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- 2010年10月29日 14:20
航空管制官の刑事責任を認めた最高裁決定
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最決平成22年10月26日(PDF決定全文)
平成13年1月31日に発生したJAL便同士のニアミス事件において、管制官A(訓練生)が巡航中の958便に降下を指示するつもりで上昇中の907便に降下を指示してしまい、907便の副操縦士の復唱にも間違いに気付かず、横にいた管制官B(訓練監督者)も言い間違いに気が付かなかったという事案である。
907便は誤った指示に従って降下を準備したところ、航空機衝突防止装置TCASは907便に上昇を、958便に下降を指示した。
そして907便は管制官の指示に従って降下を続けたところ、958便はTCASに従って降下を始めた。
これによってますます接近したので、907便の機長が急降下による衝突回避を余儀なくされ、乗客が57人も負傷するという事態となった。
最高裁は、業務上過失傷害罪を認めた。上記言い間違いは過失であり、過失とニアミスとの因果関係があるというシンプルなものである。
過失や因果関係との判断は比較的単純だが、宮川裁判官の補足意見と桜井裁判官の反対意見が指摘している政策論、すなわち刑事責任を問わないで事故調査を進めることがシステムの安全性向上に資するという見解の当否が最も問題である。
宮川裁判官は、こうした見解により免責することが「政策論・立法論としても、現代社会における国民の常識に適うものであるとは考え難く、相当とは思われない」と述べている。
これに対して桜井裁判官は、言い間違いが過失であることを否定しないとしつつも、TCASが両機に降下と上昇の指示を出して後ニアミスに至ることの予見可能性があったとはいえないとし、因果関係としてもC機長が間違った管制指示に従って降下を続けることを選択したのが客観的に間違った知識や不十分な情報に基づく判断だったから、降下指示との因果関係があるとはいえないとし、結局過失責任を問うことはできないと反対意見を述べている。
桜井裁判官のこの反対意見は、その文言だけを見てもかなり無理がありそうな判断だ。
管制官が、TCASの機能と具体的にどう指示するかを予見できなかったというのだが、AB両管制官はまさにTCASが出した指示と同様の指示をしようとしていたのであって、それが通常の管制指示だと認識していたわけである。それでもTCASがどのように指示するか分からなかったというのでは、将来の事象について予見可能だったと言える場面はなくなりそうである。また、管制官の指示とTCASの指示(RA)とが食い違った場合にRAに従わないことは予見できないというのだが、それでは自らの指示に従うだろうとは予見できないというわけで、そもそも指示することの前提がなくなってしまう。
こうしたかなり無理だと思われる解釈を桜井裁判官がしたのは、結局、「本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると,将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮効果が生じ,システム全体の安全性の向上に支障を来す」という弁護側の主張に説得されたというところがあるのだろうと思われる。
あるいはその前の、管制官のヒューマンエラーにもかかわらず安全性を確保するためのシステム全体を構築する必要があったという指摘で、もし刑事責任を問うとしても管制官個人よりもシステム全体の責任を問う方が筋であるという考え方が示唆されている。これはこれで説得力がある。
平成13年1月31日に発生したJAL便同士のニアミス事件において、管制官A(訓練生)が巡航中の958便に降下を指示するつもりで上昇中の907便に降下を指示してしまい、907便の副操縦士の復唱にも間違いに気付かず、横にいた管制官B(訓練監督者)も言い間違いに気が付かなかったという事案である。
907便は誤った指示に従って降下を準備したところ、航空機衝突防止装置TCASは907便に上昇を、958便に下降を指示した。
そして907便は管制官の指示に従って降下を続けたところ、958便はTCASに従って降下を始めた。
これによってますます接近したので、907便の機長が急降下による衝突回避を余儀なくされ、乗客が57人も負傷するという事態となった。
最高裁は、業務上過失傷害罪を認めた。上記言い間違いは過失であり、過失とニアミスとの因果関係があるというシンプルなものである。
過失や因果関係との判断は比較的単純だが、宮川裁判官の補足意見と桜井裁判官の反対意見が指摘している政策論、すなわち刑事責任を問わないで事故調査を進めることがシステムの安全性向上に資するという見解の当否が最も問題である。
宮川裁判官は、こうした見解により免責することが「政策論・立法論としても、現代社会における国民の常識に適うものであるとは考え難く、相当とは思われない」と述べている。
これに対して桜井裁判官は、言い間違いが過失であることを否定しないとしつつも、TCASが両機に降下と上昇の指示を出して後ニアミスに至ることの予見可能性があったとはいえないとし、因果関係としてもC機長が間違った管制指示に従って降下を続けることを選択したのが客観的に間違った知識や不十分な情報に基づく判断だったから、降下指示との因果関係があるとはいえないとし、結局過失責任を問うことはできないと反対意見を述べている。
桜井裁判官のこの反対意見は、その文言だけを見てもかなり無理がありそうな判断だ。
管制官が、TCASの機能と具体的にどう指示するかを予見できなかったというのだが、AB両管制官はまさにTCASが出した指示と同様の指示をしようとしていたのであって、それが通常の管制指示だと認識していたわけである。それでもTCASがどのように指示するか分からなかったというのでは、将来の事象について予見可能だったと言える場面はなくなりそうである。また、管制官の指示とTCASの指示(RA)とが食い違った場合にRAに従わないことは予見できないというのだが、それでは自らの指示に従うだろうとは予見できないというわけで、そもそも指示することの前提がなくなってしまう。
こうしたかなり無理だと思われる解釈を桜井裁判官がしたのは、結局、「本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると,将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮効果が生じ,システム全体の安全性の向上に支障を来す」という弁護側の主張に説得されたというところがあるのだろうと思われる。
あるいはその前の、管制官のヒューマンエラーにもかかわらず安全性を確保するためのシステム全体を構築する必要があったという指摘で、もし刑事責任を問うとしても管制官個人よりもシステム全体の責任を問う方が筋であるという考え方が示唆されている。これはこれで説得力がある。



