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中東君主国と「生前退位」問題 - 村上拓哉

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院政が生み出す二重権力

 宮廷クーデターのように君主の意思に反する退位が強制されるのと対照的に、君主の意思一つによって自由に退位が可能である、というのも同じく問題含みである。もっとも、この問題は二つの相反する要素から成っており、一つは退位した君主が権威や権力を持ち続け二重権力が生じかねないという問題、もう一つは君主が恣意的に職務を放棄しかねないという問題である。

 前者は、院政という言葉があるように、日本の歴史上においても馴染みの問題と言えよう。他方、現代の中東では、君主が自発的な意思によって生前退位をすることは稀である。君主が政治的な権限を皇太子や首相に分散させ、日常の政務・公務から遠ざかる例は多いが、君主の地位は死ぬまで保持することが一般的だ。例えば、サウジアラビアではファハド国王が1995年に脳卒中で倒れ職務の遂行が不可能になったが、2005年に死去するまでの10年間、アブドゥッラー皇太子が事実上の統治者として政務・公務の全権を担ったものの、王位はファハドが持ち続けた。

 UAEでも2014年1月にハリーファ大統領(アブダビ首長)が脳卒中で倒れ、現在に至るまで一度も公の場に姿を見せていない。そのため、アブダビ皇太子のムハンマドが実質的な国家元首として振る舞っているものの、連邦政府の大統領、そしてアブダビ首長国の首長という地位は、ハリーファのままである。もっとも、これらはいずれも病気を理由にしたものであり、仮に生前退位が行われたとしても院政のように前の君主が権勢を振るうことは期待できなかろう。

そのため、2013年にカタルの時の首長ハマドが、息子のタミーム皇太子に生前譲位を行ったことは、従来の慣習を破るものであり内外で驚きをもって迎えられた。サウジアラビアやクウェイトなど近隣の湾岸諸国の君主の年齢が80歳を超えるなか、当時ハマドは61歳とまだ若く、健康を害しているという噂もなかった。ハマドが生前譲位に踏み切った理由は定かではないが、これまで2回連続で宮廷クーデターによる王位の交代が行われていたカタルにおいて安定的な権力の委譲を行うこと、そして自身が推すタミームへの王位継承を確実なものとすることが目的だったと考えられている。

 ハマドからタミームへの交代は、当時カタルの外交方針が近隣のアラブ諸国と競合・対立関係にあり、サウジアラビアやエジプトとの関係が悪化していたことから、こうした路線を転換させる契機にもなりうると見られた。しかしながら、タミームが外交においてもハマド同様の路線を進めることが明らかになると、実際の外交案件を握っているのは依然としてハマドであるという見方も出てくるようになり、タミームには決定権がないと評価する向きもある。

 政策決定過程が外から見えないため、ハマドがタミームにどのような影響を及ぼしているかは不明である。しかし、ハマドが皇太子の座を3男のジャーシムから4男のタミームに移した背景には、当然ながらタミームを自身の後継者として選ぶのに好ましい素養があったからであろう。院政による二重権力の発生が問題になるのは、権力者のどちらの判断が優先されるのかが判然とせず、両者の間に権力闘争が発生するからであろう。退位した君主と新たに即位した君主との間に政策上の不一致がほとんどないのであれば、二重権力による問題は避けられると考えて良い。

 翻って、日本の天皇制について考えてみると、政治的な権力を有しておらず、内閣の助言と承認によって国事行為を行う天皇という地位は、仮に生前退位が実現したとしても、権力の二重構造が生じる可能性は極めて低いのではないだろうか。

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