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乃木坂46が求めた「コンセプト」 - 乃木坂46論 第7回

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香月孝史(ライター。著書に『「アイドル」の読み方』〔青弓社〕、アイドル関連の記事多数)

欅坂46の強固なコンセプト

 2016年春のアイドルシーンを席巻したのは、欅坂46のデビューシングル「サイレントマジョリティー」だった。乃木坂46の新プロジェクトとして結成されたこのグループが同曲で見せつけたのは、シリアスな楽曲や詞の世界観から衣装、振り付けなどの視覚面まで、細やかに基調を統一させることの強さである。体制に黙従する人々の姿と、それを打破する若者の意志とを対照させて描く同曲では、メンバーのコスチュームに学生的な制服というよりは軍服調のエッセンスを取り入れた。振り付けを通じて上演されるのは、統率される人々の不気味さと、一転して個々が意志をもって躍動していく瞬間の強さとのコントラストだが、軍服調の衣装はこれら双方の表現に対してきわめて相性がよく、効果的なビジュアルを生み出している。また渋谷を舞台にしたこの曲のミュージックビデオでは、背景のビルボードに監視を暗示する瞳の記号を浮かび上がらせながら、再開発中の東急東横線渋谷駅前の工事現場内部にロケーションをとり、16年現在の東京の姿を映像に刻印することで、虚構的でありながら、具体的な時と場所に紐づいた現実ともリンクするようなリアリティーを描いた。

 一連のクリエーションに見いだせるのは、欅坂46デビューにあたってなされた、楽曲とグループ全体のコンセプト固めの細やかさである。AKB48グループや乃木坂46といったアーティスト群をプロデュースする秋元康は、順調すぎる組織の拡大にともない、年を追って手がけるグループの数が増加している。そのため、実際のところ各グループの楽曲リリースに際しては、クリエーションにあたって各要素の足並みや色調が必ずしもそろわず、統一したコンセプトを貫けていないケースも少なくない。しかし、そうしたなかで新たに結成された欅坂46に関しては、既存のファンの外にまで届く強烈なコンセプトを、クリエーションの細部まで行き渡らせている。

秋元康と「コンセプト」

 ところで、秋元のプロデュースにとって、この「コンセプト」という単語は古くから発想の起点にあり続けてきた。秋元康名義の初期の書籍に、1986年刊行の秋元康総監修『SOLD OUT!!』(扶桑社)がある。秋元が「業界でサクセス」するためのノウハウを講じる体裁をとったこの書で、「作詞術」「業界の傾向と対策」に先んじて語られるのは、売るためのコンテンツが「コンセプトを持つ」こと、すなわち企画全体を牽引する統一的な基調やイメージをもつことの重要性である。ここでレクチャーされる「秋元康流コンセプト」は、この時代特有の軽佻浮薄な文体とも相まって、秋元と「コンセプト」という単語との相性のよさをあえて遊ぶようなちゃかし加減のものでもあるが、同時に作詞家や音楽産業の従事者として以上に、「企画屋」としてのキャリアを歩む秋元の成り立ちが垣間見える。

 さらに同書の巻末には、漫画家しりあがり寿による秋元をモデルにした漫画が掲載されているが、そこでは「救世主」秋元のもとに人々が群がり、有名になるための「コンセプト」を我先にと秋元に乞うさまが戯画的に描かれている。あるコンテンツに対して、その基調となる「コンセプト」を秋元が付与していくことで「サクセス」する商品となり、またそうした仕事によって秋元が時代特有の軽みをもちながら時代の寵児になっていく。さらには、その己に対してさえ、「コンセプト提供を強みにしたヒットメーカー」というコンセプトを付与し、ほとんど露悪的に軽薄な振る舞いを見せながら「秋元康」を演じてみせることで、自身を否応なく強いインパクトを放つ商品にしてしまう。『SOLD OUT!!』からはそんな秋元の青年期の営為をうかがうことができる。

 もちろん、『SOLD OUT!!』に見られる1980年代の秋元の自己提示は、時代の空気も大きく異なる2010年代の欅坂46「サイレントマジョリティー」とは、その気分において到底似つかわしいものではない。それは1980年代半ばと今日との時代感の差にもよっているし、コンテンツの性格や、『SOLD OUT!!』から30年を経て秋元がもつようになったスタンスやパブリックイメージにもよっているだろう。付け加えれば、そもそも「コンセプト」の多様さによって、虚構的な世界観を無数に生み出してきたのが秋元という人物である以上、その作品が描く世界や主張を逐一、秋元個人の信念や価値観と素朴にシンクロさせて考えることなどできようもない。個々の秋元作品が示す直接的なメッセージについていえば、それらに一貫性はない。彼に一貫性を見いだすとすれば、各時代の風を読みながら「コンセプトの付与者として立ち回る」という点でだろう。「軽薄なヒットメーカー秋元康」像も、「2016年の気分をシリアスに反映させた楽曲としての「サイレントマジョリティー」」像も等しく、秋元が「コンセプト」を軸に発信することで世にインパクトを与えたコンテンツである。

乃木坂46と「リセエンヌ」

 ただし、この連載がテーマにしてきた乃木坂46と「コンセプト」の関係についていえば、そう順調なものではなかった。

 乃木坂46発足当初、秋元はフレンチポップス調の楽曲をグループの差別化戦略のひとつに掲げた。その「コンセプト」はデビューシングル「ぐるぐるカーテン」などの初期活動に反映されているが、それにともなって秋元が掲げたキーワードが、「リセエンヌ」というものだった。秋元は以下のように説明する。

  よく乃木坂46らしいと言われる「女学生風」とか「清楚」というキーワードも、フレンチポップス風の楽曲が出発点になっていると思います。最初に堀越絹衣さんに衣装をお願いしたのも、パリのおしゃれなリセエンヌをイメージしていたからですね。(「日経エンタテインメント!」2015年2月号、日経BP社)

 字義だけでいえば、リセエンヌはフランスの女子学生を意味する言葉である。ただし、カタカナ語として日本に受容された「リセエンヌ」はそれ以上の、ある時代感覚を背負ったイメージをもっている。日本の若者文化のなかでリセエンヌというフレーズがしばしば用いられたのは1980年代のこと。女性向けファッション雑誌「Olive」(マガジンハウス)が、憧憬の対象として提案した言葉がこのリセエンヌだった。

 酒井順子はリセエンヌを紹介・礼賛する1980年代前半の「Olive」を参照しながら、一定の世界観を打ち出して読者に提示するための“キャラクター”として「Olive」が「リセエンヌ」を発見したことを考察している(酒井順子『オリーブの罠』〔講談社現代新書〕、講談社、2014年)。酒井は当時の時代背景に関して、「ファッションブランドにおいても雑誌においても、キャラクター戦略が功を奏した80年代前半。我々はまだ、「憧れる力」を持っていました。それはオリーブ少女のみならず、日本という国全体に、「自分達はまだ発展途上なのだから、目標を見つけてそちらの方向へと進んでいきたい」と、何かに憧れる気持ちが満ちあふれていたのです」と述べる。

 一方で、アメリカに対してであれヨーロッパに対してであれ、ある特定の「先進国」のライフスタイルを理想として憧憬する志向が薄れていくのもこの1980年代である。酒井もまた「安定期」を迎えた現在の「日本の女子高生」にとっては、単純な憧れの対象になりえないであろうことを観測しながら、まだ憧れの対象を外国に求めることが著しく有効だった時期の“キャラクター”としてリセエンヌを振り返っている。

 先に参照した秋元の書籍『SOLD OUT!!』にもうかがえるように、1980年代の秋元はすでに若者文化の担い手として勢いに乗り、また当の「Olive」にコラム連載をもってもいた。おそらく秋元にとっては、自身が社会に頭角を現した時代の若者文化の記憶とともに、このリセエンヌという言葉がある。

 けれども、2010年代に誕生した乃木坂46のメンバーに実感として「リセエンヌ」はインストールされていないし、また受け手たちにとっても今日的な単語ではないはずだ。まさに酒井が指摘するように、現在の若年層にとってリセエンヌは、「ここではないどこか」として単純に憧憬の宛先になるものではなかった。もちろん乃木坂46初期の楽曲を方向づけたのはフレンチポップス的な要素であり、その後のグループのイメージづけの下地に秋元が考える「リセエンヌ」観は忍び込んでいるのかもしれない。しかし、「リセエンヌ」自体が、今日の若年層にとって実感的な像を描ける単語でないのならば、それは確固たる目標にはなりにくい。実際、グループのコンセプトとして、リセエンヌはその後、代表的なフレーズにはならなかった。

 他方で、やはり乃木坂46に付与され、そしてグループを表す最もキャッチーな代名詞になったのが、「AKB48の公式ライバル」という、アイドルシーン内での立ち位置を意識したコンセプトである。

基準なきコンセプト

 いうまでもなく、2011年当時、AKB48はすでにアイドルシーンのトップランナーであるばかりでなく、社会全体を取り巻くように巨大なメディア的存在になっていた。そのAKB48の公式ライバルというフレーズは、少なくとも何を目指しているのかは即座に了解される。その点だけでいえば、そのコンセプトはこれ以上ない明快な一手のはずだった。

 しかし、AKB48の公式ライバルという二つ名はむしろ、当の乃木坂46メンバーたちを戸惑わせるものに見えた。この連載でときおりふれてきたのは、乃木坂46をことさらにAKB48の「ライバル」として見立てる根拠の希薄さだった。

 そもそも、エンターテインメントの形式としても、知名度やキャリアとしても説明不要の存在であるAKB48に対して、デビューしたばかりの乃木坂46は何をもって「ライバル」なのかが明確ではなかった。さらにいえば、比較対象となるAKB48とその姉妹グループは、まさに「コンセプト」がきわめて強い。地域に根ざした常設劇場をもって連日のライブをおこなうことで、グループの進化を常に「現場」レベルで見せるその上演形式は、AKB48の基本スタイルとして繰り返し語られてきた。それは、AKB48がマスメディアへの大量露出を果たし、既存のファン以外に表層的なレベルで強烈に訴える存在になって以降も変わらない。さまざまなメディアへの大量露出というマスへの訴求と、常設劇場を軸にしたコア層への訴求という2つの戦略は、いまやAKB48グループを維持する両輪になっているが、社会のなかでグループの大きさが変化していっても常設劇場の規模は変わらず、そうした「現場」では、ときにマス的な消費とは枠組みや価値観が大きく異なる受容や評価づけが繰り返されている。現在ではあまりにも当たり前の形式として受け入れられているが、常設劇場を基盤としたAKB48のスタイルはまず、それ自体が世に提示する「コンセプト」として実に強靭だった。

 この上演形式については、秋元がかねてから意識していた宝塚歌劇団などの枠組みや小劇場への憧れといった点からの考察も可能だが(「第1回 乃木坂46はAKB48の「影」なのか」を参照)、この方針は折しもジャンル全体が「現場」中心へと傾斜していく女性アイドルシーンとの相性もよかった。というより、アイドルをライブやイベントなど「現場」で受容するという傾向が主たるスタイルになっていったこと自体、AKB48の功績によるところが大きい。ライブイベントが豊富であることは、アイドルシーンに参入するにあたっての標準装備のようになっていった。

 その標準装備が、乃木坂46には乏しかった。ライブという「当たり前」の装備をもっていないことは、デビュー以降しばしば「弱さ」として受け止められた。かといって、デビューしたばかりのグループに、あらかじめその代替となるような武器はない。そのなかで与えられた「AKB48の公式ライバル」というコンセプトは、その言葉だけでは能動性をもちようがないものだった。アイドルシーンの基本装備をもたない新人グループを置いてけぼりにするようなこの大仰な看板は、「リセエンヌ」とはまた別の困難をもたらす、つかみどころがない枷でもあった。

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