- 2016年08月02日 16:04
トランプ現象へのアンチテーゼ?大統領をめぐる回顧録 アイゼンハワーは訪日を強く希望していたが…… - 森川聡一
■今回の一冊■
FIVE PRESIDENTS
筆者Clint Hill 出版社Gallery Books
アメリカは今年、4年に一度の大統領選がある。共和党候補のトランプ旋風の影響で、今年は特に大統領選への注目度は高い。ベストセラーリストでも大統領に関連するタイトルが目につく。党派色が強くスキャンダラスな内容で売り上げを伸ばす書籍も出ている。しかし、本書FIVE PRESIDENTSはそうした露悪趣味とは一線を画す。
ケネディ大統領暗殺の現場に居合わせる
リンク先を見る『Five Presidents: My Extraordinary Journey with Eisenhower, Kennedy, Johnson, Nixon, and Ford』(Clint Hill,Lisa McCubbin 著)
大統領の護衛を担うシークレット・サービスで17年間勤務した筆者による回想録だ。といっても、意外な暴露話が相次ぐという内容ではない。大統領の身近で警護を担当するなかで垣間見た大統領たちの素顔を、おさえた筆致で描き出す。むしろ、読者は物足りなさを覚えるかもしれない。しかし、筆者のシークレット・サービスでの誠実な働きぶりとあいまって、色眼鏡を通さない大統領の実像が浮かび上がる佳作だ。
5月22日付のニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)に9位で初登場し、7月中旬にかけ8週連続でベストセラーリスト上位に顔を出した。7月3日付では5位に浮上していた。
ちなみに、筆者はケネディ大統領が1963年にテキサス州ダラスで暗殺された際、現場に居合わせたシークレット・サービスの一員として有名だ。ケネディ大統領を襲った一発目のライフル銃の射撃音に即座に反応し、大統領が乗るオープンカーの後部に駆け上がり、錯乱するジャックリーン・ケネディ大統領夫人を座席に引き戻したシーンがビデオ映像として残っている。ドキュメンタリー番組などで、その映像をみたことがある方も多いだろう。
さらに、ついでに付け加えると、筆者は当時、大統領ではなく大統領夫人の警護を担当していた。ケネディ大統領夫人の警護を担当した経験をもとに、2012年にはMrs. Kennedy and Me (邦訳は「ミセス・ケネディ:私だけが知る大統領夫人の素顔」)という回顧録も出版しベストセラーとなった。
「強いアメリカ」の象徴・アイゼンハワー
本書の副題にMy Extraordinary Journey with Eisenhower, Kennedy, Johnson, Nixon, and Fordとあるように、1950年代後半から1970年代半ばにかけ、筆者はアイゼンハワーにはじまりケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォードまで、計5人の大統領を間近でみてきた。
大統領を守るという職務に忠実だった筆者は、個々の大統領に関する批評を極力避けている印象が強い。しかし、エピローグの中で、この5人の大統領について総括した部分が端的に、それぞれの政治家の歴史的な位置づけや、アメリカにおける一般的な評価を映していると思われるので参考にしたい。
The five presidents I had the privilege to serve could not have been more different: Eisenhower, the revered general; Kennedy, the charismatic, young intellect; Johnson, the unreserved, deal-making politician; Nixon, the calculating, opportunistic introvert; and Ford, the ordinary man thrust into power.
「わたしが光栄にも仕えさせていただいた5人の大統領は、それぞれまったく違うタイプだった。アイゼンハワーは崇拝される将軍、ケネディは若くて知的なカリスマ、ジョンソンは強気の『決める』政治家、ニクソンは計算高く日和見主義で自己中心的、そしてフォードは、たまたま権力を手にした普通の人間――」といった具合だ。
第34代大統領(1953-61)のアイゼンハワーは西ヨーロッパ連合軍最高司令官として第二次世界大戦を終わらせた英雄で、アジア諸国や南米諸国を歴訪しても、各国で大歓迎を受ける。大統領の護衛を担当する一員として各国の歓迎ぶりに素直に感動する記述が本書の前半には目立つ。国際的にも支持を受ける強いアメリカの象徴として、アイゼンハワーは5人の大統領のなかでも最も尊敬される人物として描かれる。
ところが、アメリカはその後、ケネディ大統領の暗殺、公民権運動による社会的な混乱、泥沼化するベトナム戦争など、かつての輝きを失っていく。第36代大統領(1963-69)のジョンソンも、さまざまな改革を推進する一方で、ベトナム戦争の戦況悪化で夜も眠れず苦しむ姿を筆者は回想している。第37代大統領(1969-74)のニクソンの時代には、筆者は副大統領の護衛に回されたこともあり、大統領に関する直接的なエピソードは減るものの、ウォーターゲート事件で揺れる大統領周辺を冷ややかに描いている。
あえてトランプには触れずに筆をおく
筆者のような世代にとっては、やはりアイゼンハワーが偉大な大統領としての印象が強いようだ。では、筆者はいまなぜ、5人の大統領について書いたのだろうか。次の一節に、その思いをみてとれる。
America’s voters carry the responsibility of choosing the best person to lead our nation, and whoever that person may be, there is one thing for certain: they will face challenges that cannot be imagined at the present time.
As we choose our next commander in chief, we can, and must, learn from the mistakes and successes of our past presidents.
「アメリカの有権者は、わが国を導くのに最善の人物を選ぶ義務を負っている。そして、誰が選ばれるにせよ、ひとつだけ確かなことがある。現時点では想像もつかない困難に大統領は立ち向かわなければならないのだ」
「次の最高司令官を選ぶにあたり、これまでの大統領たちの失敗や成功から、われわれは学べるし、また学ぶべきなのだ」
筆者は第38代大統領(1974-77)のフォード政権の途中、1975年にシークレット・サービスから引退した。筆者はそれ以降の大統領やアメリカの政治について、本書のなかで語ったり批評したりしていない。あくまでも護衛が本分であり政治批評は避ける姿勢が鮮明だ。しかし、この有権者の責任を説く一節を読む限り、ますます劇場化するアメリカの大統領選びの現状を、苦々しく思っているのは確かだろう。特に、トランプ旋風を目の当たりにして、筆者はどう思っているのか。国を背負って苦悩する5人の大統領をそばでみた筆者の胸のうちは想像に難くない。あえて、トランプ現象などにいっさい触れずに筆をおいているところに、筆者なりの現状に対する警鐘が聞こえてくる。
アイゼンハワーが訪日を希望するも……
「ハガティ事件」とは?
さて、日米関係という側面から本書をみると、どういう発見があるだろうか。本書は大統領が外遊した際の、現地での警護をめぐる苦労話が満載だ。しかし、本書ではそうしたエピソードの一例として日本を舞台にした話が出てこない。なぜなら、日本を初めて訪れるアメリカの大統領はフォードまで待たないといけないからだ。フォード大統領が訪日したときには、筆者自身がシークレット・サービスの現場任務からは外れており、本書では日本に関する記述が少ない。アジアでいえば、フィリピンや韓国を訪問したエピソードが豊富なのとは対照的だ。その時代の、アメリカの外交政策における日本の位置を示していて興味深い。
あえて、日本に関する記述をとりあげるとしたら、1960年当時にアイゼンハワーが訪日を希望したときの顛末だろう。アジア各国をアイゼンハワー大統領が訪問する際、シークレット・サービスや秘書官が日本に事前調査で乗り込んだ際の状況を記している。アメリカの駐日大使ら一行が乗ったリムジンが羽田空港を出たところでデモ隊に囲まれたという。日本では当時、岸内閣が新日米安保条約を締結し、反米感情が高まっていた。それでも、アイゼンハワー大統領は訪日を強く希望していたのだが・・・
Five thousand protestors, most of whom were students armed with bamboo sticks, shouted “Goddamn Eisenhower!” and “Yankee go home!” as they surrounded the vehicle. Police were quick to get to the area, but even though they clubbed the students with heavy truncheons, they couldn’t gain control of the situation. The Americans were trapped in the limousine for more than an hour until a helicopter piloted by a U.S. marine came to the rescue.
「抗議者たちは5000人にものぼり、そのほとんどが竹棒で武装した学生で、『くたばれアイゼンハワー!』や『アメリカ人は失せろ!』などと叫びながら車を取り囲んだ。警察はすぐ現場に駆けつけたものの、学生たちを大きな警棒で打ちつけても、状況を変えられなかった。アメリカ人たちはリムジンの中に1時間以上も閉じ込められ、最後はアメリカ海兵隊が派遣したヘリコプターで脱出した」
この騒動は、いわゆるハガティ事件として知られる有名な出来事らしい。本コラムを書いている私自身にとっては自分が生まれる前の事件で、これまで知らなかった。日本でも、こんな物騒なことがまさかあったとは。この一件を受けて、日本は警備を一段と強化したものの、逆に事態は悪化するだけだった。結局、本書が次に記すように、訪日の予定はキャンセルとなった。
Tens of thousands of Communist-led demonstrators overwhelmed the security forces, broke through the exterior gates, and besieged the Parliament buildings. Clearly, the Japanese government could not guarantee President Eisenhower’s safety in this volatile environment, and just days before he was to arrive in Tokyo, Premier Kishi withdrew the invitation.
「左翼が主導する何万人ものデモ隊が警備隊を凌駕して外側の門から押し入り、国会議事堂を包囲した。明らかに日本政府はこの不安定な状況のなかで、アイゼンハワー大統領の安全を約束できなかった。アイゼンハワーが東京を訪問する予定のわずか数日前に、岸首相は招待を撤回した」
当時の日本はアメリカの大統領が足を踏み入れられない危険な国だったわけだ。いまからは想像もできない時代が日本にもあったということだ。いまのアメリカ人の読者は、こうしたエピソードをどう受け止めるのだろうか。基本的に内向き思考のアメリカ人の頭の中に、日本の悪いイメージだけが残らないように祈りたい。
ベストセラーは多くの人が読む本だけに、そこに盛り込まれている何気ないイメージやメッセージは、広く大衆に刷り込まれる可能性があるだけに、軽視できないのだ。
シークレット・サービスの管轄はなぜ財務省?
さて、最後にトリビアをひとつ。アメリカのシークレット・サービスはどの行政機関の管轄かご存知だろうか。FBIなどが真っ先に頭に浮かぶ人が多いだろう。実は、答えは財務省だ。シークレット・サービスはもともと別の任務を担っており、後から大統領の護衛という任務が加わった歴史的な経緯がある。本書でも次のように説明がある。
The U.S. Secret Service is one of the oldest law enforcement agencies in America, created in 1865. Its original mission was to investigate and prevent counterfeit currency, which was rampant after the Civil War and threatened to destabilize the country’s economy.
「米シークレット・サービスは1865年に設立した、アメリカの中でも最も歴史がある法執行機関のひとつだ。そのもともとの任務は貨幣の偽造を捜査し防止することだった。南北戦争の後、偽造が横行し国の経済を不安定にする恐れがあったのだ」
さまざまな薀蓄を身につけられるのもまた、ベストセラーを読む楽しみである。
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