- 2016年08月07日 17:48
ケニアでの中国企業襲撃事件の報道にみる中国メディアの変化(六辻彰二)
2/2中国のメディアワーク
これと並行して、中国はメディアを通じた「中国とアフリカの友好」イメージの普及に努めてきました。2006年には新華社がナイロビに拠点を構え、これを皮切りにCCTVやChina Dailyなどが相次いでアフリカに進出。ケニアや南アフリカでは、これらによってウェブニュースも配信されています。これら中国の巨大国営メディアには、政府の宣伝機関としての側面が色濃くあり、その報道は「中国とアフリカの友好」を強調することに主眼があります。そのバイアスの強さは、西側メディアが「アフリカを食い物にする中国」イメージのみを熱心に伝えようとすることと、好対照といえます。
そのため、中国メディアには、否定のしようのないネガティブな話をスルーすることが珍しくありませんでした。例えば、ザンビアでの暴動に関して、China Dailyをはじめとする国営メディアは一切ふれませんでした。その他のケースでも、ほぼ同様だったといえます。
ところが、今回のケニアの事件に関しては、事情が異なります。例えば、China Dailyは8月5日付けの記事「中国人鉄道労働者への襲撃をケニアが酷評」でこの事件を掲載。場所、襲撃者の数、負傷者数などを明示したうえで、ケニア政府がこの襲撃事件を非難したと報じています。自らにとってネガティブな話を伝えるようになったことは、中国のメディアワークに変化が生まれたことを示唆します。
中国のソフトパワーの限界
経済力や軍事力などのハードパワーと異なり、文化、政策、価値観などの「魅力」によって味方を引き付ける力をソフトパワーと呼びます。映画、音楽、留学や学術・文化交流、そして報道などは、その媒介でもあります。米国が超大国たる一つの由縁は、そのソフトパワーが他国の追随を許さないほどに大きかったことがあげられます。そして、中国も2007年以降、「ソフトパワーの充実」を大きな外交方針に掲げています。先述の国営メディアの海外進出は、その一環といえます。
ただし、中国のソフトパワー政策は、通信機器の充実や配信経路の確保といったハードウェアにおいて急速に進んできましたが、「メッセージの内容」、つまりソフトウェアにおいては限界があります。中国政府は「内政不干渉」の原則を掲げ、アフリカ各国の政治や文化に干渉するのを控えてきましたが、これは「伝えるべき理念」の欠如と表裏一体といえます。対照的に、米国の場合、人権侵害や民主化の停滞、さらにはLGTBなど性的少数者への迫害を理由に、アフリカ各国の内政に頻繁に口を出してきましたが、他方で米国的「自由」や「民主主義」は、社会の末端にまで浸透しやすいメッセージといえます。
これに加えて、「政府の宣伝機関」としての側面が濃厚であることは、中国国営メディアが「アフリカにおける中国」のネガティブな話を避ける傾向を強めていましたが、これもやはり、中国メディアにとっての限界でした。つまり、自らにとって都合のよい話や、自らを美化しただけの話が、信頼や共感を得にくいものであることは、洋の東西を問わず同じです。その意味で、「アフリカにおける中国」のポジティブな側面のみを伝えていたことは、中国のソフトパワーを制約するものだったといえます。
ケニアの事件に関する報道にみられる変化
この観点から、今回のケニアの事件をChina Dailyが取り上げたことは、大きな変化といえます。もちろん、記事をよく読めば、基本的に中国の立場を正当化する内容になっています。そこには、
- 鉄道建設の契約では労働者の40パーセントを現地で雇用すると定められていること、
- CRBCが技術指導や技術伝播も行うこと、
- さらに中国企業がこれまでにケニアで3万人の雇用を生んできたこと
などが含まれます。つまり、「CRBCの雇用に問題がある」という若者らの主張が「言いがかり」で、中国はこれまでにもケニアの経済成長と雇用確保に貢献してきた、と暗に主張しているといえます。
さらに、記事では「ケニア政府が」事件を非難したと伝えている一方、中国政府の見解やコメントなどには触れられていません。言い換えるなら、ケニア政府が事件を批判したことの紹介により、中国による地社会への批判を避けるとともに、「現地政府も間接的に中国を支持している」という主旨を伝えているのです。
こうしてみたとき、中国のメディアワークに微妙な、しかし見逃せない変化があるといえます。そこには、これまでの自分たちに都合の悪い話をスルーする姿勢から、あくまで「アフリカとの友好」を強調しながらも、客観的な事実やデータを用い、法的な根拠にのっとって、自らの主張を展開する姿勢への転換があります。すなわち、自らにとってネガティブな話を避けないことで、かえってアフリカや第三者の支持を取り付けることに、中国はシフトチェンジし始めたといえます。そこには、これまでのソフトパワーの限界を乗り越えようとする中国政府の意志をも見出すことができるでしょう。
シフトチェンジの先
もちろん、そこにバイアスがあることは否定できません。例えば、アフリカ専門のニュースサイト Quarts Africa は、CRBCの未熟練労働者への給与が1日250シリングで、同社に抗議活動を行っていた若者らはこれを現地で一般的な1日500シリング(約5ドル)に引き上げるよう求めていたと伝えています。また、CRBCや(発注元の)ケニア鉄道は、取材に応じていないとも付け加えられています。さらに、China Daily に限っても、ケニアの事件に関する記事は先ほどのもの一つだけだったのに対して、ほぼ同時期に行われていたFOCACフォローアップ会合に関しては、連日報じられていました。こうしてみたとき、China Daily の報道が、中国自身の立場を正当化する以上のものでないことは確かでしょう。
ただし、その一方で、少なくとも国際報道において、「自分たちにとってネガティブな話は控えめに、自分たちにとってポジティブな話は熱心に」伝えようとすることは、中国に限らず、ほぼ全ての国に共通するものです。
ここで重要なことは、欧米メディアによるネガティブなトーンの裏返しとして、「アフリカにおける中国」のポジティブな面しか伝えてこなかった中国メディアが、自分たちの主張を押し通しながらも、ネガティブな話を(全く無視するのではなく)伝え始めたことです。つまり、中国国営メディアが政府の宣伝機関であることは変わらないとしても、その報道に不特定多数の視聴者や読者に受け入れられやすい伝え方が導入されたといえます。したがって、少なくともこの点において、中国メディアのアプローチは西側諸国のそれと近づきつつあるのであり、その競争力はむしろ向上しつつあるともいえるでしょう。
※Yahoo!ニュースからの転載
- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者



