- 2016年07月13日 23:02
第363回(2016年7月13日)
2/2後任のメージャー首相は1992年に欧州連合(EU)条約(マーストリヒト条約)に調印したものの、サッチャー首相の懸念も踏襲し、通貨統合や欧州社会憲章に関する英国の適用除外(オプト・アウト)を獲得。統一通貨ユーロにも域内の自由移動を認めるシェンゲン協定にも参加していません。
1997年の総選挙で勝利した労働党のトニー・ブレア首相は親欧州に大きく舵を切り、欧州社会憲章への参加、欧州安全保障・防衛政策の樹立も容認。
この間、上院議員に叙せられたサッチャー首相は、EU条約、とりわけ通貨統合に激しく反対。保守党内に反欧州の「ブリュージュ・グループ」が生まれ、賛同者が漸増。
2013年に他界して3年、サッチャー首相の影響力はまだ残っています。
3.大きすぎ、小さすぎ
サッチャー首相の欧州統合とドイツ再統一に対する慎重姿勢の背景は同根。と言うより、両者は密接不可分、表裏一体。サッチャー首相のドイツ観を「回顧録」等から推測すると、以下のとおりです。
ドイツは、自らの忌まわしい歴史(ナチス等)を踏まえ、近隣諸国から疎まれたり、自身が再び暴走しないように、欧州の一部に組み込まれたいと思っている。しかし、実際にそうなると、ドイツの影響力は大きく、やがて「欧州のドイツ」ではなく、「ドイツの欧州」になってしまう。
「回顧録」には具体的には次のように記されています。「ドイツ人は、自分たちが自らを統治することが不安なため、自己統治をする国がないような制度をヨーロッパで確立したいのである。このような制度は長期的には不安定になるのみで、またドイツの大きさと優位性から、均衡のとれないものになるに違いない。ヨーロッパ的なドイツに執着することは、ドイツ的ヨーロッパを創造してしまう危険がある。」(回顧録359頁)。
ドイツ再統一は予想を上回るペースで進み、ミッテラン仏大統領とドロールEC委員長は「ドイツを拘束し、ドイツの優位性を抑制するような構造の連邦主義的ヨーロッパ」(回顧録372頁)の構築を目指しました。
サッチャー首相は、こうした動きは結果的に仏独枢軸となり、その先はドイツの優越につながると危惧。欧州大陸の二大巨頭である独仏連携を阻止するという英国の伝統的外交手法にとってマイナスと判断していました。
さらにサッチャー首相は、ドイツを牽制するために米国が欧州に関与すること、及び英仏が連携することが重要と考えていました。
しかし現実は、ドイツ再統一に不安を抱くゴルバチョフ書記長とレーガン大統領に接近したものの、両者ともドイツ再統一を妨げることはなく、ミッテラン大統領も英国よりも隣国ドイツとの融和を進めました。
サッチャー首相は、早過ぎるドイツ再統一は、欧州連邦主義の進展、仏独ブロックの強化、米国の欧州撤退、という3つの憂慮すべき流れを生むと指摘(回顧録439頁)。
その後の展開はほぼサッチャー首相の予測どおり。ドイツ一人勝ちの現実は順調すぎたドイツ再統一と早すぎたユーロ導入が主因です。
2013年1月にロンドンで演説を行った保守党のキャメロン首相。EUの地盤沈下を止めるために改革が必要と指摘し、EUの競争力の中核は単一通貨ではなく、単一市場であると主張。サッチャリズムへの回帰です。
さらに、加盟国はEUに過度に委譲した権限を取り戻すべきであるとして、EUと再交渉すること、その上でEU残留の可否を問う国民投票を2017年末までに実施すると表明。
キャメロン首相は、保守党内の反EU派の圧力、EU脱退を掲げる英国独立党(UKIP)の躍進(地方選挙の議席数18倍の伸長)、野党労働党の支持率上昇、反EU世論、「メルコジ」路線(独仏協調による EU寡頭支配)等に晒され、2015年に迫る総選挙対策として国民投票を打ち出さざるを得ませんでした
国民投票が行われる前提条件は、2015年総選挙で保守党が勝利し、キャメロン首相が続投すること。幸か不幸か、保守党が勝利し、国民投票を断行。その結果がEU離脱決定であり、残留を主張したキャメロン首相の退陣。皮肉なものです。
米国務長官だったキッシンジャーが名言を残しています。曰く「ドイツは欧州には大きすぎ、世界には小さすぎる」。
1970年代以降、EC諸国に漂っていた地盤沈下への懸念、欧州の将来に対する悲観論は「ユーロペシミズム」と言われました。英独仏の確執、南欧諸国の財政危機など、「ユーロペシミズム」が再来しかねない雰囲気です。
(了)



