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損か得かだけ…? TPPの議論に違和感 - 中原岳

母方の祖父母宅は,佐賀県小城市内で農業を営んでいる。今は伯父が中心になって米を作っており,毎年6月の田植えの時期には,筆者の家族も手伝いに駆けつける。筆者も,何回か手伝ったことがある。

田植えの風景機械化が進んだとは言え,田植えには重労働が伴う。例えば,数センチメートルに育った稲が入った苗床を田植え機まで運ぶ作業は,今でも人の手で行われる。苗床は水分を含んでいるため重く,慎重に扱わないと崩れてしまう。田植え機がある今こそ家族や親戚などを動員すれば事足りるが,昔は山間部に住むお手伝いさんを呼んで,一緒に仕事をしていたそうだ。

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ただ,農作業の合間に交わす会話はとても楽しい。昔話や近況報告など,話題は多岐にわたる。人のつながり,絆を実感できる時間だ。農作業には親類縁者を結び付け,地域コミュニティを活性化する役割がある。佐賀県は「地域力」の象徴とも言える消防団の組織率が日本一高いが,農作業中の協働や雑談も組織率の高さと無関係ではないだろう。

また,田植え中には多様な生き物に出合う。河川改修や圃場整備などで水田の環境は激変したが,カエルもサギも健在だ。メダカのことを英語で「Japanese rice fish(稲の魚)」と言うが,これも水田やその周辺に生息していたことから名づけられた。生き物と人間の生活圏は,互いに重なり合っている。「めだかの学校」「どんぐりころころ」などの童謡に数々の生き物が登場するのも,人間と共生してきた証拠だ。

例えば,ドジョウは田に水を引くための農業用水路などを棲み家としている。繁殖期には水田に入り,そこで産卵する。水田の水温は比較的高いため,ふ化するまでの時間を短縮でき,天敵に狙われるリスクを低減できる。そして,ドジョウの稚魚は田の水がなくなる前に用水路へと移動する。ドジョウにとって人が造った水田はなくてはならない場なのだ。

しかし,用水路からポンプを使って田に水を入れるシステムが普及し,ドジョウが水田に入りづらくなった。また,用水路がコンクリートで固められた結果,ドジョウの生息に欠かせない泥や湿地が失われた。ゲンゴロウなどの水生昆虫やメダカなどが姿を消しているのも同様の理由だ。効率的で経済的な農業を行うには,ポンプによる配水システムや三面コンクリートの用水路が有効なのだろうが,生き物にとっては非常に生息しにくい環境なのだ。

ところで,環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に日本が参加する可能性が高まっている。経済界は関税の削減,撤廃により,貿易が活発化し,輸出を増やして経済成長につなげることを目指している。一方,日本の農業は国際競争力が弱く,関税が撤廃されると安い輸入農作物に負けてしまう恐れがある。そのため,農業関係者はTPPへの参加に強く反対している。

ただ,TPPの議論を聞いていつも疑問に思うのは,ほとんどが経済的に損か得か,という話題に終始している点だ。つまり,地域コミュニティの維持や自然環境の保全といった視点が完全に抜け落ちているのだ。先日,ある全国紙が「農地の大規模化を行うために零細農家の切り捨てもやむなし」という社説を掲載していたが,経済的な損得勘定でしか考えていない典型例だと言える。

昨年の流行語になった「無縁社会」や東日本大震災を契機に,地域コミュニティのあり方が問われている。また,昨年は国際生物多様性年で,愛知県名古屋市で開かれた「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」も記憶に新しい。COP10では人の手を加えて自然環境を保全する「里山イニシアチブ」を日本政府が提案し,合意に達した。しかし,地域コミュニティも自然環境も重要なテーマなのに,これらに多大な影響を与えるTPPの議論ではほとんど語られない。この矛盾に筆者は違和感を抱いている。

TPPの推進派も反対派も,水田を単なる「穀物工場」としか思っていないのではないか。しかし,先述したように水田には多様な役割があり,同時に人為的影響も受けやすい。ここが工業分野とは決定的に違う点だ。

TPPに参加した場合,農業生産の効率化を進めるために,用水路はますますコンクリートで固められ,農業の担い手も家族中心から,さらに大規模化して利益を追求する会社中心へと変化するだろう。また,人件費を抑えるために機械がほとんどの農作業を行うようになり,農地から人も生き物も姿を消す。確かに,現状でも農業分野の高齢化と後継者不足は悩みの種だが,このままTPPに参加しても,本当の意味で農業や農村地域を救うことにはならない。日本の農地がグローバリズムの波に飲み込まれた後でも,地域コミュニティや自然環境は果たして維持できるのか。

来月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議は,日本がTPPに参加できるかどうかの,最大のヤマ場とされる。早まった決断が,後に農家の営みや国土を破壊しなければ良いのだが。

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