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理念を疑わない論調の責任

 暴力団幹部の裁判を担当する裁判員に声をかけた、指定暴力団の元組員が、裁判員法違反(威迫、請託)で起訴された件に絡めて、裁判員制度ついて7月20日付け朝日新聞が社説で取り上げています。タイトルは「裁判員威圧 制度の意義再確認を」。内容はタイトルからも想像できるように、重大事件関与は市民が裁判に直接参加する制度の意義に直結しているのだから、それを再確認し、こうした事態があっても制度は進めていこう、という話です。辞退率が増えているなか、敬遠傾向に拍車がかかることを恐れた推進派大マスコミが「ひるむな」と訴える、ある意味、予想通りの展開ともいえます。

 この社説のなかには、こんな一文が登場します。

 「今回の事件を、市民参加の意義をいま一度確認する機会にしたい。『無理して裁判員裁判をやる必要はない』という方向に流れてしまっては、私たち社会全体が理念を放棄し、無法に屈することになりかねない」

 このレトリックは、「テロに屈するな」という国家のスローガンを連想させます。こうした裁判員への圧力で、「改革」が掲げた理念が放棄されてはならない、というのは、テロという暴力を絶対に許してはならないという論法と同様に分かりやすい。しかし、当時にこれは国民を盲目的な思考に導くものともいえます。つまり、なぜ、こういう事態が発生しているのか、根本的なところに考えを及ばせないようにする力があるスローガンだからです。

 「無理して裁判員裁判をやる必要はない」という考えは、理念の理解度の問題だけで生まれているものでも、威迫の恐ろしさだけで生まれているものでもありません。制度の無理、その無理を推して推進することの「価値」への了解度にかかわっています。死刑関与を含めて「裁く」ことの重さよりも、市民参加の理念の正しさや、さらには前記事実に反した、まるでやる気次第で「誰でもやれる」とか、「裁判官も一緒だから大丈夫」といったイメージ作りで制度をスタートさせたツケが、敬遠傾向が止まらない制度の現実となって回ってきているとみるべきです。

 裁判が民意と離反し、そこをなんとかしなければならないということに正当性があったとしても、それをどうしても市民の直接参加によらなければならないのか――。現実に起きていることは、もはやその理念をもう一度見直すこと迫っている、というよりも、そう考えなければならないところに、制度が来ていることを示していないでしょうか。テロという暴力をなくすことには正当性を見出せても、なぜテロが起きているのかの根本的な問題にメスを入れず、力の制圧だけで、国際平和や安定が築けると本気で考えていない人は沢山いるはずです。

 そして、今回の司法「改革」にあって、いまや理念の「正しさ」にしがみつくスローガンが、その根本的な見直しを阻害し、議論を縛っているのは、裁判員制度にとどまらないようにとれます。

 北海道弁護士会連合会の定期大会と併せて行われた7月21日の若手弁護士カンファレンスについて取り上げた、弁護士法人岩田法律事務所のブログエントリーが、同会会長の次のような当日の冒頭挨拶の大要を紹介しています。

 「既にロースクール出身者が弁護士の4割、10年以下の会員が5割を占めるようになり、若手の意見を聞くことが今後の日弁連の成り行きを左右する。法の支配を社会の隅々までという目標に向けてやっているが、弁護士業務は人数増に比例して増えていない。民事分野で利用しやすく頼りがいのある司法を実現することが大切だ」。

 現状認識として、違和感なく理解してしまう人も少なくないとは思います。しかし、ここにもこの「改革」の理念といえるものが登場しています。「法の支配を社会の隅々まで」。そもそも「社会の隅々」論がいうような司法活用論で登場する「法の支配」という言葉の使い方には、誤用とみる余地もありますが(「『法の支配』というイメージ」)、今、起きていることは、この理念を軸にして考えるべきことなのか。むしろ、こうした「社会の隅々」論が何を成り立つ前提として考えていたのか。そこに無理や間違いがあったのではないかを考えなければならないというのが、会長も言及している弁護士増に比して業務が増えない現実が教えている方向ではないのか――。

 前記法律事務所ブログは別のエントリーで、この「社会の隅々まで法の支配を」という「改革」の発想が、どこまでそれを成り立たせる条件を現実的に踏まえていたのかに疑問を呈しながら、「法の支配」という大スローガンを掲げることをやめないか、と提案しています。

 裁判員制度への敬遠は、国民が制度理念を理解した上で、それでも現実的に「価値」を見出せない、というのではなく、あくまで理念への国民の無理解にあるという前提に立っていること。今、弁護士業務にもたらされた現実を、国民が司法におカネを投入する用意があることを前提に、有償無償をごちゃまぜのニーズ論に立ってしまった理念の問題とは切り離し、今も「社会の隅々まで法の支配」を目標としていること。

 「改革」の現実に対して、「朝日」のいうような制度意義の「正しさ」を前提に、その再確認を求めるという姿勢こそが、いまや本当の意味での「改革」の再検証を遠ざけ続けているように思えてなりません。

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