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ニースでの惨劇、想像を絶する貧富の差 - パスカル・ヤン

 日本では歌にもなっているが、「リヴィエラ海岸」という言葉はあまり聞かない。イタリア側もリヴィエラというからだろう。日本ではパリのエアポートをシャルル・ド・ゴール空港と言うが、フランス人から聞いたことはない。必ずロワシーというのだ。同様に、リヴィエラとは言わずコート・ダジュールと呼ぶ。フランスでも北の人たちは、紺碧色の海岸を意味するコート・ダジュールを発音するときに一呼吸おく。それ程に、口からよだれの出る場所だ。

 最近コート・ダジュールの大都市ニースで大きなテロがあった。大型トラックが群衆をなぎ倒したとのこと。事件の大きさや経緯は数々の説明がなされているが、日本ではピントこない。そして、この事件も記憶の谷間に落ちてしまい、いつの間にか脳裏からも消え去ってゆくことであろう。

 南フランスこそが地上の楽園という事を知らなければ、今回の事件もよく理解できないであろう。そこで一言。

 日本人でフランスを経験している旅行者も少なくない。しかし、ニースまで足を伸ばす人はどれほどいるだろうか。北野武が紋付き袴で階段から降りてくるシーンで有名なカンヌ映画祭のある街からグレース王妃のいたモナコ公国のあるモナコ、モンテカルロ、五木寛之の小説『変奏曲』の舞台となったマントンあたりはイメージがあるかも知れない。マルセイユもなんとなく聞いている。きわめて大雑把に言えばマルセイユからイタリア国国境までのおよそ200キロが地上の楽園だろう。

 残念ながら、除くマルセイユだ。幸せの出発点は、画家セザンヌの故郷AIX-EN-PROVENCE(エクサンプロバンス)となる。その昔は、マルセイユは、神戸、横浜のような美しい港町であった。今は違う。美しいものすべてが数十キロ離れたAIX(エクス)に移ってしまった。フランスには、ほかにもAIXという街がおおい。古語で水という意味のようだ。エクサンプロバンスは井戸の街で、画家ばかりではなくおいしい地下水の街でもあるのだ。

 そこから南に行くと、米人はカクテルに使うカシスの語源だと信じているCAISSIS(カシ)がある。地味ながら美しい漁港だ。タイヤのミシュラン一族のお城もある。少し東に行くと、フランスの呉ともいえる海軍の基地TOULON(トゥーロン)がある。

 さらに進めば、最高級リゾート地ST-TROPEZ(サントロペ)だ。沖合の島も含めて、金持ちが自分の舟で行くところなのだ。鉄道がないので迷い込むジャポニカもいない。ここまでくると、セレブたちの特別地区となる。立ち入り禁止ではないが、ビブロスホテルに普通の感覚では入り込めない。最近は知らないが、その雰囲気に圧倒されてしまい身の置き場がない。穴があったら入りたくなる。西麻布がおしゃれなように、不便でひなびた漁村が、隠れた一等地になってしまったのだ。スイスのサンモリッツ、イタリアのポルト・フィーノも同様であろう。

 ところで、北アフリカからのフランスに戻った人をピエ・ノワール(黒い足)という。差別用語かもしれないが自分たちもそう呼ぶ。引き上げ者だ。白人なのに現地に入り込んだので足だけ黒くなったと言う意味だろう。アルジェリアで財産を作り、独立で失ったフランス人たちは引き揚げ者としてコート・ダジュールに住んでいる場合も多い。何に対しても雄弁なフランス人であるが、アルジェリアを含むマグレブ問題に関してはあまり発言しない。

 アルジェリア独立戦争の鎮圧に駆り出された精鋭のパラシュート部隊やアルペン部隊の生き残りによれば、言葉も通じることが多いアルジェリア人との戦いでは、テロと拷問、報復が日常であったようだ。部隊の仲間が死んだりするとむやみに村人を殺したとも聞いた。兵士が語る武勇伝かもしれないが。そんなアルジェリアはフランスと特別な関係だ。少し、意味合いは違うが両隣のチュニジア、モロッコでもフランス語が普通に通じる。これらの国をマグレブと呼ぶが、対岸の豊かな生活を見るとカスバに住む貧民やフランスからの独立戦争で負傷した老人たちは何を感じているのだろうか。彼らはイスラム教徒だ。

英国人の散歩道

 ニースでのトラックテロのあった場所は、日本語に訳せば英国人の散歩道となる。英国は世界で最初の産業革命の結果、惨めな労働者階級と豊かな資本階級に別れた。一部の豊かな英国人がスイスや南仏に長旅に出ることをグランド・ツーリズムと称した。現地の漁民や木こりは、なぜこんなところに英国人がやって来るのか理解できなかった。しかし、直ちに観光が産業になることを悟り前のめりになった。にわか名物のカステラこそは売り出さなかったが、観光ビジネスは隆々として育った。その裏側にはオリバー・ツイストなどのディケンズの小説の世界があり、15時間も坑内で働く未成年もたくさんいたことであろう。

 現代社会でも、一見幸せそうに見える先進諸国でさえ、自らの両親より豊かな生活ができる人は激減するそうだ。

 南フランスのけだるい天国感は、貧困と富裕、退廃と節度が渦巻いているのだ。今回の犯人はチュニジアの青年と聞いた。イスラム云々のまえに、想像を絶する富裕とその真逆の貧困が対立し始めたと感じる。はからずも、その日は市民が200年とすこし前に雄叫びを上げた7月14日だった。高級別荘300億円の値段を見たことがある。

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