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ハードルを下げる「改革」イメージのツケ

「ハードルを下げる」話が、必ずしもよい結果につながっていない――。今回の司法「改革」がもたらした、さまざまな変化をみてくると、このことを共通して感じさせられます。正確にいえば、「ハードルを下げる」というプラスイメージが前面に出され、それが先行する形になったことで、確実に制度への誤解が生み出されたようにとれるのです。

 弁護士の数が増え、それが社会で広く活用される社会を描いた「改革」は、市民にとって弁護士利用のためのハードルが、ぐっと下がる未来をイメージさせました。弁護士・会側から発信される「敷居が高い」ことへの自覚・反省とともに、彼ら自身が主体的にハードルを下げることへの期待を喚起した、ともいえます。

 しかし、利用者の声に耳を傾ければ、必ずしもハードルが下がったという実感は聞こえて来ません。数が増え、テレビでもインターネットでも弁護士がアクセスしやすくなっても、そうした機会保障だけでは、本当の意味で利用のハードルが下がることにはならなかった。

 むしろ、弁護士側が必ずしも「ハードルを下げる」ことに結び付けたわけではなかった、低廉化を利用者側は当然のように期待し、これと結び付けたし、数が増えることで、もっと簡単に、自分のケースにマッチした専門の弁護士を選べ、出会いが確保されていいはず、という欲求は強くなった。そして、それによって、薄利多売化が難しい業務の実態や有償サービスを基本とする自営業者としての現実に対する理解はより後方に押しやられ、逆に今、無償性への誤解や弁護士への無理な要求を高める傾向にまでつながっているようにみえます(「弁護士の『利便性』をめぐる認識格差」 「弁護士『薄利多売』化の無理と危険」)。

 弁護士利用の「ハードルを下げる」というイメージによって、非現実的な形で「改革」のハードルを上げてしまっているといえるかもしれません。

 修了者「7、8割合格」をうたった法科大学院制度は、弁護士の増員政策とあいまって、法曹になりやすい、この国の未来をイメージさせました。激増政策が実行されたことをもって、確かに旧制度より「なりやすくなった」という人はいます。しかし、単年修了者の「7、8割合格」は即刻看板倒れになり、それ以上に経済的時間的負担感は、司法試験への道を実質的に広くチャレンジできる制度でも、チャレンジしたくなる制度でもなくしてしまいました(「法科大学院『志望』をめぐる認識のズレ」)。

 司法試験が依然として「狭き門」であることが元凶で、そこが変わっていればこんなことになっていなかったかのようにいう声も、法科大学院方面からは聞こえてきます。しかし、いかに政策的増員が決まっていても、さすがに司法試験のレベルを極端に下げていい、という考え方は、法曹界側にもともとないのです。法科大学院という法曹養成の一部を担った新プロセスが、底上げ的に合格ラインまでもっていくという前提も、しっかり前記「法曹になりやすい未来」のイメージに結びついていたのは確かです。

 だからこそ、当初、経済的時間的無理をして、たとえすぐに収入を得られる就職口を選択しなくとも、あるいは退職しようとも、チャレンジした志望者たちがいたわけです。しかし、現実的には借金を背負っても司法試験には受からない、さらに受かっても前記弁護士の状況からいえば、返済を含めて厳しい現実が待ち受けていた。あたかも狭き門を改めて、法曹になるための「ハードルを下げる」ことをイメージさせた制度は、多くの犠牲者を生み、法曹界から新たな志望者を遠ざける結果となったといえます。

 また、法曹になりやすい、さらにいえば、誰でも合格できる制度イメージの無理は、法科大学院の未修コースに最も象徴的に現れているといえますが、それは既に実際に担当した教官が本音として語っていることです。

 さらに、この「改革」の一つの目玉となった裁判員制度は、市民の誰もが「裁く側」に立たされる可能性がある制度として、導入当初、「裁く」という行為のハードルを下げるイメージ戦略が、さらに露骨に行われました。導入前から、民意の離反が顕著だったこの制度を何としてでも導入しようとする側は、「裁く」ことを極力「誰でもできる行為」とイメージ付けようとしました。

 事実認定を「浮気発見」に容易なものとして、制度拒絶感が強かった主婦層に訴えたという女性検事の話が残っています(「『浮気発見』にたとえられた裁判員裁判」)。「常識に照らせばいい」とか「専門家も一緒だから」とか「諸外国でやっているから」といった話ばかりが強調され、「裁く」ことがいかに厳粛で、時に苛酷であるのか、どういう責任を背負わされるのかという話は、後方に押しやられた。

 もっとも、裁判員制度の場合、こうした戦略の効果が当初から推進者側の思惑通り、100%発揮されたとは言い難いものがあります。しかし、死刑関与といった、それこそ拒絶感に影響するテーマをきっちり伝えていないことのツケが回ってきているといえますし、少なくともそうしたことが誠実に伝えられていれば、制度に対する評価は当初からもっと違うものになっていたはずです(「裁判員裁判被害国賠が浮き彫りにする『不都合』」)。また、「裁く」側に配慮するあまり、「裁かれる」側が主役ではないような、裁判そのものに対する転倒したイメージが、裁判員制度のもとで作られている観もあります。

 推進者側のなかには、今でもこれらのイメージは勝手な誤解と強弁する人もいるかもしれません。「ハードルを下げる」などというのは、受け手の都合のいい解釈で、そんなことは一言も言っていないのだ、と。しかし、それをいうならば、見触りのいい話を前面に、伝えるべき現実を後方に回した、「改革」にとって、それこそ都合のいい扱い方、伝え方がなかった、といえるのでしょうか。もっとも、ツケが回ってきているという、既に結果が出ていながら、そのことを認めないからこそ、彼らはこの「改革」の流れを止めようとしないわけですが。

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