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危機管理 - 馬場正博

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情報と権限を集中する



危機が発生したとき問題になるのは、そもそも一体何が起きたのかが、すぐにはわからないということです。たとえば工場で爆発事故があったような場合、爆発の規模、死者の有無、原因などの情報を混乱した状況で直ちに正確に得ることは難しい場合が多いでしょう。

何が起きたか全貌がわからないまま、既存の業務プロセスが勝手に動き出し、個別に意思決定や外部への情報提供を行うと、混乱に拍車がかかり、後々訴訟などで不利な立場追い込まれる危険もあります。

先ず必要なことは、既存の分散された意思決定と業務プロセスと情報を集中することです。これは通常の効率性の観点からは好ましいことではありません。場合により事業活動は事実上停止を余儀なくされるでしょう。逆に通常業務と意思決定を停止する必要がなければ、本当の意味で危機とは言えません。

優先順位を決める



危機が発生したときに行う意思決定は、迅速に、しかも限られた情報で行うしかありません。後から考えればもっと良い方法があったとわかるかもしれませんが、意思決定の遅れは、事態を一層致命的にしかねません。

そこで、何を優先させるべきかを、はっきりさせて迅速に意思決定を行うことが非常に重要になります。ところが、一般に通常の業務プロセスは、効率性や経済性の追求に重点を置いており、危機的な状況での判断基準としては妥当でないことが少なくありません。

ジョンソン・エンド・ジョンソンのタイレノール事件のとき、在庫の損失や、工場での品質管理の確かさなどを基準に判断を行えば、市場から全ての製品を引き上げるような決断には至らなかったでしょう。その場合は製品だけでなく企業の信用が大きく傷つく結果になったと想像されます。

1994年11月、インターネットでインテル社の主力MPUであるペンティアムで浮動小数点の演算で計算間違いをする可能性があるという情報が飛び交いました。当初インテル社は、計算間違いは極めてまれなケースだとして、「ユーザーが影響を被ると証明できたときのみ」MPUの交換に応じるとしました。

ところが、インテル社が計算間違いは2万7千年に一回程度しか発生しないと発表したのに対し、IBMが24日に1回エラーを起こすような表計算の事例を明らかにするなど、ユーザー、業界全体がインテル社の総攻撃にでるような事態になってしまいました。

インテル社は翌月、全てのペンティアムチップの交換に無条件に応じると発表することで事態はようやく沈静化しました。実際に交換を申し込んだユーザーは少なく、交換自身の経済的損失は小さいものでしたが、インテル社はPCのMPU市場を事実上独占する立場にアグラをかいた傲慢な会社だという印象を与えてしまいました。企業の信用は大きく傷ついてしまったのです。

ユーザーが交換を要求した例が少なかったことから考えても、技術的にはインテル社の主張は正しかったと思われます。しかし、「影響を自分で証明できれば交換する」という態度が、社会的には受け入れられなかったのです。意思決定が普通の経済的、技術的判断に基づいていたので、独占企業として社会で高いレベルの責任を負わされていることに十分配慮ができなかったのです。

危ないのは企業のトップではなく、たとえば専務あたりが危機管理の総責任者になる場合です。トップでない人間はトップにしか許されない意思決定はできません。本当の意味で危機に対して正しい優先順位に従った意思決定ができない可能性があります。

さらに、情報の一元化の観点でも危険があります。危機管理の対策室に社長秘書から電話がかかり「状況を社長に教えて欲しい」と言われ、発表している事実を超えて情報が社長に伝わり、それを社長が勝手に記者しゃべるようなこともあり得ます。危機管理は基本的にトップだけが陣頭指揮に立てるものなのです。

キューバ危機



1962年10月22日、アメリカのケネディー大統領はテレビでキューバにソ連の核ミサイルが持ち込まれたことを発表しました。いわゆるキューバ危機です。
1959年にキューバで社会主義革命を行ったカストロ政権はソ連と接近し、アメリカと目と鼻の先のキューバにソ連のミサイルを設置したのです。

テレビ放送の前、10月16日にキューバーでのミサイル設置をU-2型偵察機からの撮影により確信したケネディー大統領はエスコム(ESCOM: Executive Committee of National Security Council大統領国家安全保障会議)を組織し、危機管理体制を確立します。

国連でのU-2型偵察機による写真の公開、さらにU-2型のソ連軍の対空ミサイルによる撃墜など緊迫の度合いが高まる中、エスコムの軍首脳、CIA幹部の多くはキューバへの大規模な空爆ないし全面侵攻を支持しました。実はアメリカはキューバの核ミサイルは僅かしか設置されていないだろうと推察していたのです。

結果としてケネディー大統領が選択したのは、空爆でも全面侵攻でもない第3のオプションであった、キューバの海上封鎖とソ連船の臨検でした。そしてぎりぎりの交渉が続いた後、10月28日ソ連のフルシチョフ書記長はキューバからの核ミサイル引き揚げをアメリカに通告し、キューバ危機は終結しました。

キューバ危機の真相は冷戦終結後明らかになりました。当時のアメリカの推察とは異なり、キューバにはすでに数十基の核ミサイルが設置済みだったのです。もし、全面侵攻や空爆が実施されれば、アメリカの大部分の都市は水爆により破壊しつくされていたでしょう。

ケネディーがなぜ軍首脳の進言にもかかわらず、選択肢の中でもっともおだやかな海上封鎖(ミサイルがすでに設置済みだったので、実際には意味がなかったのだが)を選択したかは定かではありません。

おそらくケネディーは直ちに軍事行動に移る前に、できるだけ段階を追った交渉を行いたいと思ったのでしょう。海上封鎖が効果があれば、少なくとも時間が相手を利するということはありません。

冷戦時代のアメリカは核戦争の脅しに屈し、ずるずる妥協を続けることは避けなければいけないという思いが強くありました。もし、強気で攻められて簡単に引き下がっては、アメリカが共産主義と戦い続ける意志がないとみなされることを恐れたのです。そうでなくても、単純な平和主義や弱気は外交で大きな失敗につながる可能性があります。

ケネディーは交渉を続けながら、全面戦争から逃げ出すようなことはしないという意志を見せる必要がありました。そのためには強硬派の軍の意見に従うことのほうが簡単だったかもしれませんが、ケネディーはそうしませんでした。

キューバ危機ではケネディーは賭けに勝ちました。それは実際にはケネディーがそのとき思った以上の価値ある勝利でした。今にして見れば、人類は破滅から免れることができたのです。

余談ですが・・右脳と左脳



最初に書いたように、リスクマネージメントでは分析的な能力が重要です。これは左脳が受け持つ領域です。危機管理は不十分な情報の中で全体的なバランスや直感で判断をする必要があり、これは主として右脳の領域です。

企業や官僚組織で出世する人は得てして左脳つまり分析思考に優れたタイプです。極めて左脳に偏った能力を持つ人がたまたま危機管理を行う状況になると、不十分な情報で果敢な意思決定を行うことができない可能性が高くなります。

誤解を受けそうなので、あまり深入りはしませんが、一般に男性は左脳の能力、女性は右能の能力が優れていると言われています。「いざとなると女のほうが落ち着いている」と言ったりしますが、脳生理学的には正しいのかもしれません。

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