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柄谷行人が説く憲法9条の哲学(2)

朝日新聞に掲載された柄谷行人氏の論説は、前回であらまし説明したので、今回は著書の「憲法の無意識」(岩波新書)によって、「9条が日本人の無意識の領域に入り、文化となった」事情を考察してみます。ただしフロイトの精神分析を応用した論理は難しく、専門家が「定理」を使って証明を終ってしまうのを、私は徒歩で追いかけるような思いをしました。

 話の荒筋は、「悲惨な戦争体験が、強固な平和思想を生む」ということなのですが、ここには「フロイトは超自我という概念を提起しました。……超自我は、死の欲動が外に向けられて攻撃性としてあらわれたのち、何らかの契機を経て内に向かうことによって形成されたものだとフロイトはいいます。」という説明が登場します。だから、現実原則あるいは社会的規範によっては、攻撃欲動を抑えることはできない。ゆえに戦争が生じる……(戦争を抑えることができるのは)他ならぬ攻撃欲動から生じる超自我しかない。つまり自然としての攻撃欲動(戦争)は、自然としての超自我によってのみ抑制できるというのです。

 悲惨な戦争の記憶が平和の思想を導くということと似てはいますが、前者が人間の意識の問題であるのに対して、後者は人間の無意識の領域つまり「文化」になるというところが違うのです。戦争の記憶は個別の人間の意識の中にあるのですから、時間とともに薄れ消えて行きます。戦争は正しかったとする宣伝で変ってしまう可能性もあります。個別の自我は、いつまでも同じでいることができないのです。

 これに対して超自我(これは便利な言葉ですが、私は好きではありません。むしろ「無意識」と言い換えた方が納得できます)ならば時間経過に左右されず、安定的に文化の一部に組み入れられて民族に伝えられて行く。要するに柄谷氏の論旨は、そのように理解できると私は思いました。

 柄谷氏の岩波新書は、4点の講演を素材として再構成されていることが、「あとがき」を読んでわかりました。そしてこの「あとがき」は、著者による総括的な「まとめ」でもありました。それによって、もう一度「意識された9条は弱いが、無意識の文化となっている9条は強い」ということを確認しておきましょう。なるべく著者の言葉を借りながら、本筋をたどってみます。

 「憲法9条は、アメリカの占領軍によって強制された。……自国の憲法にそう書き込みたかったものを、日本の憲法に書き込んだのです。……この条項は、その後、日本が独立し簡単に変えることができたにもかかわらず、変えられませんでした。大多数の国民の間にあの戦争体験が生きていたからです。しかし、死者たちは語りません。この条項が語るのです。それは死者や生き残った日本人の『意志』を超えています。……この9条は、あとから日本人によって『内発的』に選ばれたのです。『あとから』ということが、大切です。『最初から』であれば、それはとうに放棄されています。私が主体的とか自発的という言葉を信用しないのは、このためです。……たとえ策動によって日本が戦争に突入することがあったとしても、そのあげくに憲法9条をとりもどすことになるだけです。……9条を実行することは、おそらく日本人ができる唯一の普遍的かつ『強力』な行為です。」 

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