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- 2016年07月10日 11:35
南スーダンの軍事衝突
南スーダンは、長いことスーダンに対する独立闘争のあと、2011年にようやく独立した世界でも最も新しい国であるが、その後大統領派と副大統領派の部族の衝突から、内戦が始まり、停戦が実現したりしていましたが、9日またも大統領親衛隊と副大統領支持部隊との間で衝突が生じ、150名が死亡したとのことです。
非常に不可解なことは、衝突は大統領と副大統領が共同記者会見をしている大統領官邸の周囲で発生したとのことで、その後事態は一応沈静化している模様ですが、衝突の背景等詳しいことは不明です。
というか、南スーダンについては、かなり前の事になりますが、内戦が激しかったころは、時々報告はしていましたが、その後はアラビア語メディアにもほとんど、記事も載らなくなり、中東という関点から、それほど重要とも思われなかったので、全くフォローしてこなかったので、何がどうなっているのか良く解らない、というのが正直なところです。
しかし、南スーダンでは我が自衛隊が未だ道路整備等の活動をしているはずなので、事情は良く解らないも、今後のこともあるかもしれないので、一応報告しておきます。
なお、アフリカでは多くの国が独立した後も国境線は、旧植民地本国の決めたところに従い(南米での原則を踏襲しウシポシディテスのf原則とか呼ばれていたと思う)長いこと、それらの国境線を変更することをアフリカ協力機構等でも認めなかったが、その最初の例外となったエリトリア独立、次いで南スーダンの独立も、それぞれ長いことの独立闘争の結果で、独立当初は民主主義、民族自決権の勝利として喧伝されたが、その後両国とも戦乱、内戦、経済危機に見舞われているのは誠に皮肉です。
ある意味、多くの「アラブの春諸国」について、一部の人たちが、独裁者の支配の方がはるかに良かったなどと言っている話を想起させるところが、無いでもないようです。
http://www.aljazeera.net/news/international/2016/7/9/هدوء-حذر-يسود-شوارع-جوبا-بعد-يوم-دام
http://www.alarabiya.net/ar/arab-and-world/2016/07/09/أكثر-من-150-قتيلا-في-المواجهات-بجوبا-عاصمة-جنوب-السودان.html
非常に不可解なことは、衝突は大統領と副大統領が共同記者会見をしている大統領官邸の周囲で発生したとのことで、その後事態は一応沈静化している模様ですが、衝突の背景等詳しいことは不明です。
というか、南スーダンについては、かなり前の事になりますが、内戦が激しかったころは、時々報告はしていましたが、その後はアラビア語メディアにもほとんど、記事も載らなくなり、中東という関点から、それほど重要とも思われなかったので、全くフォローしてこなかったので、何がどうなっているのか良く解らない、というのが正直なところです。
しかし、南スーダンでは我が自衛隊が未だ道路整備等の活動をしているはずなので、事情は良く解らないも、今後のこともあるかもしれないので、一応報告しておきます。
なお、アフリカでは多くの国が独立した後も国境線は、旧植民地本国の決めたところに従い(南米での原則を踏襲しウシポシディテスのf原則とか呼ばれていたと思う)長いこと、それらの国境線を変更することをアフリカ協力機構等でも認めなかったが、その最初の例外となったエリトリア独立、次いで南スーダンの独立も、それぞれ長いことの独立闘争の結果で、独立当初は民主主義、民族自決権の勝利として喧伝されたが、その後両国とも戦乱、内戦、経済危機に見舞われているのは誠に皮肉です。
ある意味、多くの「アラブの春諸国」について、一部の人たちが、独裁者の支配の方がはるかに良かったなどと言っている話を想起させるところが、無いでもないようです。
http://www.aljazeera.net/news/international/2016/7/9/هدوء-حذر-يسود-شوارع-جوبا-بعد-يوم-دام
http://www.alarabiya.net/ar/arab-and-world/2016/07/09/أكثر-من-150-قتيلا-في-المواجهات-بجوبا-عاصمة-جنوب-السودان.html



