒に話を聞いてもらえる確率が高い」「何かを提起した時にクラス内でコンセンサスができあがる確率が高い」といったものでしょう。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
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